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シャドウ ~真夏の幻影~  作者: 古月 ミチヤ
第2章 黒い影
12/53

2-5

 なんとか自力で山を下りると、足が棒になってしまい、僕は学生寮のベッドに倒れ込んだ。

 そのまま眠ってしまい、目を覚ました時にはもう夕方になっていたけれど、誰かに昨夜ゆうべの事を話したくて、携帯に手を伸ばす。


(さて、誰に電話しようかな?)


 深夜のトンネルでゴーストカーに乗り込んだら亡霊たちに追いかけられて、山の上に置き去りにされた……なんて話をしても、馬鹿にされるか、夢でも見ていたんだろう、と笑われるのがオチである。


 ……ただ1人の例外を除いては……。


   ***


「伊織。大事な話があるから、男子寮の近くにある公園まで来てくれないか」


『……今すぐに?』


「できれば、なるべく早く会いたいんだけど……」


『分かった。急いで準備するから、少しだけ待っていて』


 幼なじみの霊感少女を呼び出すと、僕は夕暮れ時に部屋を出た。

 公園といっても遊具は少なく、夜になるとライトアップされる小さな噴水ふんすいの周りに、数個のベンチが置かれているだけである。


 しばらく経ってからやってきた伊織は、真っ白いワンピース姿で、オシャレな麦わら帽子までかぶっていた。


「まるで旅行に行くような格好だね」


 僕が思ったままの感想を口走ると、とても嬉しそうだった幼なじみの顔から、スッと笑みが引いていく。


「だって、ハヤトが大事な話があるって言うから……」


 伊織はTシャツに半ズボン、ビーチサンダルという僕の格好を目にすると、明らかに落胆らくたんして、乱暴に帽子を脱いだ。

 なにやらよからぬ期待をさせてしまったようだが、僕が話したいのは、ゴーストカーの事である。


「ごめん。その……なんていうか、今日は恋愛に関する話じゃなくて……」


「だったら、何の話なの?」


 伊織は不満そうな顔でベンチに腰をおろした。


「もしゴーストカーが現れて、それが兄さんの車だった……って言ったら、伊織は信じてくれる?」


「……そういえば、おかしな噂が流れているみたいだけど、本当にヒサトさんの車だったの?」


「あぁ。兄さんの車に間違いないと思う。黒のガリアースで、タイヤのホイールも取り替えたものだったから」


 シャドウと呼ばれるゴーストカーは、本当に闇の中から現れた。

 そして、車の中に僕を閉じ込めると、恐ろしいデスゲームを始めたのだ。


「そのゲームっていうのは?」


「スプリントレースで、イカと海老エビと……あとサメみたいな亡霊に追いかけられたんだよ」


「イカとエビとサメ?」


 普通の人間なら、こんな話をしても信じてくれないだろうが、伊織は真剣な顔で話を聞いた後、


――なぜ、そんなモンスターが現れたのか?


という謎まで解いてくれた。


「もしかして、ハヤトが見たのは、ヒサトさんの記憶じゃないかしら」


「兄さんの記憶?」


「亡霊たちは、ストリートキングに再戦を申し込んでいたんでしょう? 確か、イカとエビとサメっぽい名前の人が、ヒサトさんと同世代のライバルにいたじゃない」


「そういえば……」


 フライングだと絡んできたのは、柄の悪い人たちばかりが集まっている『バンディット』という公道チームのイカりさんだったような気もするし、他の2人は、工業大学に通っている海老名エビなさんと、野堀のぼりガレージの氷雨ひサメさんだった可能性がある。


 3人とも、毎年、ストリートレースに参加している大学生だ。


「それじゃあ、アレは実際にあったレースの記憶だったのか!」


「もちろん、ゴーストが見せてきた特殊な幻だから、もしハヤトが負けていたら、シャドウが事故を起こして、本当に殺されていたと思うけど」


「えっ⁉」


 霊感少女は、必ず背筋がゾッとするような話を付け加える。

 それさえなければ、伊織も普通の女の子のような気がするのだが……彼女はいつだって、僕の想像を遥かに超えた言動をする。


 今回も、

「ゴーストカーが現れたのは、私のせいかもしれない」

などと、突飛とっぴな事を言い始めた。


「どうして伊織が関係しているんだよ」


「実はね……少し前に、ヒサトさんのお墓に行ったのよ」


(もう1度、ハヤトが走れるように手を貸して下さい)


 伊織はそう祈りながら、背中まであった長い髪を切り落とし、兄さんの墓に捧げたという。


「なんで髪なんて……」


 普通は、お花とか、お線香を供えるものだろう。


「直接、ヒサトさんの力を借りたかったから」


「……意味が分からないよ。それが何か、シャドウの出現と関わっているの?」


「さぁね。なんとなく、そうした方がいいような気がしただけだから、私にもよく分からないの」


 いくら伊織が霊感少女でも、髪の毛を捧げたくらいでゴーストカーが現れるだろうか?


 色々話を聞いてみると、伊織が出会ったのはゴーストカーではなく、この島に来たばかりのリオンだった……。

 数日前、墓地を出た伊織が歩いていると、髪がギタギタに切られている少女を不審に思った転入生が声をかけてきて、学生寮まで案内したという。


「リオンは、私が誰かに髪を切られたんじゃないかって心配してくれて、それで知り合いになったのよ」


「あっそう」


「ハヤトは、心配してくれた?」


「えっ? 何を?」


「私が、どうして髪型を変えたのかなぁとか、なんでリオンと知り合いなのかなぁとか」


 もちろん、胃が痛くなるくらい考えたが……。


「まぁ気にはなったけど、どうせそんな事だろうと思っていたよ」


 僕は、適当に誤魔化した。


「それより、今、僕が気になっているのは、シャドウの事だけさ」


――どうして車だけなんだろう?


 1番の謎はソコである。

 どんなに探しても兄さんの姿は無かったし、何が目的で現れたのかも分からない。

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