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7-1

 一時はどうなることかと思ったが、翌朝になると伊織はすっかり元気を取り戻し、いつも通りの日常が戻ってきた。


 昼間は修理工場で働き、夕方になると、ホテルの仕事を終えたリオンと合流してストリートレースに参加する。


 ガレオンを改造してから約1ヶ月。

 ようやくターボの感覚にも慣れ、ヒルクライムでもいい勝負が出来るようになってきた。


 オーナーの勧めで足回りをさらに強化し、ついに1勝すると、てっぺん峠のいただきにいた野堀さんに呼び止められた。


「お~い。ハヤト君。ついに勝ったね。おめでとう」


「ありがとうございます。今夜は運に助けられた所もありまして……」


謙遜けんそんするなよ。運も実力の内って言うだろう? それにしても、よくめげずに続けたなぁ。この1ヶ月、毎晩、負け続けていたのに」


「はあ……」


 僕が暗い顔で下を向くと、背中をバシッとたたかれた。


「痛っ」


「ハヤト君は、露木つゆきと同じタイプだろう。普通だったら途中であきらめてしまうような苛酷かこくな努力は出来るくせに、すぐにメンタルを崩して、自分で不調におちいってしまうんだ。もったいないぞ。俺はめているんだから素直に喜べって。ほら、バンザ~イ。やったな~」


「いえ、あの……」


 いきなりライバルチームのリーダーにハイタッチを求められて戸惑っていると、野堀さんは思わぬ言葉を口にした。


「実を言うと……ヒサトの代わりにハヤト君を育てるのは、ずっと俺の役目だと思っていたんだよ。まぁ、俺が勝手に思い込んでいただけなんだけど……ウチのチームには、今も1人分の空きがある」


「もしかして、野堀さんのチームがいつも3人だったのは……」


 ずっと僕の居場所を用意してくれていたと聞き、なんだか胸が一杯になった。


「本当は去年も声をかけようと思ったんだけど、ハヤト君があまりにも落ち込んでいたから、さすがに自粛したんだ。だけど、もっとアピールするべきだったよ。ごめんな」


「いえ……」


 これまでずっと1人で悩んできたけれど、色んな人たちが僕の心配をしてくれていたようだ。


「だからってシードラゴンに入った事を責めているわけじゃない。こればっかりは運命だからね。俺も昔、ヒサトに何度も誘われたけど、親父おやじがシードックのオーナーと因縁いんねんがあるらしくて、向こうに行ったら車をつぶすとおどされて、結局、同じチームでは走れなかったんだ」


 でも、そのおかげで毎年バトルを楽しめたという。


「ヒサトは最高のライバルだった。わざわざドリフトを教えてやったのに、絶対に無駄がない走りの方が速いと譲らなくて、結局、自由なストリートでも、アイツだけは教科書通りの走りを貫いていた」


「兄さんは、堅実で、ミスをしない走りを目指していましたから」


「だよなぁ。ヒサトにポールポジション(先頭のスタート位置)を取られて逃げられると、本当に厄介だった。付け入るすきが無いんだから」


「でも、スタート直後の混戦に巻き込まれたり、カートをぶつけられるとペースが乱れて、負けた後は、一晩中、ブツブツ文句を言っていましたよ」


「懐かしいなぁ。このまま、俺だけが島を離れてもいいのかなって悩んでいたから……ハヤト君が元気になってくれて、本当に良かったよ。ヒサトもきっと喜んでるぞ」


 野堀さんは『ヒサトの弟』に期待している、と言いながら僕の頭をグシャグシャとまわした。


「よし。今夜だけは、俺が君の師匠だ。何か聞きたい事はあるか?」


「えっ? それじゃあ……」


 僕はせっかくなので、ヒルクライムのコツを聞いてみた。


「う~ん。山登りは、我慢がまんと気合かな」


「気合……ですか?」


 車の運転は、どちらかというと繊細せんさいな作業なので、気合でどうにかなるものではないと思うのだが……。


「ヒサトだったら『無駄を省いて、勝負どころまでタイヤを温存』って言うだろうけど、俺はせてなんぼだと思っているから、ただ機械のように車を走らせて、勝てば良し、じゃなくて……プラスアルファを求めているんだ。どうやったら楽しくなるか。自分も、観客も、対戦相手も。ハヤト君には、車を運転する楽しさを忘れないで欲しい」


 ドライビングに100%の正確さだけを求めるなら、ロボットに運転させればいいのだが、数値だけで結果が決まるような車同士を競わせたって面白くはないだろう。

 わざわざレースなんてしなくても、結果が分かってしまうのだから……。

 

 カーレースは、意地とプライドのぶつかり合い。

 人と人が争うからこそ面白い、と野堀さんは言う。


 安全とスピードの両立を目指し、エコや操作性、乗り心地など、たくさんの夢を詰め込んで車を造る人間がいて……それぞれ特徴が異なる車の中から恋人のように1台を選び、己の信念と仲間のために、ゆずれない想いを抱えてハンドルをにぎるドライバーがいて……。


「見ている者を感動させることが出来なければ、どんなに速かろうが、俺にとっては負けなんだ。無茶をする分、苦しい状況に追い込まれるけど、自分のスタイルは曲げたくない。だから、信念を貫く為に気合が必要になる」


「はあ」


 分かるような、分からないような……。

 もちろん速さを追究することも1つの選択肢だが、車の魅力はスピードだけではない。


「俺は楽しければソレが1番いいと思っているけど、プロの世界ではそんな理屈は通用しない。だから俺の親父は、サーキットではなくストリートを走り続けたんだ。でも……勝負から逃げた負け犬って言われることもある。俺はそれが許せなくて、型破りな方法でも、世界をアッと言わせる方法を探してるんだ」


「……なるほど。素敵な夢ですね」


 難しいことはよく分からないけれど、能天気そうな見た目とは裏腹に、野堀さんが物凄いエンジンを持っていることは分かる。

 彼はわざわざ険しい道を選んで進むような挑戦者チャレンジャーで、胸の奥に、何百馬力ものエネルギーを生み出す情熱を抱えているのだ。


「ところで、ハヤト君は、どんなドライバーになりたいんだい?」


 ストリートキングにたずねられ、僕は少しだけ考えてみた。


 風に乗り、世界を旅する冒険者になりたい。

 悲しみも喜びも、全てをありのままに受け入れて、時には荒れ狂い、時には穏やかに流れる風と共に旅を続ける。


(……だとしたら、今はなぎの時かもしれない……)


 ふと、そんな気がした。

 風はんでしまったが、いつか再び、心地良い風が吹いてくれるだろうか……?


「ハヤト君は努力家だ。だからもっと自信を持て。じゃあな」


 次のヒルクライムレースが終わり、リオンの車が上まで登ってくると、野堀さんは手を振りながら離れていった。

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