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シャドウ ~真夏の幻影~  作者: 古月 ミチヤ
第3章 熱風
16/53

3-3

 僕は車をスタート位置に寄せ、リオンを待った。

 窓越しに隣のコースを見てみると、キャラックは天井部分を開け放ち、オープンカーのスタイルになっている。

 よほど自信があるようだ。


(さっきは正確な情報が無かったから、早めにブレーキを踏むしかなかった)


 でも、今度は違う。

 車の感覚がつかめた今なら、リオンは全力で壁に寄せてくるだろう。

 勝つためには、ゾッとするようなギリギリの勝負に出なければならない。


 深呼吸を繰り返し、目の前のバトルに集中する。

 目指すは……ジャスト100キロからの完全停止だ。


 車の制動距離は、スピードに応じて爆発的に伸びてしまう。

 速ければ速い程、止まるまでに長い距離が必要になるので、しょうじる誤差の値もメートル単位で狂ってしまう。


 失敗すれば、壁に突っ込む可能性もあるだろう。

 極限まで集中力を高め、この1戦に全てをかける!


 スタートランプが点灯し、2台の車が一気に加速を始めた。

 僕は慎重に車を進めるが、リオンは先に100キロを越えてもさらに加速を続ける。

 そして突然、強烈なブレーキングを始めた。


 しかし、そんなあからさまな陽動には惑わされず、僕は自分の仕事をキッチリこなす。

 目標のブレーキポイント直前に100キロに達し、青いランプが点灯するタイミングを見計らって、ブレーキペダルに力を込める。


 グイグイ踏み込むと同時に、巨大な壁の存在が目の前にせまってきた。

 さっきとは比べものにならない迫力だ。


 脳がふるえ、体がおびえ、衝突しょうとつの予感が全身を突き抜ける。

 目の前まで壁が迫ってしまい、僕は心の中で念じ続けた。


(止まれ。止まってくれ!)


 目一杯だ。

 余裕よゆうなんて全く無い限界ギリギリまでブレーキ操作を待った。

 だから、止まりきれないかもしれない。

 もはや祈ることしか出来ないが、なかなか車の勢いが殺せない。


(タイヤの磨耗まもう分か? それとも熱のせいか?)


 あまりにも強烈なブレーキングを行うと、マシンに負担がかかり、思わぬ故障を引き起こしてしまうことがある。

 でも、マシントラブルなんて言い訳にはならない。

 車のせいでも負けは負け。


 横には、オープンカーの気配があった。

 リオンも壁際数センチの距離を狙っていたようだ。

 勝つ為には、やはりこれだけのリスクを負わねばならなかった。


(頼む……)


 壁に向かって吸い寄せられていく2台の車。

 時間にすれば、ほんの一瞬の出来事だが、僕にはスローモーションのように長く感じられた。

 

 なにやら叫び続けていた観客たちが静まり返り、僕らの決闘を見守る為に、海上のコースを見つめながら立ち上がっている……。


   ***


 必死にブレーキを踏み続けていると、コンクリートの凹凸おうとつさえ見えるような位置に停止した。

 かなり近い。


 目と鼻の先に壁があるように見えるが……こすった感触は無かったはずだ。

 フゥーッと息を吐き出しながら横を見てみると、すぐ側にキャラックも止まっている。


(どっちだ⁉)


 2台の車が完全に停止すると、審判たちが駆け寄ってきた。

 その中には、当番制で回ってくるジャッジを務めている野堀のぼりさんの姿があった。


 兄さんのライバルが、ポケットから金物製のメジャーを取り出し、僕の車と、壁との距離を測り始める。


「……野堀さん。どっちの車が勝ってますか?」


 僕が待ちきれずに窓を下ろして尋ねてみると、4つも年上の大学生は、ニヤリと嬉しそうな笑みを浮かべた。


「驚いたなぁ。2人とも、とんでもない新人ルーキーだ。……でもヒサトの弟なら、これくらい出来て当然なのか?」


 野堀さんが目で了承の合図を送ると、車の左右に立っていた審判たちがそれぞれ白い旗を上げる。

 どちらの車も、壁にはぶつかっていないようだ。


「ただ今のゲームの結果をお知らせします。勝者は……山吹やまぶき隼人はやと。記録は、壁から9センチ……」


 埠頭のスピーカーから奇跡のような数値が告げられると、待ち構えていたように観客たちが跳ね回って大騒ぎを始めた。

 車を降りたリオンも、自分の目で壁との距離を確かめると、激しい雄たけびを上げる。


「Oh my god!」


 リオンだって壁際16センチと絶好調だったのだ。

 相手さえ違えば、確実に勝利していたはずだが……今夜は僕が3連勝。


「こんな結果は信じられない」


 リオンは何度も壁をたたきつけると、自分ではおさえきれなくなった激情をクールダウンするために、真っ暗な海に飛び込んだ。

 ザパァンと激しい水しぶきが上がり、野堀さんが慌てて救助用の浮き輪を投げ入れる。


「コラァ! 服を着たまま飛び込むなっ」


 コース上もにわかにさわがしくなり、僕はゆっくり車から降りた。

 コンクリートの壁に触れてみると、とても固くて、ひんやりしている。

 べったりした潮風が、海の香りと共に通り過ぎていく。


(本当に……僕が勝ったのか?)


 勝利の余韻よいん

 あまり現実味を帯びていなかったその喜びが、ゆっくり形になり始める。


 港に集まっている人々の大歓声に包まれていると、強い日差しを浴びているように、心の奥に熱い力がみなぎってくる。

 まるで、少しずつ燃料が充填じゅうてんされていくような……。


 潤滑油オイルを取り戻したエンジンが活動を再開し、忘れていた勝利の喜びに胸がふるえる。


(僕は……)


 この瞬間の為に、走っていたのではなかろうか?

 恐怖とプレッシャーの先にある勝利をつかむために……。


 その夜、観客たちは長い間、興奮し続け、僕はほんの少しだけ、くしたパーツを取り戻せたような気がした。

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