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「まったくもう。本当に死ぬかと思ったよ」
映画だったら、倉庫ごと爆発炎上して、吹っ飛んでいたかもしれない。
水島の運転はトラウマになりそうなくらい強烈で、僕はショックを受けた。
彼女ほどスピードを渇望しているドライバーに出会ったことが無かったからだ。
でも、勇気と無謀では意味が違うし、車の操作は、けして限界を超えてはいけない。
水島の場合は、度胸があるからアクセルを踏んでいるわけではなく、車の限界を理解していないから、踏めてしまうのだ。
男気とは全く別物……。
***
「伊織に頼みたいことがあるんだけど」
「どうしたの?」
結局、今夜もカラベルには修理が必要になり、水島を帰した後、僕は幼なじみに妙なお願いをした。
自分でも、こんな事を口にするのは馬鹿らしいと思うが、どうしても気になってしまったのだ。
「もし水島に悪霊がとり憑いているなら、お祓いしてもらえないかな?」
「えっ?」
さすがの霊感少女も、目を丸くしている。
でも、狂ったように走り続ける水島を見た時、僕はふと、レース中に死んだドライバーの亡霊にでもとり憑かれているんじゃないか……と思ったのだ。
彼女だって、けして運転が下手なわけではないので、どうしてあんな無茶をするのかが分からない。
ところが、伊織は何も憑いていないという。
「いや、アレは絶対にオカシイって。僕は何を聞いても驚かないから、本当の事を教えてくれ」
「だから、何も無いって言ってるでしょ」
「本当に⁉ 信じられないんだけど……」
「それよりも、ハヤトは自分の心配をした方がいいわ」
伊織は、ネックレスのように首にぶら下げていたお守りを外して、僕に手渡してきた。
「何これ?」
「ゴーストカーが見えてしまうんだから、ハヤトの方が心配なのよ。だからコレを持っていて」
「まさか、僕がとり憑かれているって言うの? そんなわけないだろう」
それに、もしそうだとしても、とても優しかった兄さんが、僕に危害を加えるはずがない。
確かに、最初にデスゲームが始まった時は殺されるかと思ったが……アレは、僕にストリートレースの戦い方を教えようとしていた、とも解釈できるのだ。
「本当にそうかしら? もうシャドウを追いかけるのは、やめた方がいいと思うの」
「どうして?」
「なんだか危険な予感がするし、あまりゴーストに依存するのも、よくないから」
伊織は不安そうな顔をしているけれど、僕にとって、シャドウは特別な存在である。
もし兄さんの車を見かければ、絶対に追いかけてしまうだろう。
***
会話が途切れると、2人の間に微妙な空気が漂った。
狭い事務所の中で、僕は伊織と見つめ合う。
今はオーナーも海堂さんもガレージの奥にいるので、2人きり。
手が届くほど至近距離に座っているのに……僕らの間には何も起きない。
――それは、どうしてなのだろう?
答えは簡単。
……僕が臆病だから。
伊織の事が好きだと気付いても、告白する勇気が無い。
これまでの関係が壊れてしまうのが怖いのだ。
だからといって、水島の事を誤解されても困るので、いい加減、ハッキリさせておかなければいけないのだが……付かず離れずの距離が心地よくて、幼なじみの関係に甘えてしまう。
今夜も2人の間には何事も無く、僕は当たり前のように伊織を女子寮まで送り届けた。
「おやすみ。伊織」
「……おやすみ……」
伊織は何か言いたそうな顔をしていたけれど、小さく手を振ると、建物の中に消えていった。
***
翌日、水島が修理工場のガレージにやってくると、僕は覚悟を決めて、言いにくい話を切り出すことにした。
「……山吹君は、どうしてボクに運転をやめろなんて言うんだい?」
もちろん、僕だってこんな事は言いたくなかったけれど……やっぱり、言わずにはいられない。
「水島のお父さんは、スピードを出しすぎて、コースアウトしてしまったんだろう? だったら、危険な運転をするべきじゃないって事くらい、分かっているはずだ」
「あぁ、分かっているよ。ようやく、ボクにも分かるようになってきたからね」
水島は、どうして事故が起きたのか。
なぜ父親がラリーに命を懸けていたのか。
ほんの少しだけ分かるようになったという。
「……勝つために必要だったからさ。事故や失敗を恐れていたら、最後まで踏み込めない。今のボクには、全てを捨てでも叶えたい夢がある。勝つためなら、命だって捧げるさ」
「そんなの間違ってる!」
「でも、普通に走っていたら届かないんだ」
彼女は、思うように勝てない自分に苛立っているようだった。
「水島は、無理をしているんじゃないのかな」
ドライバーは、常にマシンをコントロール下に置いて制御しなければいけないのに、彼女は自分の限界以上の走りをしようとするから破綻してしまう。
「ボクではチャンピオンになれないっていうの? 山吹君は、ボクの夢や生きがいを奪おうっていうの?」
水島は、今にも泣き出しそうな顔をした。
男はみんな、その顔に耐えられない。
だから彼女を応援してしまうのだ。
……でも。
僕は、水島を止めるべきだと思った。
彼女が追いかけているのは、スピードという名の死神だ。
カラベルに乗った時、限界の先にある死の気配を感じた。
このままでは、いつか父親と同じようにレース中の事故で大怪我を負ってしまうかもしれない。
おそらく水島の母親も、涼の身を案じているからこそ、カートをやめさせようとしているのではないだろうか。
「……ごめん。口ではうまく説明できない。でも、水島なら、運転技術の違いが分かるはずだ」
僕は、ガレオンの助手席の扉を開いた。
改造済みのカラベルに比べたら、パワーも低いし、物足りないだろうけど……無理にアクセルを踏み続けるドライバーより、マシンの能力を理解して、正確にコントロール出来る人間の方が速いってことを体感してもらうしかない。
「ボクに乗れっていうの?」
僕は水島から目をそらさなかった。
「……分かったよ。山吹隼人ってのは、随分、頑固なドライバーなんだね」
彼女は渋々、僕の車に乗り込んだ。




