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どうしてレースが始まったのか。
なぜ戦わなければいけないのか。
全く分からないが、ゴール地点まではまだ距離がある。
――冷静になれ。
――追いつけそうか?
ガリアースの性能なら、逆転も可能。
ゴーストカーが運転操作をアシストしてくれるので、いつもより速いテンポでシフトアップしながら猛追する。
限界付近まで車の能力を引き出し、物凄いスピードで逃げ続けている3台に追いつくと、海老が運転している赤い車を直線で追い抜き、鮫の車にはコーナーの入り口でブレーキング勝負を挑む。
ギリギリまでスピードを上げ、イン側(カーブの内側)に車体をねじ込み、叩きつけるようにブレーキを踏んで急旋回。
高性能な車のおかげでオーバーテイク(追い抜き)に成功すると、2台の車が背後に消えた。
残るは、目の前の1台のみ。
『……気をつけろ。クラーケンは手ごわいぞ』
すでに半分地点を通過してしまい、残るコーナーの数が少なくなってきた。
ヒヤヒヤして、心臓が痛くて……。
(もうこんなに恐ろしい思いをするのは嫌だ!)
と思っているはずなのに、心のどこかで、
(まだいける。もっと攻めろ!)
と誰かが言っている。
僕の体は、苦しい戦いの先にある勝利の喜びを知っているからだ。
(……勝ちたい。負けたくない)
無我夢中でハンドルを握っていると、兄さんの言葉が蘇ってきた。
『どんな時でもバトルを楽しめ。ゲームが嫌いな奴は生き残れない』
誰が相手でも、目の前の勝負に全力で挑むこと。
兄さんはそれが上達への近道だと言っていた。
たとえ負けても失敗から学ぶことは多いし、成長は常に自分との戦い。
いつだって可能性は自分の中にあり、どれだけ本気で挑めるか、向上心を持ち続けられるかどうかが進化の鍵となる。
『負けるな、ハヤト』
僕がくじけそうになると、兄さんは何度でも背中を押してくれた。
苦しい時ほど、懐かしい言葉が溢れてくる。
『……最後まで、諦めるなよ』
僕は全てを忘れようとしていたけれど、それは本当に正しいやり方だったのだろうか。
――どうして走れなくなってしまったのか?
兄さんを忘れるために、心を捨ててしまったのは誰だろう。
現実から逃れるためにマシンを壊してしまったのは……。
(まさか……僕自身だったのか?)
シャドウは、何かを伝えたがっているような気がする。
でも今は、悩んでいる場合ではない。
クラーケンの背後にピタリと張り付き、前の車を風避けに使ってスピードに乗ったら、一気に横に飛び出しラストスパート。
どちらの車も譲らないので、並んだまま最後のコーナーに突っ込むと、2台が接触した弾みに外側の車が弾き出されて、コース外にすっとんでいった。
――ガッシャーン!
ガードレールにぶつかったクラーケンの車が大破する。
……でも、これは命を賭けたデスバトル。
あそこで退いてしまったら、僕の方が死んでいたかもしれない。
(勝った……。なんとか生き残れた)
胸の中が安堵と達成感で埋め尽くされる。
それと同時に、忘れていた何かが心の中に蘇ってきた。
……レースの興奮。プライド。情熱……。
――僕は一体、何に心血を注いでいたのだろう?
目を閉じると、遠くに消えてしまった兄さんの背中が、うっすらと目の前に現れたような気がした。
(兄さん⁉)
でも、目を開けた瞬間、その気配は幻のように消えてしまう。
***
3台の車を振りきったシャドウは、島の中央にある『てっぺん峠』を登り始めた。
この峠には別の名称があるのだが、ストリートキングを決める最後の競技がこの山を登るヒルクライムなので、最初に頂に辿り着いた者が頂点になる……という意味で、そう呼ばれるようになったらしい。
(今度は何だ?)
てっきりヒルクライムバトルが始まるのかと思っていたが、いつまで経っても亡霊たちの車は現れず、シャドウは山頂まで登りきった。
まるで、僕に峠の走り方を教えていたかのように……。
車が停止すると、運転席のドアがパカリと開いた。
これは、降りろ、という意味なのだろうか。
とにかく脱出のチャンスなので車から降り、閑散としている頂を歩き回ってみたが、人の姿は無い。
山の上には小さな広場があるだけで、崖っぷちから島を見下ろしていると、夜が明けて、地平線の彼方からゆっくりと朝日が昇り始めた。
まばゆい光が闇を消し去り、世界を明るく照らしてゆく。
僕は荘厳な光景に見入ったまま、しばらくその場に立ち尽くしていた……。
――どうして、こんな所に連れてこられたのだろう?
しばらくして、ふと背後を振り返ってみると……シャドウの姿が消えている。
(あれ?)
ドコを探しても黒い車なんて見当たらない。
どうやら山の上に取り残されてしまったようだ。
「冗談だろう?」
(ココから、どうやって帰ればいいんだよ⁉)
僕の車があるのは、山のふもとのトンネルの手前。
助けを呼ぼうにも、朝の4時では、まだみんな寝ているだろう。
徒歩で下山するとしたら、何時間もかかってしまうのだが……。
他に道はなさそうである。




