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その後、僕は数日かけて水島のカラベルを調整し、文句無しのバランスに車を仕上げておいた。
ところが……かなり高性能なマシンに乗っているはずの彼女の戦績は安定せず、伊織の報告によると、かなりの数のペナルティーを受けているという。
(……車のせいじゃなかったのか⁉)
主に島を半周するスプリント(短距離)レースに参加している水島は、コースアウトして最下位になったり、途中で失格になってしまう事も多い。
「リオン。水島の事をどう思う?」
夕方、シードックにやってきたカートチャンピオンに相談してみると、リオンは『今さら気付いたのか?』とでも言いたそうな顔で、水島について語り始めた。
「涼は、まるで弾丸のようなドライバーさ」
彼女は、目の前にある障害物を全て弾き飛ばしながら、ただ真っすぐにゴールを目指すという。
「涼の性格はレイピアのように尖っていて、その刃はバーベキューで熱せられた鉄串のように熱い」
クールな見た目に反して、物凄く攻撃的なドライビングをするので、触れた物を全て傷つけてしまうらしい。
「カートの大会では、他のドライバーが彼女を避けるから大きなトラブルにはならないけど、相手が素人では、強引すぎる突っ込みや、急な進路変更に対応しきれないんだろう」
「どうしてそんな危険なドライバーが公式戦に出ているんだよ」
「彼女が走れるのは……おそらく、女の子だからさ」
リオンは狭い事務所のソファーに腰をおろすと、首元のボタンを外した。
「どういう事⁉」
「涼は、女の子の中では1番速いかもしれないけど、男に混じれば、たいしたドライバーじゃない」
でも、レース関係者はほとんど男なので、美人にはやっぱり甘いし、彼女の父親が業界との繋がりを持っているため、力を貸してくれる年上の味方が多いらしい。
「もし涼にチャンピオンを取るような才能があれば、とっくにサーキットの常識が覆っていただろう。だけど彼女は勝てないから、コスプレドライバー扱いなんだよ」
皮肉なことに、レースの集客や話題作りのために利用されているのだ。
「やっぱり、飛びぬけたセンスを持っているわけじゃなかったのか」
水島はハンドルを握っているだけで、カートのセッティングなんかは全て、周囲の人間が行っているに違いない。
「ただ、勝利への執念だけは尋常じゃない。涼のソレは狂気に近いからね。勝てなければ死ぬ。それくらいの勢いで突っ込んでくるから、誰もが彼女を恐れている」
――炎の弾丸(フレイムブレット)と。
限界領域で走る水島のクラッシュに巻き込まれれば、マシンが壊れたり、コースから弾き出されたり……。とにかくオーバーテイクの軌道が読みずらいし、いつ突っ込んでくるかも分からないので、最も危険なキラーマシンだという。
「まぁ、シードラゴンはハヤトのチームだから何も言わなかったけど、涼が足を引っ張るのは間違いない。この先、どうするつもりなんだい?」
「どうするって言われても……」
今さら出て行けとは言いずらいし。
(あぁ。チームのメンバーは慎重に選ばないといけないって事くらい分かっていたはずなのに)
現実というのは、理想通りにはいかないものだ。
水島を抜く事が出来ないなら、残された方法は1つだけ。
彼女の運転技術を鍛え直すしかない!
***
「水島。今夜は、僕を隣に乗せて走ってくれないか?」
「どうして? せっかくのお誘いだけど、ボクは山吹君とデートするつもりは無いよ」
ガレージにやって来た水島は、今夜も強い闘志をみなぎらせながらカラベルに乗り込んだ。
「1度、レースの内容を見せて欲しいんだ」
「だけど、人を乗せたら50キロ以上のハンデになる。ボクは負けたくないんだ」
彼女はとても迷惑そうな顔をしているが、フライングや接触等のペナルティーが重なっている事を指摘しながら、僕は強引に助手席に乗り込んだ。
「まったくもう。これじゃあレースに集中できないよ」
レース前の水島はかなりピリピリしていたが……レースが始まると、さらに豹変した。
スタートの合図と共に全力でアクセルを踏み続ける。
(あれ? まだブレーキを踏まないのか?)
真っ暗な視界の先に最初のコーナーが迫り、数台の車がブレーキランプを点灯させながら失速していく。
しかし、彼女はアウト側に突っ込んで、強引に車を曲げようとする。
「危ないっ」
バチンッとガードレールに当たって、車の挙動が激しく乱れた。
しかし、近くを走っていた車とサイド・バイ・サイド(横並び)の状態になっても、一切譲らずアクセルを踏み続ける。
隣の車との間は、ほんの数ミリしか空いていない。
いつ接触してもオカシクない距離だ。
(嘘だろ⁉ 怖くないのか?)
オーバースピードのまま次のコーナ―に進入し、叩きつけるようにブレーキを踏むが間に合わずにコースアウト。
片方のタイヤが路肩に落ちてしまったが、アクセルを踏み続けて強引にコースに戻り、走り続ける。
(なんだこりゃ⁉)
フロントガラスを睨みつけている横顔は、まるで狂戦士だ。
急な坂道を転がり落ちてゆくリンゴのような暴走っぷり。
このままでは、地面とぶつかるたびに傷だらけになって、遅かれ速かれパッカリ割れてしまうリンゴのように、クラッシュするだろう。
「水島。もう少しスピードを落とすんだ。コレはタイムアタックじゃないんだぞ」
一体どうして限界ギリギリの走行をする必要がある?
たかがストリートレースの一戦なのに……。
「安全マージンを取れっ!! ココは公道だ」
僕がいくら叫んでも、まるで何かにとり憑かれたように走る水島は、全くペースを緩めない。
彼女が見ているのは、遥か先にあるゴールだけ。
ありえないタイミングでオーバーテイクを仕掛けようとして前の車と接触し、激しいクラクションをもらった。
それでも彼女は怯まない。
ただただ、ゴールを目指して走り続ける。
狂ったようなスピードで。
「水島。もういいから車を止めてくれ」
僕はシートベルトを外し、ハンドルに手を伸ばした。
助手席に僕を乗せている分、普段以上に無茶をしなければ勝てないのだが、これ以上、危険な走行を続けさせるわけにはいかないだろう。
もし彼女がブレーキを踏まないなら、僕が踏むまでだ。
「山吹君。邪魔をしないで。あと少しで、もう1台抜けるから」
「何言ってるんだ? 次のコーナ―は絶対に無理だ。道幅が足りない。仕掛けるタイミングを間違えるな」
僕がハンドルに手をかけると、
「手を出さないで! 死にたいの?」
水島がゾッとする程、冷たい目で睨みつけてきた。
でも、瞳の奥で、闘志の炎が燃え盛っている。
(車が動かなくなるまで、止まらないつもりか)
どうやら水島を失格にした審判たちの判断は、間違っていなかったようだ。
背筋をリアルな悪寒が駆け抜ける。
これは、ゴーストカーよりも恐ろしい本物のデスドライブ。
「死にたいかって? それはコッチのセリフだよ!」
迫り来るガードレールを避けられればいいが、水島の場合は次から次に当たってしまうので、車が弾かれた拍子に舌を噛んで死にそうだ。
僕は足を必死に伸ばしてブレーキを踏んだ。
でも、水島はアクセルから足を離さない。
「止まれっ。車が壊れるぞ」
「放せっ」
2人でハンドルを奪い合い、コースアウトして真っ暗な畑の中を蛇行する。
暴走マシンは……倉庫に突っ込んで、ようやく停止した。




