8-6
(伊織……頼む。目を覚ましてくれ)
ハヤトは、携帯でレースの速報をチェックしながら、焦っていた。
さっきからずっと、病室の中をウロウロと歩き回っている。
もう2つの競技が終わってしまったが、なかなかスプリントレースが始まらないので、どうしてだろうと思っていると、臨時ニュースが流れ始めた。
島の南部で大渋滞が発生しているという。
大勢の観客が移動するので、ある程度は仕方がないのだが、今年は特にヒドイようだ。
(事故が起きていなければいいけど……)
ハヤトは伊織のベッドに近づき、眠り続けている幼なじみの顔に触れてみた。
なんだか、さっきよりも赤みが増しているような気がする。
「伊織……? 伊織っ!!」
必死に名前を呼んでみるが、彼女は目を覚まさない。
***
ついにスプリントレースの準備が整った。
ハヤトが携帯で最新情報を確認してみると……現在トップのシードラゴンはドライバーを変更し、リオンではなく、水島が走ることになったようだ。
(……なんでこんな事になっているんだ⁉)
海堂さんが、助っ人として彼女を呼んだのだろうか。
でも、リオンがこんな変更を受け入れるとは思えないし……もう不戦敗になることを見越して、サジを投げてしまったのかもしれない。
「……もしもし、監督さん! あの、どうして水島を走らせるんですか?」
ハヤトは思わず、修理工場のオーナーに電話をかけていた。
一体、会場で何が起きているのかを確かめたくて。
『ハヤト君なら……彼女の言葉を信じるだろうと思ってね』
「えっ?」
『チームにとって、大切なのは信頼関係だ。私たちはお互いに助け合い、信じ合うことで1つの夢を追いかけている。……心配するな。ハヤト君。誰にだって失敗や間違いはある。つらい時は、皆で支え合えばいい。君の仲間たちは、それぞれが自分に出来ることをして、最後まで悔いのない戦いをするつもりだ』
「監督さん……」
『私には、ドライバーを信じて待つことしか出来ない。だからずっと待っているよ。ハヤト君が、ヒサトと一緒に初めてシードックにやってきた時から、私はずっと君を信じているんだ』
***
「……伊織。ごめん。僕はやっぱり行かなくちゃ」
仲間のもとへ……。
でも、足が動かない。
心が嫌がっている。
最終レースのスタート地点はてっぺん峠のふもとなので、そろそろ向かわなければ間に合わないのだが……伊織の事が心配で心配で、片時も目を離したくない。
(どうしよう)
こんな時、誰かが居てくれたら……。
ヒサトがいなくなってしまった後、ハヤトはずっと1人で悩み続けていたが……いくら考えても自分の無力さを痛感するだけだった。
――タッタッタッタッ。
誰かが物凄い勢いで廊下を走っている。
「ちょっと。廊下を走らないで下さい」
案の定、看護師さんに怒られた。
でも、病院の中で全力疾走しているのは誰だろう?
そんな事を考えていると、突然、病室の扉が開いて、リオンが飛び込んできた。
「……リオン⁉ どうしてスプリントに出ないんだ?」
「それは……伊織の夢を叶えるためさ。ハヤト。君を必ず、てっぺん峠に連れていく」
「でも……伊織を置いてはいけない」
ハヤトはベッドを振り返った。
「もちろん、彼女も連れていくから心配ない」
「どうやって⁉」
ハヤトが目を丸くしていると、野堀の後輩たちが現れた。
「おいっ。そこの金髪。俺たちの方が年上なんだから、置いていくなよ」
「山吹君。車椅子を運んできましたが、伊織さんは座れるでしょうか?」
「市原さん。それに、露木さんまで……」
「ハヤト。時間が無いから、急いで伊織を運ぼう」
早口で事情を聞かされ、4人がかりで眠ったままの伊織の体を持ち上げようとしていると、彼女がようやく目を覚ました。
「キャッ! 何⁉ どういうことっ」
若い男たちに囲まれ、体中を触られている。
「いやん」
伊織が悲鳴をあげると、露木さんがそそくさと手を離し、体の下に両腕を入れていたハヤトも慌てて引っこめた。
伊織には自分で車椅子に移動してもらうことにしたのだが、リオンだけはお姫様の手を取る王子様のように、いつまでも手を添えている。
育った国が違うせいだろうが、さすがにアレは真似出来ない。
「伊織。大変だと思うけど、一緒にてっぺん峠に来て欲しい」
ハヤトが頼むと、伊織はもちろんとうなずいた。
「ハヤトが走るなら、1番近くで応援するからね」
ところが、点滴を外そうとしているところを看護師さんに見られてしまい、血相を変えた医者が飛んできた。
「何をしているんだ! 無断で外出するなんて駄目に決まっているだろう」
「す、すみません……」
「でも、今夜だけですから、お願いします」
「レースが終わったら、すぐに戻ってきますから」
なんとか外出許可をもらおうとしたが、ただでさえ危険な状態なので、通してもらえなかった。
「患者に何かあってからでは遅いんだぞ」
「……ハヤト。もう時間が無い。君だけでも行ってくれ。伊織は必ず連れていくから」
「でも……」
「行けっ! 僕を信じろっ」
リオンだけでなく、野堀ガレージのメンバーにも頼まれた。
「頼むよ。早く行ってくれないと、リーダーがまた渋滞を引き起こすかもしれない」
「さっきも白バイに見つかって怒られたという連絡がありましたから、次にやったら逮捕されるかもしれません」
「そんな……野堀さんが⁉」
「みんな、ハヤトの為に協力してくれたんだ」
「ハヤト。行って! お願い」
「……伊織……」
ハヤトは、リオンの目を見ると走り出した。
この状況で伊織を連れ出せるとは思えないが、強引な性格の転入生なら、医者の説得だって出来るかもしれない。
夏休みの間中、一緒に戦ってくれた仲間を信じよう。
どうして戻ってきてくれたのかは分からないけれど、水島の勝利だって信じるしかない。
(僕は、僕に出来ることをしなければ……)
ハヤトが病院の廊下を走っていると、
「君、廊下を走ったら駄目だよ」
と、注意されてしまった。
「すみません」
と謝り、そこから先は早足で駐車場に向かう。
ハヤトの車は、ダークレッドのガレオン・アース。
それは、大地を走る冒険者の車。
どんなに高みを目指していても、進んでいくのは、いつだって目の前の道……。
(頼む。間に合ってくれ)




