7-3
もしバックミラーに、どこまでもついてくる黒い車の影でも映っていたら、僕は途中で発狂していたかもしれないが、そんな異変は起こらず、なんとか修理工場まで戻ってこられた。
すると……伊織が再び体調を崩して毛布にくるまっていた。
事務所の中では、先に戻っていた海堂さんとオーナーが心配そうに介抱していたが、夜間病院に連絡しても対処出来ないと言われてしまい、途方に暮れているという。
「そうか! 原因が分かったぞ」
リオンは大声をあげると、スマホを取り出し、先日、病院で探していた書籍の検索を再開する。
「もしかして、本のタイトルを思いだしたの?」
「まぁね。さっきのハヤトの様子を見て、気が付いたんだ」
すぐにリオンが見つけた本の表紙には、古い時代の象形文字や、魔女、月、墓場などの不気味なイラストが描かれており、僕には文字を読むことすら出来なかったが、リオンは英語で書かれている訳を見ながらページをめくっていく。
「これは何の本なの?」
「……古代王朝の遺跡から発見されたという『魔導書』と呼ばれる書物で、この本には降霊術について書かれたページがあるんだよ」
「はあ⁉ なんでそんなものを読んでいたんだ?」
まさかリオンまでオカルト少年だったとは……。
(なるほど。どうりで霊感少女と話が合うわけだ)
僕は1人で納得しかけたが、リオンは読書好きな事は認めたが、断じてオカルト通ではないと否定した。
「本の世界を旅する者にとって、未知のジャンルを手に取る事は、まだ口にしたことがない料理を味見してみたいと思うことと同じだろう」
と、よく分からない言いわけをする。
「幼い頃にグリモアを手にしたのは、ちょっとした好奇心からだよ。誰だって、1度くらいはホラーや考古学にも目を通すだろう?」
「そうかなぁ。僕には全然、共感できないんだけど……」
ほとんど本を読まない僕が顔をしかめると、リオンは、
「伊織なら分かってくれるさ」
と、自信満々に呟いた。
「伊織は料理も上手だし、とても優しくて理想的な女性だ。僕は彼女を助けたい。そのために出来ることがあれば、何でもする」
リオンはようやく、乙女(未婚の少女)が体の一部を供物として神に差し出し、強い祈りを捧げれば、ゴーストを呼び出すことが出来る……という召喚術のページに辿り着いた。
「これだ。ゴーストを召喚している状態が続くと、徐々に体力が奪われて、食欲が無くなり、強い寒気を訴えたり、眠りにつく時間が長くなる。そして最後には……」
リオンが読むのをやめると、側にいた海堂さんが興味津々で話に入ってきた。
「ゴーストを呼び出した者が、命を落とすのか。なるほど……その手の話は嫌いじゃないぞ」
鋼の心臓を持つ男はゴーストなんて恐れないらしく、伊織が霊感少女だと聞いても全く問題無いと言うし、博識のリオンも動揺すらしなかった。
突飛なオカルト話についていけないのは、僕だけのようだ……。
普通だったら、こんな事が起きるはずはないと笑い飛ばすところだが、僕はシャドウを目にしているし、伊織の症状も本に書かれている内容に似ているような気がする。
少し前には、兄さんの墓に髪を捧げた……というオカシナ話も聞いているので、もしかすると偶然、召喚条件を満たしてしまったのではないだろうか。
(夏休みもあと少しだってのに、今度は霊感トラブルかよ!!)
リオンは、グリモアの続きを口にした。
「現在は、伊織とシャドウが1つの命を共有しているような状態で……召喚術を行った者が自ら命を絶つことで、呼び出されたゴーストがコチラの世界に留まる権利を得る。と書かれている」
つまり、術者の命と引き換えに死者の魂を呼び戻す黒魔術だったらしいが、肉体まで蘇るわけではないので、召喚されたゴーストは永遠にこの島をさまようことになるという。
「まだ儀式が完了していないなら、シャドウを送り返すことが出来るかもしれない」
「リオン。そのやり方は?」
「どこにも書かれていないが、伊織に必要なのは、医者ではなく、エクソシストだ」
エクソシストというのは、悪魔やゴーストを祓う聖職者のことらしい。
「でも……この島には、そんな人はいないと思うよ」
事務所のパソコンで検索しようとすると、リオンに止められた。
「ハヤト。本当に能力がある人物は、ゴーストとは接触したがらない。だから、自分の能力を隠しているはずだ」
(そういえば、伊織もからかわれるのを嫌がって、霊感体質を隠そうとしていたっけ)
「まぁ、そんな超人が滅多に見つからない事は推測出来るが……早くなんとかしないとマズイんじゃないか?」
海堂さんは、今も青白い顔でガクガク震えている伊織に目を向けた。
伊織がシャドウを呼び出してから、すでに1ヶ月以上も経っている。
はたして、あとどれくらいの時間と体力が残っているのだろう。
(もしかしたら、伊織はあと少しで……)
僕が後ろ向きな考えにとらわれそうになると、リオンが別の書籍を検索し始めた。
「今度は何を探しているの?」
「実際にいくつもの怪事件を解決したことがあるエクソシストの本だ。その著者はゴースト退治をひどく嫌がっているんだけど……その理由が、霊や悪魔を祓うためには、当事者になる必要があるからだ……と書かれていたような気がするんだよ」
「当事者にって、どういう意味だろう?」
「簡単に説明するなら、伊織を助けられるのは、シャドウが見えている人物だけってことさ。もしエクソシストがいないなら……ハヤトが解決するしかない」
「えっ。僕が⁉」
どんなにシャドウを祓いたくても、肝心のゴーストカーが見えないリオンではどうしようもないという。
でも、僕だって、ゴーストカーを追い返す方法なんて分からない。
「とにかく、ハヤトにはシャドウが見えているんだろう?」
リオンに尋ねられると、僕は何も答えずに目を伏せた。
僕にはシャドウが見える。
でも……。
「まさか! 伊織を犠牲にして、ゴーストを呼び戻そうなんて思っていないよな⁉」
リオンに胸倉をつかまれると、ビクリと体が震えた。
もしシャドウが車だけだった理由が、まだ不完全な状態のゴーストだったから……だとしたら、兄さんのゴーストに会えるかもしれない。
そんな予想が瞬時に頭の中を駆け巡る。
「思ってない。……思ってないよ」
口では一応否定しておいたけれど、本当は……。
――シャドウに消えて欲しいなんて、これっぽっちも思っていない。
僕はもう1度、兄さんに会いたいのだ。
ずっとそう願い続けてきた。
でも、このままでは伊織が死んでしまうかもしれないし……。
一体どうすればいいのだろう。




