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シャドウ ~真夏の幻影~  作者: 古月 ミチヤ
第4章 蒼炎
21/53

4-2

「まったくもう。本当に死ぬかと思ったよ」


 映画だったら、倉庫ごと爆発炎上して、吹っ飛んでいたかもしれない。


 水島の運転はトラウマになりそうなくらい強烈で、僕はショックを受けた。

 彼女ほどスピードを渇望かつぼうしているドライバーに出会ったことが無かったからだ。


 でも、勇気と無謀むぼうでは意味が違うし、車の操作は、けして限界を超えてはいけない。

 水島の場合は、度胸があるからアクセルを踏んでいるわけではなく、車の限界を理解していないから、踏めてしまうのだ。

 男気とは全く別物……。


   ***


「伊織に頼みたいことがあるんだけど」


「どうしたの?」


 結局、今夜もカラベルには修理が必要になり、水島を帰した後、僕は幼なじみにみょうなお願いをした。

 自分でも、こんな事を口にするのは馬鹿らしいと思うが、どうしても気になってしまったのだ。


「もし水島に悪霊がとりいているなら、おはらいしてもらえないかな?」


「えっ?」


 さすがの霊感少女も、目を丸くしている。

 でも、狂ったように走り続ける水島を見た時、僕はふと、レース中に死んだドライバーの亡霊にでもとり憑かれているんじゃないか……と思ったのだ。


 彼女だって、けして運転が下手なわけではないので、どうしてあんな無茶をするのかが分からない。

 ところが、伊織は何も憑いていないという。


「いや、アレは絶対にオカシイって。僕は何を聞いても驚かないから、本当の事を教えてくれ」


「だから、何も無いって言ってるでしょ」


「本当に⁉ 信じられないんだけど……」


「それよりも、ハヤトは自分の心配をした方がいいわ」


 伊織は、ネックレスのように首にぶら下げていたお守りを外して、僕に手渡してきた。


「何これ?」


「ゴーストカーが見えてしまうんだから、ハヤトの方が心配なのよ。だからコレを持っていて」


「まさか、僕がとり憑かれているって言うの? そんなわけないだろう」


 それに、もしそうだとしても、とても優しかった兄さんが、僕に危害を加えるはずがない。

 確かに、最初にデスゲームが始まった時は殺されるかと思ったが……アレは、僕にストリートレースの戦い方を教えようとしていた、とも解釈できるのだ。


「本当にそうかしら? もうシャドウを追いかけるのは、やめた方がいいと思うの」


「どうして?」


「なんだか危険な予感がするし、あまりゴーストに依存するのも、よくないから」


 伊織は不安そうな顔をしているけれど、僕にとって、シャドウは特別な存在である。

 もし兄さんの車を見かければ、絶対に追いかけてしまうだろう。


   ***


 会話が途切れると、2人の間に微妙な空気が漂った。

 狭い事務所の中で、僕は伊織と見つめ合う。


 今はオーナーも海堂さんもガレージの奥にいるので、2人きり。

 手が届くほど至近距離に座っているのに……僕らの間には何も起きない。


――それは、どうしてなのだろう?


 答えは簡単。

 ……僕が臆病だから。


 伊織の事が好きだと気付いても、告白する勇気が無い。

 これまでの関係が壊れてしまうのが怖いのだ。


 だからといって、水島の事を誤解されても困るので、いい加減、ハッキリさせておかなければいけないのだが……付かず離れずの距離が心地よくて、幼なじみの関係に甘えてしまう。


 今夜も2人の間には何事も無く、僕は当たり前のように伊織を女子寮まで送り届けた。


「おやすみ。伊織」


「……おやすみ……」


 伊織は何か言いたそうな顔をしていたけれど、小さく手を振ると、建物の中に消えていった。


   ***


 翌日、水島が修理工場のガレージにやってくると、僕は覚悟を決めて、言いにくい話を切り出すことにした。


「……山吹君は、どうしてボクに運転をやめろなんて言うんだい?」


 もちろん、僕だってこんな事は言いたくなかったけれど……やっぱり、言わずにはいられない。


「水島のお父さんは、スピードを出しすぎて、コースアウトしてしまったんだろう? だったら、危険な運転をするべきじゃないって事くらい、分かっているはずだ」


「あぁ、分かっているよ。ようやく、ボクにも分かるようになってきたからね」


 水島は、どうして事故が起きたのか。

 なぜ父親がラリーに命を懸けていたのか。

 ほんの少しだけ分かるようになったという。


「……勝つために必要だったからさ。事故や失敗を恐れていたら、最後まで踏み込めない。今のボクには、全てを捨てでも叶えたい夢がある。勝つためなら、命だって捧げるさ」


「そんなの間違ってる!」


「でも、普通に走っていたら届かないんだ」


 彼女は、思うように勝てない自分に苛立いらだっているようだった。


「水島は、無理をしているんじゃないのかな」


 ドライバーは、常にマシンをコントロール下に置いて制御しなければいけないのに、彼女は自分の限界以上の走りをしようとするから破綻はたんしてしまう。


「ボクではチャンピオンになれないっていうの? 山吹君は、ボクの夢や生きがいを奪おうっていうの?」


 水島は、今にも泣き出しそうな顔をした。

 男はみんな、その顔に耐えられない。


 だから彼女を応援してしまうのだ。


 ……でも。

 僕は、水島を止めるべきだと思った。


 彼女が追いかけているのは、スピードという名の死神だ。

 カラベルに乗った時、限界の先にある死の気配を感じた。


 このままでは、いつか父親と同じようにレース中の事故で大怪我を負ってしまうかもしれない。

 おそらく水島の母親も、涼の身を案じているからこそ、カートをやめさせようとしているのではないだろうか。


「……ごめん。口ではうまく説明できない。でも、水島なら、運転技術の違いが分かるはずだ」


 僕は、ガレオンの助手席の扉を開いた。


 改造済みのカラベルに比べたら、パワーも低いし、物足りないだろうけど……無理にアクセルを踏み続けるドライバーより、マシンの能力を理解して、正確にコントロール出来る人間の方が速いってことを体感してもらうしかない。


「ボクに乗れっていうの?」


 僕は水島から目をそらさなかった。


「……分かったよ。山吹やまぶき隼人はやとってのは、随分ずいぶん頑固がんこなドライバーなんだね」


 彼女は渋々、僕の車に乗り込んだ。

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