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「ゲームを始めるぞ。せいぜい楽しんでくれや」
港にいる亡霊たちは、賑やかに盛り上がっている。
シャドウのハンドルを握り、アクセルに足を合わせると、2台の車が同時に走り出した。
スタートから一気に加速を続けていくと、真っ暗な道のりの先で何かがキラリと光る。
(……何だ?)
もうすぐ100キロ。
ブレーキを踏んでから車が完全に停止するまでの距離は、スピードが速ければ速いほど長く必要になる。
車の進路上、避けられない位置に黒い水溜りのようなものがあって、慌ててブレーキに足を移したけれど、もうソレの手前で止まることは不可能な距離。
(しまった!)
コースにまかれていたのはライトの光を反射するオイルだったが……罠に気付いた時にはもう、タイヤがあらぬ方向に滑り出していた。
ヒヤッとした死の予感が胸を突きぬけ、
(海に落ちたくない)
と、とっさにハンドルをきってしまったせいで、車は対戦相手のコースに流れていく。
(マズイ……)
このままではオクトパスの車に突っ込んでしまうが、いくらブレーキを踏んでもタイヤが滑って反応しない。
マシンは完全に制御不能。
「くっ……」
勢いよく体当たりすると、オレンジ色の車を海に突き落としてしまった。
『うわあああぁぁ!』
――ボッシャーーーン!
大量の水しぶきを上げながら落ちた車は、アッと言う間に沈み始める。
なんとかコース上で車が止まった僕が慌てて車外に飛び出すと、タコのようなドライバーは、海に落ちた車の中で、シートベルトに体を抑え付けられたまま、必死にもがいていた。
『助けてくれっ。助けてくれ~っ』
8本も腕があるのに、パニック状態になっているタコは、なかなかシートベルトを外せない。
「落ち着いてっ。早く脱出するんだっ! 急がないと出られなくなるぞ。誰かっ、引き上げるのを手伝ってくれ」
僕が後ろを振り返ると、大勢いたはずの亡霊たちがいなくなっていた。
『タコが落ちた』
『うわぁ。オクトパスが死ぬ』
『マズいぞ』
タコの仲間たちも、仲間を見捨てて逃げ始めた。
「おいっ。待てよっ! コレはお前たちの責任だろう⁉」
オイルを撒くなんて、汚い真似をしやがって。
でも、そういう悪意も全てひっくるめてストリートバトルなのである。
『人』対『人』である以上、危険な道も避けては通れない。
ゲームといっても命がけ。
カーレースは、いつだってデスバトル。
だからこそ、ドライバーのモラルとマナーが大切なのではないだろうか。
(僕は……)
卑怯な手を使ってでも勝てばいい、なんて思えない。
勝っても負けても、正々堂々、誇りを持って戦うレーサーになりたかったんだ。
そのためには心を濁らせてはいけないのに……あやうく真っ黒な闇に染まってしまうところだった。
スッと怒りがおさまるのと同時に、ポシャンという水の音がして、オクトパスの車が海の中に消えてしまう。
ゲームに負けた車は、海の底。
(まさか……)
怪物の運命なんてどうでもいいが、僕の推理が正しければ、これはシャドウが見せてくれた過去の幻影である。
今年は、タコなんて名前の人はエントリーしていないが……2年前の決勝戦では、矢田浩介という大学生がチキンゲームに参加していた。
あの人は、どうしていなくなってしまったんだろう。
もしコレが、海堂さんが競技ライセンスを失った事故だったとしたら……。
パリパリパリと海面が凍りつき、真っ暗な空から冷たい雪が降ってくる。
真夏のコースに強い北風が吹き、次第に真っ白い霧が現れた。
僕を包む不思議な靄はゆっくり晴れていったけれど、気付いてみると周囲には誰もいなかった。
シャドウの姿も消えている。
どうやら、また取り残されてしまったようだ。
海の上にそびえ立つ壁の手前に……。




