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7-5

「兄さん!」


 僕は深夜のトンネルの前に立ち、ゴーストカーを呼んだ。

 真っ暗な穴の中に入っていくと、闇の中から漆黒の車が現れた。


 最高の性能を持つ王者の車、ガリアース。

 シャドウはウインカーを点滅させて、バトルを仕掛けてくる。

 でも……。


「兄さん。僕は戦いに来たわけじゃない。申し訳ないけど……伊織を返して欲しいんだ」


 頭を下げて頼んでみた。

 シャドウが本当に兄さんのゴーストなら、絶対に分かってくれる。

 そう信じていたのだが……。


『これは、彼女が望んだ神との契約。俺には、どうすることも出来ないんだよ』


という言葉が、心の中に返ってきた。


「そんな……」


『でも、お前なら助けてやれる。……何をするかは分かっているよな?』


 シャドウは再び、ガリアースのウインカーを点滅させた。

  

『知っての通り、コイツはデスマッチだ』


「ちょっと待って!! 僕は兄さんとは戦いたくないんだよ」


『まだ、そんな甘い事を言っているのか? 思いだせ。お前の夢が何だったのかを』


 頭の中に、兄さんの声が響いてくる。

 でも……僕はもう、夢なんて失くしてしまった。


『それじゃあ、ダメだ。今のお前では俺には勝てない。……出直してこい』


 シャドウが闇の衣をまとい、消えてゆく。

 でも、一刻も早くゴーストを送り返さなければ、伊織の体がもたないと思い、僕は焦って引き止めた。


「待って。兄さん! 分かったよ。勝負すればいいんだろう? やってやるよ。そのかわり、僕が勝ったら、伊織を返すと約束して欲しい」


『……いいだろう』


 僕は自分の車に乗り込み、震える足でアクセルを踏みながら、ガリアースの後ろに停止した。


 戦うしかない。

 伊織には危険だと言われたけれど、もうこうするしかないだろう。

 

――黒い影。

 これはきっと、僕が見ている幻に違いない。


(全てを終わりにしなければ……)


 覚悟を決めて、ハンドルを握る。


 ゲームの内容は、どちらかがもう片方の車を振り切るまで島内を走り続けるロングレース。

 もし前の車についていけなければ、その時点でゲームオーバーだ。


『……始めるぞ』


 真っ暗なトンネルの中から飛び出すと、シャドウがぐんぐんスピードを上げ、遠ざかってゆく。

 

(速い!)


 最高のスタートダッシュ。

 完璧なシフトワーク。

 無駄の無いコース取り。


 僕の兄さんは、機械のような運転をする。

 ミスが極端に少ない走りで、最初から最後まで徹底的に逃げ続けるパーフェクトウィンが得意だった……。


『ヒサトにポールポジションを取られて逃げられると、本当に厄介だった。付け入る隙が無いんだから』


 まさに野堀さんが言っていた通りだ。

 少しずつ、昔の記憶が蘇ってくる。


 誰もが兄さんには勝てないと言っていたけれど、僕はそうは思わなかった。

 いつか絶対に勝てると信じていた。


 いや……ヒサトに勝つ事が、僕の夢だったんだ。

 だから諦めたくなくて、いつだって全力で兄さんの背中を追いかけていた。


(待て。待ってくれ)


 必死にアクセルを踏む。



 でも……。

 もし僕が勝ってしまったら。


――シャドウはどうなってしまうのだろう?


 心が嫌がっている。

 最後までアクセルを踏みきれない。


 僕の心はまだ治っていない……。

 燃料がダラダラ漏れてしまう。


 この状態で、走り続けることは不可能だ。




 少しずつシャドウとの距離が開いていくと、車の中に暗いモヤが立ち込めてきた。


(なんだ?)


 不気味な気配。

 得体の知れない何かが入り込んでくる。

 

 恐怖に駆られ、思わずブレーキを踏んだ途端、ペタンと反応が無くなって、ペダルが戻らなくなってしまった。


(あれ? 嘘だろ。こんな時にブレーキトラブル⁉)


 もうブレーキは使えない。

 それなのに、どんどん車のスピードが上がってゆく。

 あっという間に100キロを超えてしまった。


(……ありえない)

 

 こんな状況で、僕がアクセルを踏むわけないだろう。


(だったら、どうして?)


 とっさにサイドブレーキを引いたが、レバーがポッキリ折れてしまい、車を止めることは出来なかった。

 僕のガレオンは完全に制御不能な状態で、道を外れ、ガタガタと山の中に迷い込んでいく。


(おいおい。ドコに行くつもりだよ⁉)


 真っ暗なフロントガラスの先に、すっかり見えなくなってしまったはずのシャドウのテールランプが見えてくる。

 目をこらして見てみると、前を走っているゴーストカーのマフラーから吐き出される黒い煙が、僕の車を引っ張っているようだ。



『ハヤト……お前の負けだ』



 兄さんの声がして、僕はようやく状況を理解した。


――GAME OVER――。


 僕は、負けてしまったのだ……。




――デスゲームに負けると、どうなるのだろう?


(……死ぬのか?)


 このまま山を登り続けた後、最後には車ごと崖の下に叩きつけられるのかもしれない。


 これが人生最後のドライブ。


(夢なら早く覚めてくれ!!)


 僕は反応しなくなってしまったハンドルに何度も頭を叩きつけた。

 ガレオンが林の中に突っ込んでいく。


 想像を絶する恐怖の中、兄さんの声が聞こえた。


『ハヤト……オレが手を貸してやれるのは……コレが最後だ』


 フッと闇の気配が消えて、シャドウの姿が薄れてゆく。


『このゲームの落とし前は、オレがつける』


「……どういう事⁉ 兄さん」


『お前の代わりに……オレが消える』


 前を走っていたゴーストカーが見えなくなった途端、ブレーキペダルが元に戻った。

 必死にハンドルをきりながらブレーキを踏み続けていると、暴走していたガレオンが、数本の木にぶつかりながら停止した。


(助かった……のか?)


 車は傷だらけになってしまったが、僕はどうやら生きているようだ……。

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