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シャドウ ~真夏の幻影~  作者: 古月 ミチヤ
第5章 迷走
28/53

5-3

「……なんだ。水島がいたのか」


 バッドタイミング。


(いつから見られていたんだろう?)


 僕が伊織の顔を見ると、


「だから、やめてって言ったのに……」


と非難されてしまったが、別に、水島と付き合っているわけではないし、チーム内での恋愛禁止なんて規則を作った覚えもないので、そんなに問題は無いはずだろう。

 ちょっと照れくさいくらいで……なんて思っていたら、予想外のトラブルに発展してしまった。


「山吹君が病院に運ばれたって聞いたから、わざわざ仕事を早退してきたんだけど……なんだか邪魔しちゃったみたいだね」


 ホテルの高そうなケーキまで買ってきてくれた水島は、スタスタと事務所の冷蔵庫にソレをしまった後、突然、チームを辞めると言い出したのだ。


「どうしてそんな事を言うんだよ」


 ようやく、これからって時に……。


「リオンに言われたんだ。山吹君の足手まといになりたくなかったら、チームを抜けた方がいいって。怪我をしたのも、ボクのせいなんだよね」


「違うよ。だからアイツの言う事なんて聞かなくていい」


「でも……ボクはもう、ココにはいられない」


「どうして?」


 水島は、理由を告げずに去ってしまった……。


   ***


「なんで急に辞めるなんて言い出したんだろう」


 僕にはイマイチ分からなかったが……伊織は、


「そんなの、ハヤトが好きだからに決まってるじゃない」


と言い出した。


「はあ⁉ そんなわけないだろう。水島は半分、男なんだから」


「でも、残りの半分は女の子でしょう?」


「それは……否定できないけど。だからって、好きな男の前で、男装なんてしないと思うけどなぁ」


 僕は、男扱いして欲しいという水島の要望を尊重しているつもりだった。


「私がレースクイーンを目指していたのは、いつでもハヤトの側にいたかったからよ。もし他に方法が無かったら、私だって男のフリをして、カートに乗っていたかもしれないわ」


 伊織は、水島が僕のためにカートを続けているんじゃないか? とまで言い出した。


「まさか……そんなのありえないよ」


「でも、ハヤトの事が好きじゃなかったら、お弁当なんて作らないと思うの。結構、大変なんだから」


 伊織は、水島を追いかけて、チームに連れ戻すべきだと言った。


「でも……それが本当なら、僕が行くのはマズイんじゃないの?」


 水島の気持ちには応えられない。


「それでも、今の水島さんには、ハヤトしかいないんでしょう? お願い。行ってあげて」


「…………」


 車の鍵を差し出され、僕は渋々、ガレオンに乗って水島を探し始めた。

 ほぼスリップする事が分かっているのに、チェーンも付けずに雪道に飛び出していく車のような気分で……。


   ***


 まずは女子寮に寄ってみたが、彼女は戻っておらず、仕方なく電話をかけてみると、修理工場の近くの海岸にいるという。


 僕は車から降りると、海を見つめている水島に近づいていった。


 太陽が沈み始めた砂浜には、気持ちのいい潮風が吹いている。

 ザザーンと絶え間なく波の音が聞こえ、波打ち際では、まだ水着姿の若い観光客たちが遊んでいる。


 白い砂浜に、美しい夕陽。

 絶好のロケーションだが、その景色はどこか悲しげで、僕の心もマリアナ海溝より深く沈んでいた。


 おそらく、彼女も……?



「水島」


 背後から声をかけると、


「……来てくれたんだ」


 彼女は、少し、はにかみながら振り返った。


 水島は、いつだって飄々(ひょうひょう)としていて、本音を隠すのが上手うますぎる。

 だから僕は、最初からずっと、彼女の気持ちが分からなかった。


 どうして僕に会いに来たのかさえ……。


「ココのところ、少し悩んでいたんだよ」


 水島はいつものように、唐突とうとつに語り始める。


「このままカートを続けていても、ボクではプロになれないかもしれない。だから……普通の女の子に戻った方が、幸せなのかなぁとか」


「もしかして、カートまでやめるつもりなのか?」


「でも、その一方で、こうも思うんだ。もし山吹君が手伝ってくれたら、夢を叶えられるんじゃないかって」


「…………」


「ボクは、君に会うためにこの島に来たんだよ。2年前にリタイアしてしまった山吹隼人をどんな手を使ってでも、サーキットに連れ戻そうと思って」


「僕のために?」


 水島は、キリリとした瞳で水平線を睨む。


「正確には……ボクのためでもある。金の卵を復活させて、君に速さの秘密を教えてもらおうと思っていたんだ。そして……チャンピオンになった山吹君を倒すつもりだった」


 最速のドライバーになって、女に生まれた運命さえもくつがえそうとしている水島の視線は、少しずつ鋭さを増してゆく。

 まるで、触れた者を全て切り裂いてしまうレイピアのごとく。


「途中で、君を好きになっちゃったのは計算外さ。まさか、女であることが、こんな形で自分の首を絞めるなんて予想もしていなかったけど。でも……おかげで、吹っ切れそうだ」


「水島?」


 クールな瞳の奥に、青い炎が踊る。


「ボクはもう誰にも止められない。勝つために必要なら、心だって捨ててやる!」


 彼女が走り出したら、車が壊れるまで止まらない。

 いや……止まれないのだ。


「そういう考え方は、危険だと思う」


「ボクを止めてくれるの? ねぇ。本気でそうしたいなら、山吹君の心をちょうだい。そうすれば、普通の女の子に戻れるかもしれないから……」


 水島はカーレースと同じくらい情熱を注げる対象が欲しいと、熱い視線を向けてくる。

 彼女と体を合わせたら、きっと胸の奥まで焼きがされてしまうだろう。


 灼熱の炎が、僕の心まできつけるが……視界の隅に映っている海の青さが、飛び移ってくる火の粉をかき消した。


「悪いけど……それは出来ない。と断ったら?」


 水島は微笑を浮かべる。

 あまりにも美しすぎて、切ない表情が悪魔のように魅力的だから、うっかりすると心を奪われてしまいそうだ。


「分かっているよ。山吹君には、伊織ちゃんがいるからね。だからこそにくらしいんだ。全てを持っているのに、走らないなんて……。今なら、父が渇望していたものが分かるような気がする。何が何でも頂点にたどり着きたい。ボクは心から君に勝ちたいと思っているよ。やっぱり、山吹隼人は敵だった」


「だったら、ストリートレースで勝負しよう」


 僕はなんとかして彼女を連れ戻そうとしたのだけれど。


「君は必ずボクが倒してやる! でも今は……」


 気持ちの整理をつけるための時間が欲しいと言って、水島はリタイアしてしまった……。

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