7-2
「……ハヤトの相手は、去年のストリートキングか。随分、手強なそうな相手だな」
リオンが呟くと、僕は慌てて否定した。
「とてもじゃないけど、あの人には勝てないよ」
直接話してみて、改めて実力の違いを思い知らされた。
島の人間なら誰でも知っている公道のスペシャリスト。
広い世界には、兄さん以外にも、凄いドライバーがたくさんいる。
僕はすっかり忘れていたけれど……追いかけたい背中が、1つ増えたかもしれない。
あの人には、どんな未来が見えているんだろう。
野堀さんは、どれほどのスピードで走るのだろう。
走ってみたい。比べてみたい。
そのためには、同じ舞台で戦えるように追いつかねばならない。
でも……僕はまだ『ヒサトの弟』でしかない。
本当に凄かったのは兄さんだけ。
野堀さんや海堂さんが気にかけてくれるのも、兄のおかげなのだ。
僕にとって、最大のライバルは、やはりヒサトである。
ストリートキングだった兄を越えるためには、レースで結果を出すしかない。
この島では、自分の力で勝利を重ね、チームを優勝に導いた時……誰でも英雄になれるのだから……。
(それが、僕の目標になるかもしれない)
――何の為に走るのか。
僕はずっと、その答えを探し続けていた。
いなくなってしまった兄さんの代わり?
島のカートスクールの名声のため?
それとも、伊織が応援してくれるから?
でも、どれもシックリこない。
誰かのためと言えば聞こえはいいが、そこには僕の意思が無いからだ……。
***
なにはともあれ、てっぺん峠のふもとに下りると、貴重な成果を報告するため、深夜のトンネルに立ち寄ることにした。
「リオン。悪いんだけど、先に帰っていて」
入り口の手前で別れようとすると、リオンもシャドウの噂を聞いたことがあるらしく、好奇心に満ちた顔で薄暗い穴の中をのぞき込んだ。
「ここが、例のゴーストカーが現れるっていうトンネルかい?」
リオンがどうしても一緒に行きたいと言うので、2人でトンネルに入った。
車から降りた途端、蒸し暑い空気がまとわりついてくる。
昼間はセミの鳴き声がひっきりなしに聞こえてくるが、夜は静かなもので、自分たちの足音くらいしか聞こえない。
「……想像していた以上に、不気味な所だね」
「ほとんど使われていないトンネルだから」
いかにも何か出そうな雰囲気だと警戒しているるリオンの前で、期待通りの現象が起きた。
チカチカと点滅を繰り返していたトンネルのランプが消えて、闇の中から漆黒の車が現れたのだ。
「シャドウ!」
僕はヨロヨロとトンネルの真ん中に向かって歩きだした。
でも……。
「ハヤト。シャドウなんてドコにいるんだい?」
リオンが嘘をつくな、と怒りだした。
「ほら。目の前に停まっているじゃないか。コレだよ、コレ」
「車なんてドコにも無いよ。僕をだまそうとしているのか? 冗談ならやめてくれ。全然面白くない」
リオンは硬いはずのシャドウのボディーをすり抜けながら、ウロウロ歩き回っているので、僕の方が腰を抜かしそうなくらい驚いた。
(えぇっ⁉ どういうこと?)
どうやら島で走っていた兄さんを知らないリオンには、シャドウの姿が見えていないようだ。
(そういえば、水島もシャドウが見えないと言っていたっけ)
「とにかく、少しだけ待っていて。……兄さん。僕は今日、初めてヒルクライムで勝てたんだ」
僕が喜びを伝え、新しい目標が見つかった事を報告すると、シャドウのウインカーが点滅し始めた。
まるで、バトルをしよう、と誘っているかのように……。
しかし、今夜は運転席の扉に手をかけても、ロックが外れない。
「あれ? ……兄さん。これはどういう意味なの?」
僕が尋ねると、心の中に恐ろしい答えが返ってくる。
『そろそろ決着をつけようか』
シャドウは、僕との対戦を望んでいるようだ。
早く車を持って来い、とでも言いたげに、ウインカーが点滅し続ける。
「なんで僕と兄さんが勝負しないといけないの?」
もしシャドウと対戦したら、負けた方はどうなるのだろう?
ゴーストカーが仕掛けてくるのは、デスゲーム。
僕が負ければ、亡霊たちに殺されてしまうかもしれないし……もし万が一、シャドウに勝ってしまったら、兄さんの車が消えてしまうかもしれない。
ずっとココに居てくれれば、いつでも会えるのだから、戦う必要なんて無いだろう。
「僕は、兄さんとは戦いたくないよ」
『逃げるな、ハヤト』
「嫌だ。……絶対に嫌だ!」
そもそも、兄さんに勝てるはずがない。
すると、ガリアースのマフラーから真っ黒な煙が吐き出され、闇の気配が近づいてきた。
「やめろっ。来るな。コッチに来るなっ! ……リオン。助けてっ」
すっかり取り乱し、トンネルの中で必死に喚いていると、
「ハヤトは何を恐れているんだ? 落ち着いて。目を開いて、よく確認してくれ。何もいない。何も来ていない」
というリオンの声がして、体を強く揺さぶられた。
その途端、フッと車の姿が消えて、正気に戻った僕は、一目散にトンネルの出口を目指して走り出した。
「逃げよう。リオン。ココにいたら殺される!」
「待ってくれよ。僕には何がなんだか、分からないんだけど」
「後で説明するからっ」
生きた心地がしないというのは、この事だ。
姿は見えないけれど、背後から追いかけてくる謎の気配を感じ取り、僕の体はガタガタと震え出した。
まるで、先日の伊織のように……。
ガレオンの中に飛び込んで、車の鍵に付けていたお守りを触った途端、いくらか気分が楽になったが、サイドミラーで確認してみると、自分の顔が真っ青になっている。
喉はカラカラ。背中も、冷や汗でビッショリだ。
車を走らせる前に、1度だけ、トンネルの方角に目をやったが……追いかけてくるシャドウの姿は無いようだった。
山のふもとにある空洞には、熱風が吹き抜けて、オオォンと不気味な音を響かせているだけ……。




