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シャドウ ~真夏の幻影~  作者: 古月 ミチヤ
第3章 熱風
18/53

3-5

 僕のガレオンは加速力に優れている……というか、他に戦えそうな武器が無いので、今夜はゼロヨンに参加してみたが、勝率は3割程度だった。

 スタートで出遅れた車に勝てるくらいで、改造済みのスポーツカーが相手では、全く歯がたたない。


 カーレースは運や才能が無ければ勝てないが、それ以上に車の性能が重要である。

 どんなに巧いドライバーでも、車の能力以上の走りは出来ないので、速い車に乗り換えなければ勝率は上げられないだろう。


「まいったなぁ」


 想像以上に、現実の壁は高い。


(もし、兄さんの車があれば……)


 僕は実家に電話してガリアースの行方を聞いてみたが、すでに中古車ショップには無く、買い戻すことは出来なかった。


   ***


「ハヤト……さっきから、ため息ばかりついているけど大丈夫?」


「えっ? あぁ、平気だよ。ちょっと考え事をしていただけだから……」


 シードックに戻り、チームのホームページを作ってくれている伊織の横でパソコンの画面を見ていると、夜遅くにリオンが戻ってきた。

 彼も数回勝利してポイントを稼いできてくれたが、8台の車で争うスプリントレースで大敗し、負けず嫌いの魂に火がついてしまったらしい。


「僕は借金してでもキャラックを改造することにした」


と言いだして、事務所の奥で本土にいる両親に電話をかけ始めたが……。


「いつか必ず返すから」


と説得しても、あまりにも高額の資金を要求している為、家族に反対されているようだ。


「……カートにもお金がかかる。それは分かっているけど、妥協だきょうなんてしたくないんだ。僕はいつだって本気だよ! だから、詐欺さぎの電話じゃないって言ってるだろう? 僕の声が分からないの⁉」


 あの様子では、キャラックのパワーアップは難しそうだ。


(……となると、チームのかなめは、やっぱり水島か)


 彼女の帰りを待っていると、前方がつぶれた車が修理工場に入ってきた。

 スカイブルーのカラベルだ。


 フロントライトが割れているスポーツカーを目にすると、僕は、思わず顔を引きつらせた伊織よりも先に事務所を飛び出した。


「水島っ‼」


 運転席からは、元気そうなドライバーが降りてくる。


「大丈夫だよ。ちょっとぶつけただけだから」


 彼女は大袈裟おおげさだなぁと笑っているけれど、僕はヒヤッとして、心臓が止まりそうになった。


「一体、どうしたんだよ⁉」


 話を聞いてみると、慣れないチキンゲームで、壁に突っ込んでしまったという。


(……慣れていないのに突っ込んだ……?)


 妙な違和感が胸をよぎった。

 普通なら、初心者ほど壁より離れた位置で停止するはずじゃないだろうか。


「山吹君。すぐに車を直して欲しいんだけど」


 ガレージにはメカニックの海堂かいどうさんが現れて、カラベルの状態を確認し始めた。

 そんなにヒドイ損傷ではなさそうだが、壊れたパーツは交換しなければならない。


「……ハヤト。少し手伝ってくれ」


「はい」


 僕もこの工場で働けることになったので、今夜は徹夜で交換作業を行うことになりそうだ。


 伊織と水島も手伝うつもりで準備を始めたが、もう遅い時刻なので、オーナーに女の子は駄目だと説得され、手が空いているリオンが2人を送っていくことになった。


 ところが、先に支度を終えた伊織がキャラックに乗り込むと、リオンが発進してしまい、工場に取り残された水島は、僕が送っていくことに……。


   ***


「リオンの奴。最低だな。明日、殴ってやる」


 僕が鼻息を荒げると、助手席からすずしげな声がした。


「それはやめてよ。リオンに、先に車を出して欲しいと頼んだのは、ボクなんだから」


「えっ? どうしてそんな事を?」


「……どうしてだと思う?」


 意味が分からずに水島の顔を見ると、彼女はジッと見つめ返してくる。

 熱い視線。


 ドキリとして思わず目をそらすと、彼女は微笑を浮かべた。

 水島の瞳は、とても熱いのに、どこか冷たさを感じる青い炎を宿しているようだ。


「ねぇ。今からシャドウを見に行かない? ボクもこの目で確かめてみたいんだ」


 彼女は何度かてっぺん峠に足を運んだが、それらしいゴーストカーを見つけられなかったと言うので、実際に目にしたことがある僕がトンネルまで案内することになった。


「でも、どうしてそんなにシャドウの事を気にしているの?」


「……気になる?」


「まあ、一応」


 水島は少しもったいぶってから、


山吹やまぶき寿人ひさとの車だと聞いたから」


と答えた。

 彼女が僕の兄さんの事を知ったのは、ヒサトがカートチャンピオンだった頃のことらしい。


「あの人は、本当に速かったね」


 才能が有るか無いかは、見る人が見れば1発で分かる。

 どんな人間でも練習を重ねれば、ある程度は速く走れるようになるのだが、コンマ1秒を争うような戦いになると、オーバーテイクを仕掛けるタイミングや、ちょっとしたライン取りなど、ドライビングセンスがモノをいう。


 巧いカート選手は、不運なトラブルさえ無ければ、何度レースに参加しても必ず上位に入るし、どんなにプレッシャーがかかる場面でも、きちんと勝利を収める事が出来る。

 

   ***


 てっぺん峠に着くと、僕はゆっくりトンネルの中を徐行してみた。

 まだ深夜0時にはなっていないが、オレンジ色のライトが点滅し始め、闇の中から漆黒の車が現れる。


「シャドウ!」


 ゴーストカーはすでにエンジンをふかしていて、物凄いスピードで走り始めた。


「待てっ」


 思わずアクセルを踏み込むと、水島に声をかけられた。


「どうしたの? 山吹君。急に興奮して」


「目の前に、シャドウがいるじゃないか!」


 僕はフロントガラスの先に見えているゴーストカーに目を向けた。

 しかし、水島はシャドウなんていないと訴えてくる。


「そんな馬鹿な……」


 ゴーストカーはグングンスピードを上げ、僕は必死に後を追う。


 兄さんの車は、ドコへ向かうつもりなのだろう?

 なぜ、こんな所をさまよっているのだろう?


 様々な疑問が頭の中で渦巻いて、アクセルを踏む足に一層力が入る。

 猛スピードで島を駆け巡る黒い影。


(兄さん……)


   ***


 しばらくの間、夢中になって追いかけていると、突然、悲鳴のような水島の声がした。


「止めてっ!!」


 ふと我に返ると、目の前に女子寮の建物が迫っていた。

 慌ててブレーキを踏んでも間に合わないので、その場で車を回転スピンさせて、勢いを殺す。


 タイヤからモウモウと白煙を上げ、道路に真っ黒いタイヤこんを残しながらガレオンが停止した。


「もう。何をやっているんだよ。前を見ていなかったの?」


「ごめん……」


 僕はずっと、シャドウを見ていたのだ。

 漆黒のガリアースは、女子寮の1階部分にある駐車場に突っ込んだ後、暗闇の中に消えてしまったようだった。


(なぜ、こんな所に……?)


 理由は分からないけれど、もしかすると、

『早く水島を送って行け』

と言いたかったのかもしれないので、僕は彼女を降ろしてから、修理工場に引き返した。

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