8-4
勝利したのに一向に盛り上がっていないシードラゴンの雰囲気に気が付くと、野堀ガレージのリーダーが声をかけてきた。
「さっきから、ハヤト君の姿が見えないようだけど……」
すると、リオンが忌々(いまいま)しげに、仲間を蔑む。
「彼は……勝負から逃げたんです」
シャドウに負けて以来、ハヤトはすっかり戦うのが怖くなってしまったようだ。
「ハヤト君が逃げた⁉ ……そんな事をするとは思えないけどなぁ」
野堀は首をかしげる。
(戦う意志の無い人間が、1ヶ月以上も困難なヒルクライムを続けるだろうか?)
「何かの間違いじゃないのかい?」
「野堀さんは、何も知らないから、そんな事が言えるんですよ」
「それじゃあ、詳しい事情を教えてくれないか? オレはこの日を楽しみにしていたんだから、理由も知らずに不戦勝したって嬉しくない」
昨年のストリートキングにせがまれて、リオンはこれまでの経緯を大雑把に説明した。
ゴーストカーが現れて、ハヤトが走り始めたこと。
でも、その車を呼び出してしまった幼なじみが死にそうになっていて、病院から離れられないこと。
おまけに、シャドウに負けたことで、交渉の余地が無くなってしまったこと。
「……なるほど。そんなことがあったのか」
レースに出るのが当たり前、という常識にとらわれていたリオンには理解出来なかったが、普段から奇抜な発想を好む野堀には、すぐに真実が見えてきた。
それに、ハヤトの事をよく知っているからこそ、彼が仲間を見捨てて逃げたりしない、という確信がある。
「ヒサトの弟は、すごく真面目な奴なんだよ。だから、今も悩んでいるんじゃないのかな」
「何をですか?」
今度は、リオンの方が首をかしげた。
「仲間のためにレースには出たい。いや、出なくちゃいけない。それは分かっているはずだ。でも……自分のために命をかけてくれた幼なじみを放ってはおけない」
ハヤトにとってはどちらも同じくらい大切なのだが、レースか、彼女か、どちらか片方しか選べないとしたら……。
「ハヤト君は、仲間も、未来も、全てを失ってしまうと分かっていながら、それでも病室に残る……と言ったんじゃないのかい?」
誰にも理解されず、自分だけが責められることになっても。
幼なじみの傍にいることを選んだのだ。
何の見返りも無い愛の為に……。
「きっと海堂君は分かっていると思うよ。だから、ハヤト君の答えを受け入れるつもりなんだ。でも……リオン君は納得していない。それなのに仲間を助けようともせず、ただ罵るだけなのかい?」
このまま不戦敗になってしまったら、一生、後悔することになるのはハヤトである。
仲間を裏切ってしまったら、彼は2度と走れない。
もし本気で、ハヤトに走って欲しいという幼なじみの願いを叶えてやりたいのなら……。
「俺なら絶対、ハヤト君を連れてくるけどね」
と野堀がアドバイスすると、リオンの顔つきがハッと変わった。
「でも、どうすれば……」
口で言うのは容易いが、いくら説得してもハヤトは動かなかった。
それを伝えると、思わぬ手段を伝授される。
「幼なじみの事が気になっているなら、彼女ごと連れてくればいいじゃないか」
「えっ⁉」
「もちろん、そんな事をすれば、リオン君のせいで彼女が亡くなった……と責められることになるかもしれない。それでも、何もしないで後悔するよりはマシだろう?」
自分が勝ちたいだけなら、リスクを冒さず、また来年と割り切ればいい。
でも、今の仲間と戦いたいなら……最後まで妥協すべきじゃない。
――行ける所まで……。
結果はどうあれ、やれることは全てやっておかなければ。
最後の最後まで、運命に抗ってやればいいのである。
人には、それしか出来ないのだから……。




