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シャドウ ~真夏の幻影~  作者: 古月 ミチヤ
第5章 迷走
27/53

5-2

「君、大丈夫かい?」


「はい……」


 僕は痛みをこらえて立ち上がろうとしたが、安堵あんどした拍子に力が抜けてしまい、仰向あおむけに倒れ込んだ。


「動けないなら無理しなくていいよ。すぐに救急車を呼ぶからね」


「……すみません」


 まさか、こんなトラブルに巻き込まれてしまうなんて……。

 少し、ストリートレースを甘くみすぎていたのかもしれない。


 誰もが多額の金をぎ込み、本気で勝負しているのだから、怪我けが喧嘩けんかも付きものなのだ。

 ソレを考えると、やっぱり女の子には危険な気がする。


 水島は運命にさえ立ち向かおうとしているけれど、はたして彼女が進もうとしている先に、道はあるのだろうか?


 もし水島のお父さんが、車の限界を超え、道無き場所に飛び出してしまったとしたら……彼女もアクセルを踏みすぎれば、地獄の底まで転落してしまう可能性がある。


「君、ちょっと怪我を見せてくれるかな。……ひどい内出血だから、きちんと検査を受けた方がいいぞ」


「はい」


 僕が痛みに耐えていると、ホテルの制服を着ているリオンが現れた。


「どうやら警備の人を呼びにいって正解だったみたいだな」


「もしかして、リオンが助けてくれたのか⁉」


「まぁね。たまたま茂みの奥に歩いて行くのが見えたから、様子を見に来たんだ」


「ありがとう。おかげで助かったよ」


 もしリオンが気付いてくれなかったら、今頃、大怪我をしていたかもしれない。


「やっぱり、僕らは一緒にいた方がいいのかもしれない」


 リオンは突然、今夜から一緒に行動しようと言い始めた。

 ストリートレースに参加していれば、いつ何が起きるか分からないし、何か問題が起きた時に仲間がいれば助け合えるからだ。


 特に女の子の水島を1人にしておくのは危険だろう。

 ポイント争いは、後半になるほど加熱してゆく。


(……だから海堂さんも、一緒に行動しろと言っていたのか)


「今夜、作戦会議をしないか?」


というリオンの提案を僕は素直に受け入れた。


 本格的に上を目指すなら、仲間との連携は必要不可欠だ。

 それに知恵を出し合い、協力すれば、もっと効率的にポイントが稼げるようになるかもしれない。


「ようやくチームらしくなってきたね」


 救急車が到着すると、僕は病院に移動した……。


   ***


 幸い骨には異常が無かったので、痛み止めの注射を打ってもらい、修理工場に戻った。

 午後は簡単な雑務をこなし、夕方になるとレースの準備を始めたが、


「ハヤト。まだ無理をしないで」


と、伊織に引き止められた。


「心配してくれるのは嬉しいけど、今のままじゃポイントが足りないんだ。だから、僕だけ休むわけにはいかないよ」


 苦痛に顔をゆがめながらガレオンに乗り込もうとしたが、いくら探しても車の鍵が見つからない。


「あれ……? ドコに置いたっけ」


「もしかして、この鍵を探しているの? 怪我が治るまで、絶対に走らせないからね」


 伊織が車のキーをチラリと見せてから作業着の胸ポケットにしまうと、僕は赤い布を追いかける闘牛のような勢いで襲い掛かった。


「伊織っ。それを返してくれ!」


「駄目よ。お医者様には、安静にしているようにって言われたんでしょう?」


「でも、わざわざ痛み止めを打ってもらったのは、レースに出るためなんだ」


 伊織はちょこまかとガレージ内を逃げ回ったが、ようやく壁際に追い詰めて、背後から押さえつけた。

 そしてポケットの中を探ろうと、胸の辺りに手を伸ばしたが……。


「いやん」


というおかしな悲鳴を聞いて、ピタリと動きを止める。


「あ……ごめん」


 僕と伊織の体は密着している。

 こんなに近いのは初めてかもしれない。


 ギュッと彼女を抱きしめる腕に力を込めると、伊織が恥ずかしそうにうつむいて、頭の中で何かのスイッチが切り替わった。


 今、ガレージの中には2人しかいない。

 オーナーはタイヤを買いに行っているし、僕が怪我をしたという話を聞いた海堂さんは、珍しく車に乗って出かけてしまった。


 リオンと水島もまだ仕事中……ということは、ライバルたちをごぼう抜きにして、伊織を手に入れるチャンス到来か?


 男のかんが、今がめ時だと言っている。

 こうなったら力づくで振り向かせ、強引にキスしてしまおうか。


「伊織……」


 彼女を押さえる腕に力を込めると、柔らかい体がピクリと反応する。


「な、何?」


 僕は口下手なので、リオンのようにペラペラと女性を口説くなんて真似は出来ないし、海堂さんのように大胆なアプローチも出来ない。

 でも……。


 彼女を想う気持ちだけは、誰にも負けない自信がある。

 そろそろ2人の関係を進展させようと思ったのだが、


「ちょっと、何するの⁉ やめて」


 伊織が身をよじって逃げるので、ますます血がたぎって引けなくなった。


「どうして嫌がるんだよ。僕の事……嫌いなのか?」


(リオンなんかに、奪われたくない)


 諦めきれずに強く抱きしめると、


「ハヤト。後ろ……」


と言いながら、伊織が気まずそうな顔をした。


 ゆっくり振り返ってみると……。

 

 ガレージの入り口には、水島涼が立っていた。  

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