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シャドウ ~真夏の幻影~  作者: 古月 ミチヤ
第5章 迷走
30/53

5-5

「ゲームを始めるぞ。せいぜい楽しんでくれや」


 港にいる亡霊たちは、賑やかに盛り上がっている。

 シャドウのハンドルをにぎり、アクセルに足を合わせると、2台の車が同時に走り出した。


 スタートから一気に加速を続けていくと、真っ暗な道のりの先で何かがキラリと光る。


(……何だ?)


 もうすぐ100キロ。

 ブレーキを踏んでから車が完全に停止するまでの距離は、スピードが速ければ速いほど長く必要になる。


 車の進路上、けられない位置に黒い水溜りのようなものがあって、慌ててブレーキに足を移したけれど、もうソレの手前で止まることは不可能な距離。


(しまった!)


 コースにまかれていたのはライトの光を反射するオイルだったが……トラップに気付いた時にはもう、タイヤがあらぬ方向にすべり出していた。

 ヒヤッとした死の予感が胸を突きぬけ、


(海に落ちたくない)


と、とっさにハンドルをきってしまったせいで、車は対戦相手のコースに流れていく。


(マズイ……)


 このままではオクトパスの車に突っ込んでしまうが、いくらブレーキを踏んでもタイヤが滑って反応しない。

 マシンは完全に制御不能。


「くっ……」


 勢いよく体当たりすると、オレンジ色の車を海に突き落としてしまった。


『うわあああぁぁ!』


――ボッシャーーーン!


 大量の水しぶきを上げながら落ちた車は、アッと言う間に沈み始める。

 なんとかコース上で車が止まった僕が慌てて車外に飛び出すと、タコのようなドライバーは、海に落ちた車の中で、シートベルトに体を抑え付けられたまま、必死にもがいていた。


『助けてくれっ。助けてくれ~っ』


 8本も腕があるのに、パニック状態になっているタコは、なかなかシートベルトを外せない。


「落ち着いてっ。早く脱出するんだっ! 急がないと出られなくなるぞ。誰かっ、引き上げるのを手伝ってくれ」


 僕が後ろを振り返ると、大勢いたはずの亡霊たちがいなくなっていた。


『タコが落ちた』

『うわぁ。オクトパスが死ぬ』

『マズいぞ』


 タコの仲間たちも、仲間を見捨てて逃げ始めた。


「おいっ。待てよっ! コレはお前たちの責任だろう⁉」


 オイルをくなんて、きたな真似まねをしやがって。

 でも、そういう悪意も全てひっくるめてストリートバトルなのである。


『人』対『人』である以上、危険な道も避けては通れない。


 ゲームといっても命がけ。

 カーレースは、いつだってデスバトル。

 だからこそ、ドライバーのモラルとマナーが大切なのではないだろうか。


(僕は……)


 卑怯ひきょうな手を使ってでも勝てばいい、なんて思えない。

 勝っても負けても、正々堂々、ほこりを持って戦うレーサーになりたかったんだ。


 そのためには心をにごらせてはいけないのに……あやうく真っ黒な闇に染まってしまうところだった。

 スッと怒りがおさまるのと同時に、ポシャンという水の音がして、オクトパスの車が海の中に消えてしまう。


 ゲームに負けた車は、海の底。


(まさか……)


 怪物の運命なんてどうでもいいが、僕の推理が正しければ、これはシャドウが見せてくれた過去の幻影である。

 今年は、タコなんて名前の人はエントリーしていないが……2年前の決勝戦では、矢田やタ浩介コうすけという大学生がチキンゲームに参加していた。


 あの人は、どうしていなくなってしまったんだろう。

 もしコレが、海堂さんが競技ライセンスを失った事故だったとしたら……。


 パリパリパリと海面が凍りつき、真っ暗な空から冷たい雪が降ってくる。

 真夏のコースに強い北風が吹き、次第に真っ白いきりが現れた。


 僕を包む不思議なもやはゆっくり晴れていったけれど、気付いてみると周囲には誰もいなかった。

 シャドウの姿も消えている。


 どうやら、また取り残されてしまったようだ。

 海の上にそびえ立つ壁の手前に……。

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