5-3
「……なんだ。水島がいたのか」
バッドタイミング。
(いつから見られていたんだろう?)
僕が伊織の顔を見ると、
「だから、やめてって言ったのに……」
と非難されてしまったが、別に、水島と付き合っているわけではないし、チーム内での恋愛禁止なんて規則を作った覚えもないので、そんなに問題は無いはずだろう。
ちょっと照れくさいくらいで……なんて思っていたら、予想外のトラブルに発展してしまった。
「山吹君が病院に運ばれたって聞いたから、わざわざ仕事を早退してきたんだけど……なんだか邪魔しちゃったみたいだね」
ホテルの高そうなケーキまで買ってきてくれた水島は、スタスタと事務所の冷蔵庫にソレをしまった後、突然、チームを辞めると言い出したのだ。
「どうしてそんな事を言うんだよ」
ようやく、これからって時に……。
「リオンに言われたんだ。山吹君の足手まといになりたくなかったら、チームを抜けた方がいいって。怪我をしたのも、ボクのせいなんだよね」
「違うよ。だからアイツの言う事なんて聞かなくていい」
「でも……ボクはもう、ココにはいられない」
「どうして?」
水島は、理由を告げずに去ってしまった……。
***
「なんで急に辞めるなんて言い出したんだろう」
僕にはイマイチ分からなかったが……伊織は、
「そんなの、ハヤトが好きだからに決まってるじゃない」
と言い出した。
「はあ⁉ そんなわけないだろう。水島は半分、男なんだから」
「でも、残りの半分は女の子でしょう?」
「それは……否定できないけど。だからって、好きな男の前で、男装なんてしないと思うけどなぁ」
僕は、男扱いして欲しいという水島の要望を尊重しているつもりだった。
「私がレースクイーンを目指していたのは、いつでもハヤトの側にいたかったからよ。もし他に方法が無かったら、私だって男のフリをして、カートに乗っていたかもしれないわ」
伊織は、水島が僕のためにカートを続けているんじゃないか? とまで言い出した。
「まさか……そんなのありえないよ」
「でも、ハヤトの事が好きじゃなかったら、お弁当なんて作らないと思うの。結構、大変なんだから」
伊織は、水島を追いかけて、チームに連れ戻すべきだと言った。
「でも……それが本当なら、僕が行くのはマズイんじゃないの?」
水島の気持ちには応えられない。
「それでも、今の水島さんには、ハヤトしかいないんでしょう? お願い。行ってあげて」
「…………」
車の鍵を差し出され、僕は渋々、ガレオンに乗って水島を探し始めた。
ほぼスリップする事が分かっているのに、チェーンも付けずに雪道に飛び出していく車のような気分で……。
***
まずは女子寮に寄ってみたが、彼女は戻っておらず、仕方なく電話をかけてみると、修理工場の近くの海岸にいるという。
僕は車から降りると、海を見つめている水島に近づいていった。
太陽が沈み始めた砂浜には、気持ちのいい潮風が吹いている。
ザザーンと絶え間なく波の音が聞こえ、波打ち際では、まだ水着姿の若い観光客たちが遊んでいる。
白い砂浜に、美しい夕陽。
絶好のロケーションだが、その景色はどこか悲しげで、僕の心もマリアナ海溝より深く沈んでいた。
おそらく、彼女も……?
「水島」
背後から声をかけると、
「……来てくれたんだ」
彼女は、少し、はにかみながら振り返った。
水島は、いつだって飄々(ひょうひょう)としていて、本音を隠すのが上手すぎる。
だから僕は、最初からずっと、彼女の気持ちが分からなかった。
どうして僕に会いに来たのかさえ……。
「ココのところ、少し悩んでいたんだよ」
水島はいつものように、唐突に語り始める。
「このままカートを続けていても、ボクではプロになれないかもしれない。だから……普通の女の子に戻った方が、幸せなのかなぁとか」
「もしかして、カートまでやめるつもりなのか?」
「でも、その一方で、こうも思うんだ。もし山吹君が手伝ってくれたら、夢を叶えられるんじゃないかって」
「…………」
「ボクは、君に会うためにこの島に来たんだよ。2年前にリタイアしてしまった山吹隼人をどんな手を使ってでも、サーキットに連れ戻そうと思って」
「僕のために?」
水島は、キリリとした瞳で水平線を睨む。
「正確には……ボクのためでもある。金の卵を復活させて、君に速さの秘密を教えてもらおうと思っていたんだ。そして……チャンピオンになった山吹君を倒すつもりだった」
最速のドライバーになって、女に生まれた運命さえも覆そうとしている水島の視線は、少しずつ鋭さを増してゆく。
まるで、触れた者を全て切り裂いてしまうレイピアのごとく。
「途中で、君を好きになっちゃったのは計算外さ。まさか、女であることが、こんな形で自分の首を絞めるなんて予想もしていなかったけど。でも……おかげで、吹っ切れそうだ」
「水島?」
クールな瞳の奥に、青い炎が踊る。
「ボクはもう誰にも止められない。勝つために必要なら、心だって捨ててやる!」
彼女が走り出したら、車が壊れるまで止まらない。
いや……止まれないのだ。
「そういう考え方は、危険だと思う」
「ボクを止めてくれるの? ねぇ。本気でそうしたいなら、山吹君の心をちょうだい。そうすれば、普通の女の子に戻れるかもしれないから……」
水島はカーレースと同じくらい情熱を注げる対象が欲しいと、熱い視線を向けてくる。
彼女と体を合わせたら、きっと胸の奥まで焼き焦がされてしまうだろう。
灼熱の炎が、僕の心まで焚きつけるが……視界の隅に映っている海の青さが、飛び移ってくる火の粉をかき消した。
「悪いけど……それは出来ない。と断ったら?」
水島は微笑を浮かべる。
あまりにも美しすぎて、切ない表情が悪魔のように魅力的だから、うっかりすると心を奪われてしまいそうだ。
「分かっているよ。山吹君には、伊織ちゃんがいるからね。だからこそ憎らしいんだ。全てを持っているのに、走らないなんて……。今なら、父が渇望していたものが分かるような気がする。何が何でも頂点にたどり着きたい。ボクは心から君に勝ちたいと思っているよ。やっぱり、山吹隼人は敵だった」
「だったら、ストリートレースで勝負しよう」
僕はなんとかして彼女を連れ戻そうとしたのだけれど。
「君は必ずボクが倒してやる! でも今は……」
気持ちの整理をつけるための時間が欲しいと言って、水島はリタイアしてしまった……。




