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シャドウ ~真夏の幻影~  作者: 古月 ミチヤ
第3章 熱風
17/53

3-4

 元ストリートキングの弟が、本土のカートチャンピオンとチームを組む。

 そのニュースはすぐに島内を駆け巡り、海の近くにある修理工場には、噂を聞きつけた水島涼が現れた。


「ヒドイじゃないか! ボクだけ、のけ者にするなんて」


「いや、そういうわけじゃ……」


「ボクはずっとシャドウの報告を待っていたのに、連絡をくれないどころか、自分だけ新しい職場を見つけて、チームを立ち上げたことまで秘密にしていたなんて……ショックだよ」


 水島がうつむきながら目をうるませると、僕は気が動転して頭を下げた。

 目の前で女の子に泣かれたら、どうすればいいか分からない。


「ごめん。この数日間、色々あって……」


 本当に、嵐のようだった。

 ゴーストカーを目撃した瞬間から、リタイアするはずだった僕の未来が狂い始めて、こうしてレースの世界に戻ってくることになったのだから。


「それじゃあ、ボクをチームに入れてくれる?」


「えっ?」


「まさか山吹君まで、女だから駄目なんて言わないよね」

 

 水島は女という理由で断られ続け、チームが見つからないと言い出した。

 ストリートレースに参加しているのはほとんど男なので、女性ドライバーの加入には抵抗があるが……さすがに僕まで追い返すわけにはいかないだろう。


「水島は、どんな車に乗っているの?」


 とりあえず車を確認してみると、彼女は嬉しそうな顔で、工場の前に止めてあるスカイブルーのスポーツカー『カラベル・W』を指さした。

 最新型のカラベルはハイブリッド仕様なので、ガソリンだけでなく、モーターの力で加速したり、追加のパワーを得ることも出来るらしい。


「スゴイな。エアロパーツまでフル装備なんだ」


「かなりハイレベルなレースだと聞いているから、思いつく限りの手を打ってきたんだ。おかげで納品が少し遅れちゃったけど」


 カラベルは、現代では珍しいミッドシップエンジンの構造なので、重量配分なども既存のスポーツカーとは異なっている。


「すでに軽量化も済んでいるし、ボディーの剛性も高いから、すぐにレースに出られるよ」


「ちょっと中を見せてもらってもいい?」


「もちろん」


 女性の車にはヌイグルミが置かれていたり、可愛らしいデコレーションが施されていることもあるが、水島の車にはそういう飾りは一切なく、メーター類も明らかに戦闘モードになっている。


(これなら問題無いか)


 余計な物は全て排除されているシンプルな車内をのぞき込んでいると、いつの間にか、チームをサポートするための見習いレースクイーンがやって来ていた。


「ちょっとハヤト!」


 伊織に名前を呼ばれ、車の中から頭を引き抜くと、作業着のすそを引っ張られ、工場内にある小さな事務所の中まで連れていかれる。


「どういうこと? なんで水島さんがいるの⁉」


 伊織は不機嫌そうな顔で、最もな質問を口にした。


「実は……チームに入れて欲しいと頼まれちゃって……」


「ふうん。それで? 入れることにしたわけ?」


 なんだか声がトゲトゲしい。

 僕だって、そんな予定は全く無かったのだが……。


「チームが見つからなくて困っているみたいだから、さすがに追い返すわけにはいかないだろう? それに、リオンだけじゃメンバーが足りないし、僕よりイイ車に乗っているから、即戦力になってくれそうだし……」


「はいはい。随分、仲良くおしゃべりしていたものね。水島さんと一緒に走りたいなら、そう言えばいいじゃない」


 伊織はプイと横を向いてしまった。

 ようやく兄さんのチームを復活させることが出来たのに、出発早々、雲行きが怪しくなってきた。


「念のために言っておくけど、水島は、僕の中では女の子じゃないからな」


「まさか、男だって言うの?」


「そうだよ。いつも男の格好をしているし、心だって半分、男なんだ」


 トップドライバーになりたいと言っていた水島の信念は男のようだし、本気で上を目指していなければ、完全武装のカラベルには乗らないだろう。

 あの車は、速く走るためだけに造られたサラブレッドのようなマシンなのだ。


「本当にそうかしら……?」


 伊織が首をかしげて悩み始めると、修理工場のガレージには、ホテルの仕事を終えたリオンがやって来た。


「これで、シードラゴンのメンバーが全員そろったみたいだね」


 リオンは水島の顔を見ただけで事態を察したらしく、特に何も言ってこなかった。

 むしろ、伊織がいる事に歓喜して、満面の笑顔になる。


「Wow! 伊織。夏休みの間も一緒にいられるなんて、最高だよ」


 今はまだいびつな4人組だけど、うまく機能してくれれば、そこそこやれるチームになるかもしれない。

 僕は、島に来たばかりの2人に、ストリートレースの概要がいようを説明しておくことにした。


「決勝の予選に出られるのは、勝利ポイントを多く稼いだ上位8チームだけだから、毎晩、個別にレースに参加して、出来る限り、勝ち点を入手して欲しい」


 レースは任意の相手との対戦も出来るので、毎回、弱いドライバーとばかり対戦してポイントを貯めることも出来るのだが……それではいつまで経っても強い相手には勝てないままだ。


 ストリートレースの本来の目的は、経験豊富なドライバーと対戦することで、実践経験を積み、高度なテクニックを学ぶことにある。

 それに上位チームの勢いを抑えるためには、あえて格上のドライバーと対戦し、勝利することでポイントを稼がせないようにしなければならない。


「なるほど。かなり大変そうだ」


 リオンは大げさに頭を抱えたが、その顔はとても嬉しそうだった。

 まさに初めて参加するストリートレースが楽しみで仕方がないといった表情。


 一方、水島はけわしい顔つきで、島の地図をながめながら、レースの開催場所やコースの特徴を見比べている。


「中には物凄ものすごく速い車で参加している大人もいるから、必ず勝てるとは限らないけど、最初は自由に参加してみよう」


「OK」

「了解」


   ***


 すっかり陽が落ちて辺りが闇に包まれると、僕たちは島の各地で行われるレースに参加するため、それぞれの車に乗り込んだ。


 すで改造済みのカラベルに乗っている水島は、まるで弾丸のように飛び出していったけれど……僕とリオンは、ガレージの中で、立ち往生してしまう。


「ハヤトは、何の競技に参加するつもりなんだい?」


「う~ん」


 狙い目は2分の1の確立で勝てるドラッグ(ゼロヨン)か、チキンゲームだが、人気があるのでなかなか順番が回ってこないし、勝ったところで、もらえるポイントはそんなに多くない。


 かといって大量ポイントが入手出来るスプリントでは、車の性能がモノをいうので、改造していない車ではまず勝てないし、てっぺん峠を登るヒルクライムでも、非力な車では置いていかれてしまうだろう。


「もっとパワーが欲しいんだよなぁ」


「僕のキャラックも、パワー不足だ」


 カートでは圧倒的に速いリオンだが、さすがに資産家の息子ではなかったようで、改造費の援助は無いらしい。


「早くホテルのお給料が欲しいよ」


「でも、エンジンだけ乗せ換えても、足回りのバランスが悪いと勝てないし……」


 ボディーの剛性強化やタイヤのサイズアップ、エアロパーツの取り付け等、やりたい事はたくさんあるが、僕たちにはお金が無い……。

 このままでは、せっかくレースに参加しても、ただの思い出作りになってしまう。

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