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シャドウ ~真夏の幻影~  作者: 古月 ミチヤ
第3章 熱風
15/53

3-2

 夜の港にはすでに多くの観客と参加者たちが集まっており、ムンムンと熱気を放ちながらゲームを見守っていた。


 長い埠頭ふとうのステージには、2本の直線道路が海原に突き出すように伸びている。

 移動してきた僕らの前で、ちょうど2台の車が対戦し始めた。


 スタートから加速を続け、スピードに乗ると、コースの後半に建てられている電光掲示板のランプが青く点灯する。それが100キロを越えた合図なので、スピードノルマをクリアした2台の車が激しいブレーキング競争に突入する。


 埠頭ふとうの最奥にあるコンクリートの壁までの距離はまだ相当あるように思えたが、スピードが出ているせいで、アッと言う間に壁に吸い寄せられていく。

 

 これはチキンゲームと呼ばれ、どれだけ壁の近くで止められるかという度胸試しのような競技だが、2台の車が停止したのは、壁から50メートル以上も離れた位置だった。

 それでも観客からは盛大な歓声が上がる。


「なんだ。たいしたことないじゃないか。これなら簡単そうだ」


 リオンは自信があるようだが、僕は周囲の景観を確かめ、先ほど2台の車がブレーキを踏み始めた位置を注意深く確認しておいた。


「何度かやれば、もう少し壁の近くに寄せられるようになるんだけど、バトルに慣れていないと100%の力では挑めないからああなるんだ。海の上のステージだから、どれくらい路面がれているかも分からないし……最初はどうしたって早めにブレーキを踏まざるをえない」


 僕が説明すると、リオンはすぐに理解してうなずいた。


「なるほど。それなら度胸試しというより、予測勝負のようだね。何%の力で挑むかの判断力が必要そうだ。見たところスタートから加速を続けて、ちょうど100キロ出た辺りでブレーキを踏めば、安全に止まれるように出来ているみたいだけど……」


「でも、セーフティーゾーンでブレーキを踏んでいたら、壁の近くには寄せられないよ」


 僕は、鋼鉄の魔人が壁際にピタリと止めるゲームを見たことがある。

 ストリートキングを決めるような決勝戦では、壁と接触することもあるくらい、ハイレベルな勝負になる。 


「それじゃあ、どうやって寄せればいいの?」


 伊織に尋ねられると、カートスクールで学んだ知識を披露ひろうした。


「ブレーキを使った減速なら、一定車速からの制動距離をある程度、予測することが出来るんだよ」


 理論上ではスピードコントロールさえきちんと出来れば、何度でも同じ位置に止められるのだが……。


「女性のようにブレーキを踏む力が弱いと、車が止まるまでの距離が伸びてしまうし、マシンの性能次第で誤差も出る。だから実際に試してみなければ、自分の車を止めるのにどれだけの距離が必要なのかっていう正確な情報は分からないんだ」


 練習無しの1発勝負ではお互いに手探り状態だが……僕の勝機はソコにある。

 どんなに恐ろしくても、リオンがコツをつかむ前に勝たねばならないのだ。


 はや鼓動こどうに突き動かされ、競技に参加する為の手続きに向かう。


   ***


 海の上にある2本の長い直線道路の先、埠頭の行き止まりには、コンクリートの壁が立っている。もし高速で突っ込めば車が壊れるし、途中でハンドル操作を誤れば、海に落ちてしまう。


 この競技は『けして限界を超えてはいけない』ので、壁に接触するようなドライバーは失格となる。


 僕らの順番が来ると、赤いガレオンと白いキャラックは、ほぼ同時にスタートした。

 先に100キロを越えたのは、加速力がある僕の車だったが、青いランプが点灯したことを確認すると、焦ってブレーキペダルを踏んでしまった。


(しまった。早すぎたか⁉)


 コースは思ったほどすべらなかったが、リオンもつられてブレーキングを始めてしまったらしく、急激に勢いを失っていく2台の車は、かなり壁から離れた位置で停止した。

 急いで車から降りてみると、まだ相当な距離が残っている。


「あれ⁉ こんなに遠かったの?」

 

 運転席からは、恐怖のせいもあり、もっと壁が近くに見えていたのだが……。


「案外、難しいんだな」


 キャラックから降りたリオンも顔をしかめた。


 一応、プロを目指しているようなドライバーが、イチかバチかの危険な賭けに出るわけにはいかないので、完全にマシンをコントロールできる自信がなければ、壁際には寄せられないようだ。


 この競技は、運転技術の差が明確に出る。

 今回はほとんど差なんて無かったが、僕の車の方が少しだけ壁に近かった。


 ただ、それは技術の差ではなく、たまたまキャラックの方がブレーキ性能が優れていたせいで、先に止まってしまったのだろう。

 リオンは納得いかないという顔をしているが、勝ちは勝ちだ。


「……勝負は、僕の勝ちだね」


 僕が次に予定していたスプリントレースのスタート地点に移動しようとすると、リオンが負けたままでは引き下がれない、と連戦を申し込んできた。


「もう1度、このゲームで勝負しよう」


「えっ……もう1度⁉」


 これは想定外の事態である。


「次は本気でチャレンジ出来るから」


 リオンはすっかりコツをつかんだようだが……。


「僕だって、全力で勝負に出るよ」


 条件は互角。


「面白いね」


 チャンピオンは、真っ向勝負を挑んでくる。

 勝負とは本来、そういうものだ。

 卑怯な手を使って勝ったところで、意味は無い。


「……分かった。やろう」


   ***


 僕がもう1度、今度は全力で勝負すると告げると、伊織が不安を口走った。


「2人とも、ただのゲームなんだから無茶しないでよ」


 熱くなりすぎて、海に落ちたら大変だ。


 ……でも、これはもう、ただのゲームではない。

 ゆずれない想いと、プライドを賭けた男同士の真剣勝負。


 どうして本気になっているのか、僕はようやく気が付いた。

 本当は、どうしようもないくらい伊織の事が好きなのだ。


 だからあきらめられない。

 どんな強敵が相手でも、絶対に負けたくない!


 敗北を恐れる感情が、逆に強い力を生み出してくれる。

 負けたくないなら、勝つしかないからだ。


 弱い気持ちすら力に変えて、逆境を乗り越えろ!

 決意と覚悟に後押しされて、決戦の舞台に向かう。

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