5-4
車には事故が、人生には困難が付きまとう。
僕はただでさえ脇腹を痛めてレースに参加できない状況なのに、チームのメンバーまで失ってしまい、夜にはリオンと作戦会議をするどころか、ケンカになってしまった。
「どうして水島を追い出すような事を言ったんだよ」
「僕は、彼女とチームのためを思って忠告してあげただけさ。結論を出したのは彼女だろう」
「なんだって?」
「ハヤトは思わせぶりな態度をとって、女性を困らせる天才のようだから、早く伊織の心も自由にしてくれないか。君に振り回されている彼女が気の毒だよ」
「この野郎……」
「2人とも、やめろ。ガレージの中で暴れるな」
僕とリオンが殴り合いを始める前に、海堂さんが止めに入ってくれたので、さらに怪我人が増える事態にはならずに済んだが……リオンがレースに出かけて行くと、僕は伊織の制止を無視してガレオンに乗り込み、てっぺん峠に向かった。
***
なんだか色々な事がありすぎて、頭の中がグチャグチャだ。
こんな時はガムシャラにスピードを上げて走りたいところだが、そんなことをすれば十中八九、事故を起こしてしまうだろう。
真っ暗なトンネルの前にたどり着くと、車を降りて、何度もため息をついた。
何かあると、シャドウに会いに来るのが、すっかり癖になってしまったようだ。
「兄さん……?」
不気味な空洞。
長い筒のようなトンネルは、異世界へと続く抜け道のようでもある。
チカチカ……チカチカ……。
トンネルのランプが妖しく点滅し始めた。
(……いるんだよね?)
ガリアースの姿を求めて、よろけた足取りで暗い穴の中に入っていく。
ようやく治ったのかと思いきや、動き出せばすぐに燃料が漏れてしまう穴だらけの心を抱え、フラフラ歩いていくと、トンネルの真ん中に黒い車が現れた。
「シャドウ!」
その車に駆け寄り、心の中で尋ねてみる。
(兄さん。僕はどうすればいいの?)
兄の背中に追いつきたいのに、いくら手を伸ばしても届かないどころか、夢はどんどん遠ざかってゆく。
シャドウは、ライトの光で僕を照らした。
まぶしい光が周囲の闇を払うが、足元には真っ黒な影を作り出す。
夜のトンネルは、ひっそりと静まりかえっていた。
僕の心は今、真っ暗闇に覆われているけれど、もし光を取り戻すことが出来たら、もう1度、走りたいと思えるだろうか。
――どうして、こんなにも探しているのだろう?
なぜ、島を離れられないのか。
もしかしたら、どこかにその答えがあるのかもしれない。
2年前に失くしてしまった、大切な何かが……。
僕はふと、海堂さんの事を思いだした。
(そうだ。兄さんは……海堂さんのことを知ってる?)
――鋼鉄の魔人は、どうして走るのをやめてしまったのだろう。
自分と同じように苦しんでいるかもしれないメカニックの事が気になっていることを伝えると、シャドウの扉がパカッと開いた。
まるで、乗れ、と言っているかのように……。
もしかしたら、また得体の知れない亡霊たちに追いかけられるかもしれないが、今の僕は、現れた化け物たちを根こそぎ撥ね飛ばしてやりたい気分だった。
(……かかってくればいい。誰でも相手になってやる!)
心の中が汚れていく。
怒り、妬み、悲しみ、絶望……禍々(まがまが)しい感情が目一杯チャージされた状態でハンドルを握る。
――今夜、シャドウが見せてくれる幻は何だろう?
間違いなく……とびっきりの悪夢に違いない……。
***
勝手に走り出したゴーストカーは、深夜の港に向かった。
目指しているのは、おそらくチキンゲームのバトルステージ。
大きな倉庫が並んでいる港には、すでに化け物たちが集まっていて、観客たちに歓迎されながら輪の中に入っていくと、4人の海賊たちに取り囲まれた。
「なぁ。俺たちと勝負してくれよ」
「でも、コイツは命を賭けたデスゲームだから、止まりきれなければ海の底だ」
「だからって逃げやしないよなぁ。鋼鉄の魔人さんよぉ」
亡霊たちは、僕を海堂さんと間違えている。
「今夜の相手はオクトパスだ」
派手なオレンジ色の車で現れたのは、8本の腕をウネウネと躍らせているタコだった。
ジリジリと海の上のコースに追いやられ、2本の直線道路のスタート地点に車を並べる。
真っ暗な道路の先に見えているのは高い壁。
狭いコースの左右に見えるのは、不気味に波打つ黒い海。
(ただ、壁の手前で止まればいいだけだろう?)
それだけなのに、足が震える。
この競技は、けして限界を超えてはいけないので、壁にぶつけるようでは三下なのだ。
だからといって、安全な位置で止まってしまえば臆病者だと笑われる。
さて、何%の力で挑む?
相手の実力が分からない。
無理をする必要があるのか、ないのか。
迷いがあれば命取りだ。
壁にぶつかるかもしれないし、負けたら、海の底に沈められてしまうかもしれないという恐怖との葛藤。
安全に行くなら攻め込むな。
相手が自滅することもあるだろう。
でも僕は、チキンゲームでは負け知らずの海堂さんに少しでも近づきたいと思い、覚悟を決めた。
――どんな時も全力で挑め!
(そうだよね? 兄さん)
『…………』




