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シャドウ ~真夏の幻影~  作者: 古月 ミチヤ
第4章 蒼炎
22/53

4-3

 僕は、惨敗ざんぱい覚悟でスプリントレースに参加した。

 今夜は勝利することが目的ではなく、マシンの能力を限界付近まで引き出して、今、自分に出来る最高のパフォーマンスで戦う……という、もう1つのゴールがある事を水島に知ってもらうためだ。


 普段は慎重な運転を心がけ、ここぞという勝負所を見つけたら、躊躇ちゅうちょなくアクセルを踏んで車体をねじ込んでいく。

 たとえ前の車より能力が劣っていても、けしてあきらめたり、無茶をするのではなく、常にベストを尽くした走りを続ける。


   ***


――僕には、3秒後の未来が見える。


 ……と言ったら、少し大げさかもしれないが、カーレースでは車の流れを読むことが大切だ。

 将棋を指す棋士たちが、何百手も先まで相手の動きを予測しているように、この先の車の動きが分かっていなければオーバーテイクは成功しない。


 次のコーナ―に辿たどり着いた時、前を走っている車との位置関係がどうなっているか。

 水島には、どこまで見えているのだろう?


 1000分の1秒を争うレースでは、1秒だって貴重な長さを持つが、下手なドライバーほど視界が狭く、周囲の様子が見えていない事が多い。


 だからぶつかる。避けられない。

 そして、人は余裕よゆうが無い時ほど、ミスをする。


 ……とはいえ、水島にだってずば抜けているモノがある。


――とことん勝ちにこだわる姿勢。


 僕は彼女の熱意に触れたことで、大切な事を思いだした。


 どうしても追いつきたい背中があったことを。

 絶対にゆずれない夢があったことを。

 とてつもなく高い頂を目指していたことを……。


「くそっ。また負けた」


 カーレースはシビアだ。

 どんなに良い走りが出来ても、やっぱり車の性能差はめられない。


 そして、負けると分かっていても、負ければやっぱり悔しい……。

 僕が当たり前の事を再認識していると、一晩中、隣に座っていた水島が、小さな声で呟いた。


「なるほどね。……やっぱり、君こそ、ボクが探していたドライバーに違いない」


 水島は熱い視線で見つめてくる。

 青い炎が燃え盛る瞳で。


   ***


 その後、水島の暴走は少しだけ収まったが、今度は修理工場の中で、激しい火花が散るようになってしまった……。


「山吹君。もちろん、ボクのお弁当を食べてくれるよね? 今日は愛情たっぷりのオムライスだよ」


「ハヤト。今夜も大好物のお肉を入れてあるからね」


 昨日はチャーハンと唐揚げ。

 一昨日はロールキャベツとハンバーグで、その前は親子丼と分厚いステーキ。


 もう3日も肉ばかり食べさせられているので、コッテリした油を想像しただけでも吐きそうなのだが……。


 水島の弁当を選べば伊織が爆発するし、伊織の弁当を選べば、水島が僕をひき殺しそうな顔でカラベルに乗り込むので……結局、僕は毎晩、2人のお弁当を胃の中に流し込み、膀胱ぼうこうが破裂しそうなくらい、お茶とウーロン茶を交互に飲まされている。


「満腹になると眠気が来るから、危なくて運転できないよ」


うったえても、オカズを残すと2人が露骨ろこつに嫌な顔をするので、仕方なく口の中に放り込む。

 ある意味、拷問ごうもんだ……。


「ハヤトが大変そうだから、僕が伊織のお弁当を食べてあげよう」


と、厄介やっかいな金髪まで割り込んでくると、4人の関係はますます複雑になってしまう。


 僕としては、リオンと水島がくっついてくれれば丁度良いのだが、2人はお互いに興味が無いようだし、リオンはむしろ、僕と水島をくっつけようとしているようだ。

 時間が経つにつれ、読書という共通の趣味を持っている伊織とリオンが、どんどん親しくなっている事も気がかりなのだが……。


   ***


 夕食を終えると、リオンと水島はいつも通り、ストリートレースに出かけていった。

 でも僕は、メカニックの海堂かいどうさんに会いに行く。


 今のままではポイントを稼げないので、オーナーに給料の前借りをして、エンジンと足回りを強化することにしたのだ。

 ガレージに行くと、鋼鉄の魔人は、作業着のポケットからスパナを取り出し、クルクルと回し始めた。


「それで、どんな改造計画なんだ?」


「実は、パワーを上げるために、ターボに替えようと思っているんです」


「なるほど。でもなぁ、アクセルを踏んでも、すぐには全開にならない。これが意外と厄介で、かなり扱いずらい車になっちまうが……それでもやるか?」


「はい」


 ターボエンジンには、追加のパワーが出るまでにタイムラグが発生するというデメリットがある。

 でも……。


「少しでも、兄さんに近づけるなら」


 僕は、てっぺん峠のトンネルに、ガリアースが現れたことを告げた。

 シャドウに会ったことで、兄さんの無念を晴らすために走り始めたことも……。


「ほう。そいつはまたオカシナ話だが……まぁいいか。ハヤトが戻ってきて、社長も喜んでいるみたいだし」


 海堂さんは胸ポケットからタバコの箱を取り出して、1本だけ口にくわえた。


「先輩。僕にチキンゲームのコツを教えて下さい。ピタリと壁際かべぎわで止まれるようになりたいんです」


 機械のように正確なブレーキング。相手の戦意をそぎ落とし、観客たちの度肝どぎもを抜いて、人々をかせる海上の英雄ヒーロー。鋼鉄の魔人を見れば、誰だってあこがれる。

 しかし……。


「ハヤトには無理だろうな」


 あっさり否定されてしまった。


「どうしてですか⁉」


「俺は……誰にも真似まね出来ないくらい、あのゲームをやり込んでいるんだ」


 それこそ自分の体が車の一部になってしまったんじゃないか……と錯覚さっかくするくらい。


 海堂さんは、ある意味、職人芸のようなその技を一朝いっちょう一夕いっせきで真似されてはかなわないと言いながらタバコに火をつけ、ゆっくりと煙を吐き出した。

 そもそもドライビングは見て覚えられるような技術ではなく、ひたすら練習を繰り返して、自分の体で車を操る感覚を覚えるしかないのである。


「でも、僕はいくらでも練習しますから、弟子でしにして下さい」

 

 諦めずに食い下がろうとしていると、鋼鉄の魔人は別の話題に切り替えた。


「ハヤトの場合は、ヒルクライムを練習した方がいいんじゃないか?」


「えっ。……どうして山登りなんですか?」

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