5-2
「君、大丈夫かい?」
「はい……」
僕は痛みを堪えて立ち上がろうとしたが、安堵した拍子に力が抜けてしまい、仰向けに倒れ込んだ。
「動けないなら無理しなくていいよ。すぐに救急車を呼ぶからね」
「……すみません」
まさか、こんなトラブルに巻き込まれてしまうなんて……。
少し、ストリートレースを甘くみすぎていたのかもしれない。
誰もが多額の金を注ぎ込み、本気で勝負しているのだから、怪我や喧嘩も付きものなのだ。
ソレを考えると、やっぱり女の子には危険な気がする。
水島は運命にさえ立ち向かおうとしているけれど、はたして彼女が進もうとしている先に、道はあるのだろうか?
もし水島のお父さんが、車の限界を超え、道無き場所に飛び出してしまったとしたら……彼女もアクセルを踏みすぎれば、地獄の底まで転落してしまう可能性がある。
「君、ちょっと怪我を見せてくれるかな。……ひどい内出血だから、きちんと検査を受けた方がいいぞ」
「はい」
僕が痛みに耐えていると、ホテルの制服を着ているリオンが現れた。
「どうやら警備の人を呼びにいって正解だったみたいだな」
「もしかして、リオンが助けてくれたのか⁉」
「まぁね。たまたま茂みの奥に歩いて行くのが見えたから、様子を見に来たんだ」
「ありがとう。おかげで助かったよ」
もしリオンが気付いてくれなかったら、今頃、大怪我をしていたかもしれない。
「やっぱり、僕らは一緒にいた方がいいのかもしれない」
リオンは突然、今夜から一緒に行動しようと言い始めた。
ストリートレースに参加していれば、いつ何が起きるか分からないし、何か問題が起きた時に仲間がいれば助け合えるからだ。
特に女の子の水島を1人にしておくのは危険だろう。
ポイント争いは、後半になるほど加熱してゆく。
(……だから海堂さんも、一緒に行動しろと言っていたのか)
「今夜、作戦会議をしないか?」
というリオンの提案を僕は素直に受け入れた。
本格的に上を目指すなら、仲間との連携は必要不可欠だ。
それに知恵を出し合い、協力すれば、もっと効率的にポイントが稼げるようになるかもしれない。
「ようやくチームらしくなってきたね」
救急車が到着すると、僕は病院に移動した……。
***
幸い骨には異常が無かったので、痛み止めの注射を打ってもらい、修理工場に戻った。
午後は簡単な雑務をこなし、夕方になるとレースの準備を始めたが、
「ハヤト。まだ無理をしないで」
と、伊織に引き止められた。
「心配してくれるのは嬉しいけど、今のままじゃポイントが足りないんだ。だから、僕だけ休むわけにはいかないよ」
苦痛に顔を歪めながらガレオンに乗り込もうとしたが、いくら探しても車の鍵が見つからない。
「あれ……? ドコに置いたっけ」
「もしかして、この鍵を探しているの? 怪我が治るまで、絶対に走らせないからね」
伊織が車のキーをチラリと見せてから作業着の胸ポケットにしまうと、僕は赤い布を追いかける闘牛のような勢いで襲い掛かった。
「伊織っ。それを返してくれ!」
「駄目よ。お医者様には、安静にしているようにって言われたんでしょう?」
「でも、わざわざ痛み止めを打ってもらったのは、レースに出るためなんだ」
伊織はちょこまかとガレージ内を逃げ回ったが、ようやく壁際に追い詰めて、背後から押さえつけた。
そしてポケットの中を探ろうと、胸の辺りに手を伸ばしたが……。
「いやん」
というおかしな悲鳴を聞いて、ピタリと動きを止める。
「あ……ごめん」
僕と伊織の体は密着している。
こんなに近いのは初めてかもしれない。
ギュッと彼女を抱きしめる腕に力を込めると、伊織が恥ずかしそうにうつむいて、頭の中で何かのスイッチが切り替わった。
今、ガレージの中には2人しかいない。
オーナーはタイヤを買いに行っているし、僕が怪我をしたという話を聞いた海堂さんは、珍しく車に乗って出かけてしまった。
リオンと水島もまだ仕事中……ということは、ライバルたちをごぼう抜きにして、伊織を手に入れるチャンス到来か?
男の勘が、今が攻め時だと言っている。
こうなったら力づくで振り向かせ、強引にキスしてしまおうか。
「伊織……」
彼女を押さえる腕に力を込めると、柔らかい体がピクリと反応する。
「な、何?」
僕は口下手なので、リオンのようにペラペラと女性を口説くなんて真似は出来ないし、海堂さんのように大胆なアプローチも出来ない。
でも……。
彼女を想う気持ちだけは、誰にも負けない自信がある。
そろそろ2人の関係を進展させようと思ったのだが、
「ちょっと、何するの⁉ やめて」
伊織が身をよじって逃げるので、ますます血がたぎって引けなくなった。
「どうして嫌がるんだよ。僕の事……嫌いなのか?」
(リオンなんかに、奪われたくない)
諦めきれずに強く抱きしめると、
「ハヤト。後ろ……」
と言いながら、伊織が気まずそうな顔をした。
ゆっくり振り返ってみると……。
ガレージの入り口には、水島涼が立っていた。




