6-3
「……ハヤト。そろそろ起きて。ハヤトったら」
伊織の声で目を覚ますと、すでに夕方になっていて、修理工場の窓には茜色の西日が差し込んでいた。
僕の体には毛布がかけられており、事務所の中は快適な温度に保たれている。
「あぁ、伊織か。おはよ」
いつ来たのか、全然気付かなかった。
「もう夕方よ。今日はポスターの撮影があったから、お弁当を買ってきたの」
僕の寝顔を間近で眺めていた伊織は、フンフンと鼻唄を歌いながら弁当を温める為にレンジに向かう。
(今日は随分、ご機嫌だな)
と思っていると、昨夜、リオンと一緒に星を見た……という話を聞かされた。
「ハヤトが戻ってこなかったから、女子寮まで送ってくれるついでに、ちょっと遠回りしただけなんだけど……キャラックの天井がゆっくり開いて、頭の上に満天の星空が現れた時には、まるで物語のヒロインになったような気分だったわ。綺麗だったなぁ」
伊織はうっとりした表情で、思い出に浸っている。
どうやらリオンは、僕がいない隙に、ロマンチックなドライブをプレゼントしたらしい。
(やられた……)
僕だって自分の車があるし、星が1番綺麗に見える場所も知っていたのに、伊織をドライブに誘ったことは1度もなかった。
一緒に星を見るだけ。
なんでそんな簡単な事でさえ、リオンに負けてしまったのだろう。
悔しくて胃に穴が開きそうだが、今さらながら自分の恋愛スキルの低さを痛感してしまう。
僕はほとんど意思表示をしていない。
物欲しげに女の子を追いかけるなんて格好悪いと思っていたし、伊織との関係は、子どもの頃から『つかず離れず』といった感じなので、この先もずっと一緒にいられるような気がしていた。
皆の心が離れてしまった後も、伊織だけは側にいてくれたから……。
リオンさえ来なければ、待っているだけでも、自然に恋人になれるんじゃないか。
何も言わなくても、分かり合えていると思っていたのに、どちらかが告白しないと、いつまで経っても幼なじみのままらしい。
それどころか、自然の成り行きに任せている僕と違って、ありとあらゆる手段を用いて伊織との距離を詰めているリオンに奪われてしまうかもしれない。
敗北の予感が胸をよぎる。
(嫌だ。負けたくない)
――まだ、逆転の余地はあるか?
勝負はすでに後半戦……。
***
チキンゲームでは負け知らずの鋼鉄の魔人が復活すると、連日多くの挑戦者たちが現れて、チームの勝利ポイントが物凄い勢いで増え始めた。
おかげでシードラゴンの順位は急上昇。
ようやく8位以内という決勝への道のりが見えてきた。
夏休みも中盤を過ぎ、僕は毎晩、リオンと一緒にヒルクライムの攻略を続けている。
1人で参加していた頃は、前の車についていけずに戦意をそがれていたが、車の性能が近いリオンと争っていると、お互いに急成長できるような気がする。
今夜も峠を登る戦いが一段落すると、僕たちは、時間ギリギリまで戦い続けてくれる海堂さんの応援に向かうことにした。
最近ではマメに連絡を取り合うようになり、常に車を連ねて移動することにしている。
リオンはメンタルコントロールが巧いので、レース中には余計な感情を持ち込まない。
その点だけは、僕も見習うべきかもしれない……。




