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シャドウ ~真夏の幻影~  作者: 古月 ミチヤ
第3章 熱風
14/53

3-1

 夏休みになると、ついにストリートレースが始まった。 


 辺りが薄暗くなってから、伊織と一緒にドラッグレースの会場に向かうと、すでにリオンが待ち構えていた。

 今夜は、どちらかが3勝目をあげるまで勝負を続けることになっている。


「伊織。僕が勝ったら、正式に付き合ってくれないか?」


 リオンは自信たっぷりに、僕が何年も言えなかった言葉を口にした。

 伊織は少しためらったものの、すぐに承諾しょうだくし、リオンが負けた場合は『シードラゴン』のドライバーになってほしいという条件を提示する。


「ちょっと待って。伊織は、そんな条件をのんでも大丈夫なの⁉」

 

 僕は慌てて、そんなに勝率が高くない事を伝えたけれど、彼女は、


「大丈夫よ」


と微笑むばかり……。


 もしかしたら、いつも恋愛小説を読んでいる伊織は、顔と実力を兼ね備えているカートチャンピオンの方が好みだったのかもしれないし、よくよく考えてみると、僕は先日、伊織を公園に呼び出して、思いっきり失望させていた。


 あの後、何のフォローもしなかった事が想像以上に彼女の気持ちを離れさせてしまったのではないだろうか。


(しまった!)


 照れくさいからとカッコつけている場合ではなく、せめてケーキでも買って機嫌を直しておくべきだったのだ。


「OK。伊織の頼みなら、僕が負けた場合は、ハヤトのチームで走るよ」


とリオンが答ると、ゲームが始まってしまった。


 リオンは負けてもシードラゴンに入れるし、伊織は王子様のような彼氏が出来るので、2人にはデメリットなんて無いのかもしれない。

 でも、僕が負ければ仲間は得られず、大事な幼なじみまでうばわれてしまう。


(散々じゃないか)


――どうして、こんなバトルを引き受けてしまったのだろう。


 どんなに後悔しても、もう後には引けない。


   ***


 ドラッグレースの決勝は、飛行場の近くにある巨大な駐車場で行われるが、普段は島内に何箇所かある直線道路に2台の車を並べ、審判と観客たちが見守る中でバトルを行う。


 ゼロヨンとも呼ばれるこの競技は、約400メートルの距離をどれだけ速く走れるかという加速競争で、本格的なものになると車を止める為にパラシュートが必要になる。

 しかし、この島では、そこまで怪物じみたマシンは出てこない。


 そもそもレーサーを目指す若者たちが腕を磨く為に行っていた模擬バトルが、一般のドライバーにまで広まったものなので、ストリートレースで使われるのは一般車で、参加費も観戦料もかからない。

 それが人気の理由なのだろう。


 もちろん過度のルール違反や、重度の事故を起こせば逮捕されてしまうが、競技用ライセンスさえあれば誰でもバトルに参加出来るので、毎年、夏になると大勢のドライバーが集まってくる。


 彼らの目的は遊びや腕試しなど様々だが、島の学生以外は毎晩レースに参加し続けることは難しいので、ストリートキングを決めるゲームには一部の若者しか参加していない。


   ***


 簡単な申請をして、ようやく自分たちの番が回ってくると、僕はダークレッドのガレオンに、リオンは真っ白い『キャラック』という車に乗りこんだ。


 キャラックは車内のボタンを押すだけで天井部分を開閉させることが出来るのでオープンカーにも変身するが、今はもちろんフードを閉じている。


「早く始めよう」


 スタート地点に車を並べると、リオンが声をかけてきた。

 彼は自信に満ちた表情をしているが、競技に参加するのは今年が初めてだという。


 僕も自分で参加するのは初めてだが、兄さんが走る姿を何度も見ているし、シャドウに乗った時、1度だけ、ゼロヨンのコースをフル加速で走り抜けた。


 ゴーストカーが僕の体を操りながら、全く無駄の無いシフトワークで加速を続けた感触が、まだ少しだけ残っている。


 このゲームの感覚を知っている分、僕の方が有利かもしれないが……スタートに失敗すれば置いていかれるだろう。

 ターボやニトロが無いガレオンでの逆転は不可能。


 強いプレッシャーを感じると、緊張して足が震えた。

 もし負ければ、全てを失う……。


(嫌だ。負けたくない)


――Ready……GO!


 手旗が振り下ろされ、全開で飛び出していく。

 カートのタイムアタックでは最善のスタートが出来なかったが、今回は成功。


 でも油断するな。

 すきを作るな。

 どんな勝負にも全力で挑め!

 

 ………2速……3速………4速…………5速…………6速………。


 スピード計をにらみながらグングン速度を上げてゆくと、僕の車の方が先にフィニッシュラインを通過した。


 わずかな差だが初勝利!

 加速力がある車の性能にも助けられたようだ。

 

(勝った!)

 

 プレッシャーから解放されると、胸の中にブワッと安堵あんどが広がり、遅れて勝利の喜びがいてくる。


   ***


 審判たちは、レースを終えるたびにゲームの結果と勝利ポイントをパソコンに入力し、その情報データは島内で共有されている。


 誰と誰が対戦して、どちらが勝ったのか。

 誰が最も速い記録を出しているのか。

 誰の勝率が高くて、誰が1番トラブルを起こしているか。


 全てが記録され、1秒ごとにデータが更新されてゆく。


   ***


(これで1勝1敗か)


 僕は車の中で大きく深呼吸した。

 まだまだ勝負は続くので、ココで集中力を切らしてしまうわけにはいかない。

 出来れば良い流れを維持いじしたまま、次のバトルに挑みたいところだ。


 運転席シートの上で心を落ち着けていると、リオンがくやしそうな顔で車から降り、バンッと乱暴に扉を閉めた。

 どんなに速い者同士でも、対戦すれば、必ずどちらかが敗者になってしまう。


 過酷な競争。

 だからこそ、勝利には大きな意味がある。


 でも、いくら勝っても、次のゲームでは負けてしまうかもしれない。


 レースのたびに勝者は変わる。

 ドライバーには、安寧あんねいの時など訪れない。

 

 レーサーは、常に戦い続ける宿命なのだ。


「さぁ、次は港に移動して、チキンゲームに参加しましょう」


 伊織の指示で、僕たちは次の競技に向かった……。

※これは架空の物語ですので、公道でスピードを競うような危険運転をしないで下さい。事故等の責任は負えませんので、安全運転をお願い致します。

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