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シャドウ ~真夏の幻影~  作者: 古月 ミチヤ
第8章 大雨
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8-1

 ボロボロになったガレオンで修理工場に戻ると、オーナーがすぐに車を直してくれた。

 でも、僕はゲームに負けてしまったので、伊織の容態は悪くなる一方だった……。


 後日、脱水症状を起こした彼女は入院することになり、食事がれないので、点滴を使って必要最低限の栄養を送り込む。

 現代の医療があれば、そう簡単には死なないが……面会に行っても眠っていることが多くなった。


「いよいよ、危険な状態になってきたな」


 リオンは今も必死に対策を考えているが、ゴーストカーが消えてしまったことで、僕たちは交渉の余地を失い、


――ストリートレースで優勝出来れば、シャドウが満足してくれるんじゃないか?


という何の根拠もない目標にすがるしかなかった。


 あの日以来、トンネルに行っても黒い車は現れない。

 僕は……シャドウを失ってしまったのだ……。



    ***



 夏休みも終わりに近づくと、ついにストリートレースの最終日が訪れた。


 キャラックを改造したリオンや、鋼鉄の魔人のおかげで順調にポイントを稼いでいたシードラゴンは、ギリギリで8位に滑り込み、今日は朝から、海堂さんが最終予選のタイムアタックに挑んでいる。


 いくらポイントを貯めても、最後は実力がなければ勝ち残れないシステムになっているので、どのチームにもエースドライバーがいる。

 今夜行われる決勝に進めるのは、タイムが良かった4チームだけだ。

 

(海堂さん。お願いします……)


 僕とリオンが祈りながら待っていると、携帯に予選結果の速報が届いた。

 伊織の病室から出てメールを確認してみると……決勝に進めたのは、野堀ガレージ、バンディット、シードラゴン、工業大・車部のようだ。


「ハヤト。これで伊織が助けられるかもしれない」


 リオンが小さくガッツポーズをすると、僕は思わず窓の外に目を移した。


 青い空には、雲1つ無い。

 絶好のレース日和。


 島内にはいくつもの屋台が並び、港では夜に打ち上げる花火の準備が進められている。

 決勝戦の会場には、すでに多くの観客たちが集まっていて、今か今かと夜を待ち望んでいるようだが……病院の窓からなつかしい光景を目にしていると、ふと胸の奥に不安がよぎった。



――カラン、コロン。


 黒い下駄げたを鳴らしながら歩く浴衣ゆかた姿の伊織と一緒に、決勝の会場に向かった2年前の記憶が蘇ってくる。


 夕方になると美しい夕焼けがビーチを照らし、陽が落ちて辺りが闇に包まれると、何発もの花火が上がって決勝のレースが始まるのだが……。

 僕にとって、夏の終わりの思い出は……。


「うっ」


 突如とつじょ、心臓を握り潰すような胸の痛みに襲われた。


 ふいに持っていた携帯が震えだすと、驚きのあまり、それを投げ出してしまう。

 病院の床の上で、着信音を消した携帯が、いつまでも動き続けていた。


 僕は……電話が嫌いだ。

 

 ……というか、あの時の事が、すっかりトラウマになってしまったのである。


『……ご家族の方ですか?』


 恐ろしい過去の記憶が蘇り、いつまでも電話を受ける気になれない。

 


――僕は今夜は、何を失うのだろう?


 

 大事なレースの前に携帯が鳴りだしたら、どうすればいいのか分からなかった。


『……たった今、伊織さんの容態が急変しまして』


 もしそんな話を聞いてしまったら、走れるわけがない。


――どうして、車に乗っているのだろう?


 兄さんの命を奪った乗り物で、なぜレースに参加しなければいけないのか。


 心が悲鳴をあげている。

 僕のエンジンは、まだ直っていない。

 あの日からずっと、壊れたままだ……。


「ハヤト。そろそろドラッグレースの会場に向かおう」


 リオンに声をかけられた。

 ゼロヨンの決勝は4台の車が同時に走る為、飛行場の側にある大きな駐車場で行われる。


 でも僕は、病院から離れる気にはなれなくて、ヨロヨロと伊織の病室に戻っていった。


「……ハヤト? 忘れ物かい?」


 リオンが不思議そうな顔で追いかけてくるが、伊織が眠っているベッドの側にあるイスに腰かけると、もう立ち上がる気にはなれなかった。


「何をしているんだ。最初の競技はハヤトの担当だろう」


「僕は……ココにいる」


「Why?」

 

 決勝は4種目の合計ポイントで争うため、1つでも参加しそこねれば、その時点で失格になってしまう。

 それに、チームのメンバーは必ずいずれかの競技に参加しなければいけないので、僕が走らなければシードラゴンは不戦敗だ。


「ハヤト。事前に練習できる時間は限られているから、早く準備をした方がいい」


 リオンは顔色を変えて僕を説得し始めたが、僕は、この数日間、眠り続けている伊織の手を握りしめた。


「なんだか嫌な予感がするんだよ」


 今夜、伊織と別れることになりそうなのだ。


――今日が、兄さんの命日だから?


(嫌だ。もう2度と、2年前のような思いはしたくない。誰も失いたくない……)


 何よりも強い想いが、僕をこの場にしばりつける。

 まるで過去の亡霊にでもとりかれてしまったかのように動けない。


「ハヤト! しっかりしてくれ。ストリートレースで優勝すれば、ゴーストカーが満足してくれるかもしれない」


「でも、優勝出来る保証なんて無いだろう!」


 相手は格上のチームばかりだし、兄さんはもう消えてしまった。

 残っているのは、黒魔術の契約だけなのだ。

 たとえ優勝したって、伊織を返してくれるとは限らない。


「僕は……ココで伊織をまもる」


 もしゴーストたちが現れたら、伊織を連れていかないで……と頼んでみるのだ。

 どうせ駄目だと言われるだろうけど、その時は僕が代わりに……そんな説明をしていると、リオンに胸倉をつかまれた。


「違うだろう? そんな事をしたって伊織は喜ばないぞ。彼女のためを思うなら、レースに出るべきだ!」


 僕が走らなければ、僕を復活させるために命までかけてくれた伊織の想いが無駄になってしまう。


 でも……。

 今の僕にとって、1番大切なのは……。


   ***


 僕の答えが変わらない事をさとると、リオンはおこって病室から出ていってしまった。

 当然だろう。

 これまでの努力が全て無駄になってしまうのだから。


 僕は……馬鹿なのかもしれない。

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