表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シャドウ ~真夏の幻影~  作者: 古月 ミチヤ
第4章 蒼炎
24/53

4-5

 翌日は猛暑日で、朝からウンザリするような暑さが続いていた。


「暑い……。この島は暑すぎるな」


 ホテルの仕事を終えたリオンがやってくると、事務所に入るなり、おもむろに服を脱ぎ始める。


「おい。こんな所で着替えるなよ」


「伊織がいるのに、汗臭い服なんて着ていられないだろう? あぁそうだ。外に洗車用のホースがあったから、水浴びでもしてこようかな」


 リオンはズボンのベルトを外し、下まで脱ごうとする。


「うわっ。やめろって……」


 慌てて押さえつけると、陽気なチャンピオンは、さもおかしそうに笑いだした。


「冗談だよ。ハヤトは本当に堅苦しいね。……あぁ伊織。飲み物プリーズ」


 金髪のライバルは我が物顔で事務所のソファーに腰かけると、召使いのように伊織に麦茶を運ばせる。


(一体、何様のつもりだ?)


 しかし、伊織からコップを受け取ると、お礼とばかりにブックカバーがかけられている本を手渡した。


「面白そうな本を見つけたから、伊織にプレゼントするよ」


 それが何の本かは分からないが、伊織はチラリと中身を確認すると、とても嬉しそうな顔になる。


「ありがとう。リオン。こういうのを読んでみたかったのよ」


「それは良かった」


 2人は仲良く話し始めたが、僕にはさっぱり分からない文学の話題なので、入り込む余地が全く無い。

 少し前までは僕の方にアドバンテージがあったのに、今ではリオンの方が伊織と親しく接している。


――どうしてこうなった?


 男は他にもたくさんいるのに、伊織がしたしくなったのはリオンだけ。

 それが意味する事は何なのか……?


(まさか、本当にこんな奴が好みだったのか?)

 

 金髪で、背が高くて、いかにも女好みの顔をしているが、欠点だってあるはずだ。

 目立つし、ワガママだし、強引だし……。


 でも、用意周到で計算高いリオンは、ドライバーとしては非の打ち所が無い最高のライバルである。

 それだけは認めざるをえない。コイツはすごい……と。

 だからこそ、負けたくない。


「ハヤトも麦茶でいい?」


 目の前に冷たい飲み物が運ばれてくると、僕は苛立いらだちを静める為に体に流し込んだ。


あせったら駄目だめだ)


 気負きおっても駄目。

 物事は、なるようにしかならないのだから。


(少し落ち着こう)


 僕がため息をつきながらねたみの感情を捨てていると、今度は海堂さんが狭い事務所に入ってきた。


 昨夜ゆうべからずっとエンジンの交換作業をしていた先輩は、


「水、水っ」


と呟きながら、伊織が飲みかけていた麦茶のコップを取り上げ、一気に飲み干してゆく。

 ゴク、ゴク、ゴク……。


「プハ~。うまい! 生き返った」


 のどうるおすと、唖然あぜんとしている伊織にコップを手渡す。


「なんだよ、その顔は」


「えっ⁉ あっ、すいません。もっといできましょうか?」


 伊織は急いでオカワリを取りに行こうとしたが、海堂さんはそれを引き止め、


「いや……それよりも調べて欲しいことがある」


と言いながら、僕の幼なじみをパソコンの前に座らせた。


「今、チームのポイントはどうなってる?」


「ええと、まだ、少ししか貯まっていません」


「1番稼いでいるチームのポイントは? 残りの日数から計算して、あとどれくらいのポイントが必要か、ドライバー1人あたりの数値を上げてくれ」


「えっ。あっ。ちょっと待って下さい。ええと、どうすれば……」


 慣れない作業で伊織が戸惑っていると、海堂さんは伊織の手の上からパソコンのマウスを押さえつけ、カチカチっと手際よくクリックを繰り返す。


「ココに昔使っていた表があるから、今年の数値を入力して……」


 会話を聞いている分には親切に教えているようにも思えるが、伊織の体に密着しながら手まで添えている行為は、どう見てもセクハラだろう。

 僕が凝視ぎょうししていると……海堂さんは伊織の耳にフッと息を吹きかけ、


「キャッ⁉」


と悲鳴を上げる様子を見て、珍しく笑顔を見せた。

 これはもう確信犯だ。


 どうやら鋼鉄の魔人まで、伊織の事が気に入ってしまったようである。

 いくら霊感少女とはいえ、その正体を知らない男には、アイドルを目指している可愛い女の子に見えるのだから、広い社会に出れば、伊織がモテないはずはないのだが……。


(全くの想定外)


 僕にとっては、ノーマークだった車が突然、バックミラーに映ったような衝撃だ。


「Hey, ハヤト。あのメカニックに彼女はいるのかい?」


 ソファーに腰かけていたリオンも気付いたようだ。

 思わぬ伏兵ふくへいの存在に!


「さぁ。聞いたことないけど……多分、いないと思うよ」


 海堂さんは前髪を長く伸ばしている物憂ものうげな大学生で、ぶっきらぼうなせいか、女性客には怖がられてしまうこともある。

 だけど、中身はとても良い人だし、性格はかなりの熱血漢。


 チキンゲームでは壁際数㎝までむ強気なアタッカーだけあって、攻めに転じると止めようがなく、仕事場でかしこまっている伊織にやりたい放題だ。


 抵抗出来ない伊織の頭を抱え込み、ほおを寄せながら一緒にパソコンのモニターをのぞき込んでいる姿を見ると、リオンがこらえきれずに立ち上がった。


「海堂さん。ちょっといいですか?」


 声を荒げてパソコンに近づいていくが、


「お、ちょうど良かった。……タバコと瞬間接着剤」


 いきなりタバコの空き箱とお金を渡され、すごすごと戻ってくる。 


「そのタバコは、島の中央マーケットでしか売っていないから。あと……接着剤は社長に届けておいて」


 海堂さんは振り返りもせずに言うと、


「伊織ちゃんは物覚えがいいね」


と褒めながら頭をなで、おまけに一言。


「可愛いなぁ」


と、耳元でささやいた。

 伊織はパソコンの画面を見ているが、さっきよりも顔が赤くなっている。


「くそっ。僕は買い物に行ってくるから、ハヤトはあの人を見張っておいてくれ」


 リオンはくやしそうに顔をゆがめながら飛び出していった……。



 最初は天然なのかと思っていたけれど、どうやら海堂さんは策士のようである。

 元々プレッシャーにも動じない鋼の心臓の持ち主なので、人前でも平然とアプローチを続ける姿に驚いていると、


「あぁそうだ。ハヤトの車、完成したぞ」


と、自然な会話で追い払われた。


「えっ?」


「試乗して、ターボの感想を聞かせてくれ」


「えぇっ⁉ 今ですか?」


「夜のレースが始まる前に、試しておいた方がいいと思うが……」


「それは、そうなんですけど」


 新しいエンジンの試運転なんかをしていたら30分は戻ってこられないだろう。

 でも、即座に言い訳が思いつかなくて、重い足取りで事務所の出口に向かい始めた。


(マズイ……)


 このまま物凄ものすごく手が早そうな鋼鉄の魔人と、伊織を2人っきりにしておきたくはないのだが、職場の先輩には逆らえないし……。

 こういう時は、一刻も早く用事を済ませて戻ってくるしかないだろう。


 僕は結局、リオンと同じ結論に達し、猛ダッシュでガレージに向かった。


(こうなったら、5分でエンジンの感覚をつかんでやる)


 ところが、ガレオンに手をかけると、仕事を終えた水島涼がやってきて、ニコニコ笑いながら僕の車の助手席に乗り込んでくる。


(……なんで⁉)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ