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7-4

――伊織は助けたい。

――でも、シャドウは消したくない。


 僕は究極の選択を迫られることになった。


 人生が甘くないように、神様も甘くない。

 僕が選べるのは、どちらか片方だけ。


 普通に考えれば、伊織を助けるために選べる道は1つしかないが……。

 どうにかしてシャドウを残す方法はないだろうか?



 僕が黙り込んでいると、


「伊織。今からでも、祈りを取り消すことは出来ないのかい?」


 リオンが降霊術自体をキャンセルするよう提案した。

 しかし……伊織は力なく首を振る。


「もう『ハヤトを走らせて欲しい』という私の願いは叶っているから、今さら契約を破棄することは出来ないと思う」


 ゴーストカーはすでに約束を果たしているので、今さら追い返したりすれば、先に料理を食べておきながら、その代金を踏み倒すようなものだろう。

 そんな詐欺まがいの事をすれば、もっと恐ろしいたたりが起きるかもしれないし、伊織が何を試しても、シャドウを消すことは出来なかったという。


「それじゃあ、他に何か手は無いのか⁉」


 リオンは、


「こうなったら、僕も当事者になる!」


と言い出して、工場内に残されていたヒサトの資料を探し始めたが……本物の兄さんを知らないリオンでは、いくら努力をしても、ゴーストカーに関わることは難しいだろう。


 とにかく彼が片っ端から引っ張り出してきた古いアルバムを眺めていると、意外な事に気が付いた。


 僕が参加していた公式戦の写真には、たいてい伊織が写っているのだが、よく見ると、水島らしき人物も写っているのだ。


 この頃の僕は、水島の存在なんて知らなかったけれど、まだ中学生だった頃の彼女は男装なんてしていない。


「まさか……」


 水島はずっと、僕を見ていたのだろうか?

 でも、兄さんしか出ていない大会の観覧席にも水島がいる。


 ふいに、車の中で聞いた言葉が蘇ってきた。


『……ボクも、同じ痛みを知っているんだ』


 あの言葉の本当の意味は……何だったのだろう?



 いつも男のフリをしている水島は、本音を隠すのが上手すぎる。

 だから僕は気付くことが出来なかったけれど、本当は、兄さんを追いかけていたんじゃないだろうか?


 昔の僕と同じように。

 いや。もしかしたら、僕よりもずっと熱い視線で……。



 もし水島が憧れ、目標にしていたドライバーが、2年前までカートチャンピオンだった兄さんだったとしたら……彼女がシャドウに会いたがっていた事にも納得できるし、高校生になってから転機が訪れたという水島の運命を狂わせたのは……父親の事故ではなかったのかもしれない。


 ……僕と同じだったのだ……。


 兄さんの事故にショックを受けて、心のブレーキが壊れてしまい、サーキットをさまよう狂戦士になってしまった。


 水島が死を恐れない本当の理由。

 それは……今でも兄さんを追いかけているからだろう。


 始めから地獄の底を目指しているからこそ、彼女は限界以上のスピードでもアクセルを踏めてしまうのだ。


 灼熱の弾丸。

 ゾッとするような悪寒おかんが背筋を走った。


(やっぱり、水島を止めないと……)


 彼女は、今も1人で暴走を続けている。

 でも今は、伊織の事も放ってはおけない。


「伊織……」


 幼なじみの名前を呼ぶと、彼女は申し訳なさそうに顔を上げた。


「ごめんね、ハヤト。私が勝手な事をしたせいで」


「いや……」


 伊織がお節介なのは今に始まったことじゃないし、シャドウと会えたのは、彼女のおかげだろう。

 僕が車の世界に戻ってこられたのは、伊織がいてくれたおかげじゃないか。


「私はハヤトが走れるようになれば、それでいいの。だから、気にしないで」


 伊織は弱々しく微笑ほほえみながら、これは見返りなんて求めない無償の愛だと言った。


 でも、そんなものが存在するだろうか?


 僕は、命を手放してまで、走らせて欲しいなんて頼んだ覚えはない。

 それに、僕の幼なじみは嘘をつくのが下手すぎる。


 怒った時も、嬉しい時も、すぐに顔や態度に出てしまうから、僕には、彼女の気持ちが分かってしまう。


「ハヤト。私は大丈夫だから、もう少しだけ夢を見せて。こうして一緒にいられるだけで、とても幸せだから」


 必死に誤魔化そうとしているけれど、本当に幸せだったら、もっと嬉しそうに笑っているはずだろう。

 伊織が強がりを言いながら泣きそうな顔をしている時は……。


 本当につらくて、悲しくて、どうしようもない時だ。

 得意の霊感トラブルでも、彼女の手には負えなくて、絶体絶命の大ピンチなのである。


「シャドウはきっと、ストリートレースが終わるまでは待ってくれるはずだから」


と伊織は断言するが……。


――もし最後のレースが終わってしまったら、その後はどうなるのだろう?


 今年もまた、悲しい思い出が増えるだけじゃないか。


(そんなの嫌だ!)


「……シャドウと話をつけてくる」


 僕は、お守りを付けた車の鍵を強く握りしめた。


「待って、ハヤト。多分、無理だから行かないで」


「大丈夫だよ。兄さんなら分かってくれるはずだから」


 ヒサトはいつだって、僕の味方だった。

 母さんに怒られた時も。コーチとケンカした時も。


「でも……危険だから、ゴーストカーと戦ったら駄目よ」


「分かっているさ。僕はデスゲームなんて、くだらないバトルはしないよ」


 毛布の上から伊織の体を抱きしめると、彼女は僕の肩に寄り掛かりながら静かに目を閉じた。

 そして、そのまま意識を失ってしまった。


「伊織? ……おいっ。伊織っ⁉」


 ***


 僕と伊織は、幼い頃からずっと一緒にいた。

 まるで家族のように、一緒にいることが半ば当たり前だと思っていた。


 だから、彼女を失うことが恐ろしすぎて……。

 その恐怖が、シャドウへの執着よりも上回った。


 僕は、シャドウを消したいなんて思っていない。

 ……でも、伊織を失う事だけは絶対に嫌だ!


 だから、何がなんでも返してもらう!!

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