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翌日は猛暑日で、朝からウンザリするような暑さが続いていた。
「暑い……。この島は暑すぎるな」
ホテルの仕事を終えたリオンがやってくると、事務所に入るなり、おもむろに服を脱ぎ始める。
「おい。こんな所で着替えるなよ」
「伊織がいるのに、汗臭い服なんて着ていられないだろう? あぁそうだ。外に洗車用のホースがあったから、水浴びでもしてこようかな」
リオンはズボンのベルトを外し、下まで脱ごうとする。
「うわっ。やめろって……」
慌てて押さえつけると、陽気なチャンピオンは、さもおかしそうに笑いだした。
「冗談だよ。ハヤトは本当に堅苦しいね。……あぁ伊織。飲み物プリーズ」
金髪のライバルは我が物顔で事務所のソファーに腰かけると、召使いのように伊織に麦茶を運ばせる。
(一体、何様のつもりだ?)
しかし、伊織からコップを受け取ると、お礼とばかりにブックカバーがかけられている本を手渡した。
「面白そうな本を見つけたから、伊織にプレゼントするよ」
それが何の本かは分からないが、伊織はチラリと中身を確認すると、とても嬉しそうな顔になる。
「ありがとう。リオン。こういうのを読んでみたかったのよ」
「それは良かった」
2人は仲良く話し始めたが、僕にはさっぱり分からない文学の話題なので、入り込む余地が全く無い。
少し前までは僕の方にアドバンテージがあったのに、今ではリオンの方が伊織と親しく接している。
――どうしてこうなった?
男は他にもたくさんいるのに、伊織が親しくなったのはリオンだけ。
それが意味する事は何なのか……?
(まさか、本当にこんな奴が好みだったのか?)
金髪で、背が高くて、いかにも女好みの顔をしているが、欠点だってあるはずだ。
目立つし、ワガママだし、強引だし……。
でも、用意周到で計算高いリオンは、ドライバーとしては非の打ち所が無い最高のライバルである。
それだけは認めざるをえない。コイツは凄い……と。
だからこそ、負けたくない。
「ハヤトも麦茶でいい?」
目の前に冷たい飲み物が運ばれてくると、僕は苛立ちを静める為に体に流し込んだ。
(焦ったら駄目だ)
気負っても駄目。
物事は、なるようにしかならないのだから。
(少し落ち着こう)
僕がため息をつきながら妬みの感情を捨てていると、今度は海堂さんが狭い事務所に入ってきた。
昨夜からずっとエンジンの交換作業をしていた先輩は、
「水、水っ」
と呟きながら、伊織が飲みかけていた麦茶のコップを取り上げ、一気に飲み干してゆく。
ゴク、ゴク、ゴク……。
「プハ~。うまい! 生き返った」
喉を潤すと、唖然としている伊織にコップを手渡す。
「なんだよ、その顔は」
「えっ⁉ あっ、すいません。もっと注いできましょうか?」
伊織は急いでオカワリを取りに行こうとしたが、海堂さんはそれを引き止め、
「いや……それよりも調べて欲しいことがある」
と言いながら、僕の幼なじみをパソコンの前に座らせた。
「今、チームのポイントはどうなってる?」
「ええと、まだ、少ししか貯まっていません」
「1番稼いでいるチームのポイントは? 残りの日数から計算して、あとどれくらいのポイントが必要か、ドライバー1人あたりの数値を上げてくれ」
「えっ。あっ。ちょっと待って下さい。ええと、どうすれば……」
慣れない作業で伊織が戸惑っていると、海堂さんは伊織の手の上からパソコンのマウスを押さえつけ、カチカチっと手際よくクリックを繰り返す。
「ココに昔使っていた表があるから、今年の数値を入力して……」
会話を聞いている分には親切に教えているようにも思えるが、伊織の体に密着しながら手まで添えている行為は、どう見てもセクハラだろう。
僕が凝視していると……海堂さんは伊織の耳にフッと息を吹きかけ、
「キャッ⁉」
と悲鳴を上げる様子を見て、珍しく笑顔を見せた。
これはもう確信犯だ。
どうやら鋼鉄の魔人まで、伊織の事が気に入ってしまったようである。
いくら霊感少女とはいえ、その正体を知らない男には、アイドルを目指している可愛い女の子に見えるのだから、広い社会に出れば、伊織がモテないはずはないのだが……。
(全くの想定外)
僕にとっては、ノーマークだった車が突然、バックミラーに映ったような衝撃だ。
「Hey, ハヤト。あのメカニックに彼女はいるのかい?」
ソファーに腰かけていたリオンも気付いたようだ。
思わぬ伏兵の存在に!
「さぁ。聞いたことないけど……多分、いないと思うよ」
海堂さんは前髪を長く伸ばしている物憂げな大学生で、ぶっきらぼうなせいか、女性客には怖がられてしまうこともある。
だけど、中身はとても良い人だし、性格はかなりの熱血漢。
チキンゲームでは壁際数㎝まで攻め込む強気なアタッカーだけあって、攻めに転じると止めようがなく、仕事場でかしこまっている伊織にやりたい放題だ。
抵抗出来ない伊織の頭を抱え込み、頬を寄せながら一緒にパソコンのモニターをのぞき込んでいる姿を見ると、リオンが堪えきれずに立ち上がった。
「海堂さん。ちょっといいですか?」
声を荒げてパソコンに近づいていくが、
「お、ちょうど良かった。……タバコと瞬間接着剤」
いきなりタバコの空き箱とお金を渡され、すごすごと戻ってくる。
「そのタバコは、島の中央マーケットでしか売っていないから。あと……接着剤は社長に届けておいて」
海堂さんは振り返りもせずに言うと、
「伊織ちゃんは物覚えがいいね」
と褒めながら頭をなで、おまけに一言。
「可愛いなぁ」
と、耳元で囁いた。
伊織はパソコンの画面を見ているが、さっきよりも顔が赤くなっている。
「くそっ。僕は買い物に行ってくるから、ハヤトはあの人を見張っておいてくれ」
リオンは悔しそうに顔を歪めながら飛び出していった……。
最初は天然なのかと思っていたけれど、どうやら海堂さんは策士のようである。
元々プレッシャーにも動じない鋼の心臓の持ち主なので、人前でも平然とアプローチを続ける姿に驚いていると、
「あぁそうだ。ハヤトの車、完成したぞ」
と、自然な会話で追い払われた。
「えっ?」
「試乗して、ターボの感想を聞かせてくれ」
「えぇっ⁉ 今ですか?」
「夜のレースが始まる前に、試しておいた方がいいと思うが……」
「それは、そうなんですけど」
新しいエンジンの試運転なんかをしていたら30分は戻ってこられないだろう。
でも、即座に言い訳が思いつかなくて、重い足取りで事務所の出口に向かい始めた。
(マズイ……)
このまま物凄く手が早そうな鋼鉄の魔人と、伊織を2人っきりにしておきたくはないのだが、職場の先輩には逆らえないし……。
こういう時は、一刻も早く用事を済ませて戻ってくるしかないだろう。
僕は結局、リオンと同じ結論に達し、猛ダッシュでガレージに向かった。
(こうなったら、5分でエンジンの感覚をつかんでやる)
ところが、ガレオンに手をかけると、仕事を終えた水島涼がやってきて、ニコニコ笑いながら僕の車の助手席に乗り込んでくる。
(……なんで⁉)




