正直に
始業式
私は視聴覚室に設置されたカメラの横で、原稿を片手に挨拶の準備をしている。
今は眷属の校長が話慣れたように、カメラを前に挨拶をしていた。
校長の挨拶が終わり、会長代理としての私が生徒に向け挨拶を行う。
数分の挨拶を無事にこなした後、カメラ担当の生徒は退席し、私は校長と二人だけになる。
私が校長に新入生の件を訪ねると、迎えにいった際、彼女は一人であったことを話した。
ミヤは一緒でなかったのか?それとも別行動しているのだろうか?私は思考を巡らす。
話によると、狐の子は美咲君と同じクラスの2-Aになったという事だ。私は彼に変な影響が出ないかと心配する。
それは今思えば、私の彼女への嫉妬だったかも知れない。
今日は特に授業はない。
教室に戻った私は、帰る準備をして美咲君のクラスを覗くが、狐の子も美咲君も姿が見えない。
もう帰ってしまったのかと思い、私が上履きを履き替え外に出たとき、正門を出て行く彼の姿を見つけた。
彼は寮生なので基本正門から外に出る必要はない。どうしたのだろうと思い彼の後を追った私は、海際の通りで狐の子と、赤色車に乗った女性の姿を見つけた。
私は思わず正門の陰に隠れる。
遠目でも分かった。ミヤがそこに居た。私の額から脂汗が流れ、二つある心臓が激しく脈打つ。
どうにか呼吸を整え、もう一度ミヤの様子を伺おうとして、私は目を疑った。
そこには二人だけでなく、美咲君の姿もあったからだ。
しかも親しげにミヤと話している。
私は理解した、彼はミヤと面識があったのだ。
私の思考は加速する。
彼はミヤとどこで接点があったのだろうか。ふつうの生き方をした人間がミヤと関わることはあり得ない。普通でないこととは何だ、彼の姉の自殺、そしてその後の連続殺人。
彼が補導された連続殺人の事件はまだ犯人は捕まっていないはずだ。そうなると、そこにミヤが関わっていたと考えるのが妥当だろう。
その後、彼らはミヤの車に乗り混み、走り去る。
何てことだろう、美咲君がミヤの関係者だったなんて。私は思わず頭を抱える。
想定外だ、これは本当に想定外だ。
寮に一人帰った後も、私は混乱したままだった。
夜、私は携帯を片手に悩む。
私は彼に連絡をしたい。でも、彼がミヤからどんな話を聞いたのか不安だった。もしかしたら私の事を聞いたも知れないと思うと、私は手が震え、ダイヤルのボタンをタッチする事が出来ずにいた。
翌日、少し早く登校した私は、彼の教室を覗く。彼はまだ登校していなかった。
私は長く息を吐き、自分の教室に帰ろうとしたところ、美咲君と狐の子が一緒に登校をしてきた。
私は唖然とする。何なんだろうこの光景は。思わず私は彼に挨拶する際にちょっと嫌みをいう。
「意外、美咲君て結構手が早いんだね」
そんな私に、彼は自分がその言い方だと俺が女たらしみたいで不本意だよと文句を言うが、それぐらい言うことは許してほしい。
すると彼の横にふてぶてしく立つ狐の子が、私のことを彼に訪ねる。彼が戸惑いながら私のことを紹介していたが、私は聞き逃さなかった。
あの狐の子が、美咲君がのことを"啓くん"と呼んだのだ。
私のこめかみあたりに激しく苛立ちが伝わるが、それを感じている暇なく、私は彼女に強く言った。
「いきなり下の名前で呼ぶ仲なの?あなた昨日転校してきた夏樹さんだっけ?」
何て失礼な子だと私が思っていると、狐の子は表情も変えずに、私は啓くんの恋人ですから、と言い返す。
私は戸惑いよりも、その発言に激しく嫉妬を覚える。私はできるだけ表情に出さないように努めるが、こめかみ近くまでは制御できない。
私は自分を落ち着かせるために、話を変えることにした。
「えっと、美咲君、こんな時に何だけど前にお願いした生徒会に入る話、本気で考えておいて。会長があんなことになって、人手ほんと足りないのよ。美咲君が入ってくれたらほんと助かるからさ」
私はわざとらしく、彼にウインクして自分の教室に帰る。今私があの狐の子に対してできる唯一の牽制だった。
教室に帰った私は、机に突っ伏す。
あの狐のこの存在が、私にこんなひどい仕打ちをするとは思わなかった。
確かに狐の子の容姿は美しい。振り向かない男性はいないだろう。でも、相手はあの美咲君なのだ。
狐の子の存在を彼から聞いたこともないし、彼の母もそんなことは一言も言っていなかった。
なら、これはフェイクと考えるべきだろう。私はこの日の授業は、そんなことばかり考えて、全く身に入らなかった。
夕方
帰宅した私は色々と考えた上、行動に移すことにした。
私はネットでミヤの事務所を調べ、メモに控える。その後、衣装ケースから服を選んで紙袋に入れ、目立たないように寮を出た。
下手に力を関知されないよう、私は電車で移動する。
彼女の事務所を見つけるのはそれほど手間ではなかった。
しかし事務所の明かりは消えており、まだミヤは戻っていないようだ。私は事務所の窓が見える喫茶店を探し、暫く時間をつぶす事にする。
一時間ほどして、事務所の窓に明かりがついたことを確認した私は、一度近くの駅に戻り、トイレで着替えを行った。
多分、今の私はとても格好悪い。
胸元が開き、スリットの入った目立つ黒のワンピワースを着て、コインロッカーに元の服を入れた紙袋を入れる姿なんて、あまり人に見せられたものではない。
私は片手に黒のベールだけ持って、またトイレに移動する。
黒いベールをかぶった私は、やっと力を使い、自分の身体を黒い闇へ変化させ、ミヤの事務所へ転移した。
「1400年ぶりぐらいかしら」
彼女の事務所に転移した私にミヤが声をかけた。
私はミヤに、まだこのようなことをしているとは物好きね、と言うが、彼女はそんな私の言葉には耳を傾けない。
ミヤは私に、ここに来たのは昔話をしに着た訳じゃないでしょ?と冷たい目で見つめたまま質問する。
私は彼女に、見逃してくれないかしら?と、単刀直入に言う。私は目の前の存在が怖くて震えていた。
彼女は冷たい目を変えないまま、見逃す?こんな命を弄ぶ永久機関を作ろうとしている子からのお願いには聞こえないわね、と言ってコーヒーを飲み干す。
私は彼女に子供扱いされたことに立腹し、あなたは私をまだ子供扱いする気?わざわざ私わたくしが直接このような汚い場所に顔を出したというのに、と
言い返す。
すると、ガキのような行いをする相手を子供扱いしない方が逆におかしいでしょ。ねぇ、さっさと彼らを解放して国に帰ってくれない?それが私からのお願いよ、と目の色を黄色く光らせて、私を睨んだ。
力では敵わないにしても、駆け引きに持ち込みたかった私は、
「それは後悔しても良いという事かしら。あなたのお仲間が同じ目にあったとしても」
と、強気に出ることにする。
ミヤはそんな私に何を思ったのか、少し目尻を下げた。
「そりゃさ、あんたにはあんたの事情があることは理解するよ。でもね、それでもやり方って物があるでしょ。生きるためには人の命が必要なのは私だって同じだけどさ。でもね、家畜のように扱うのはいい気はしないわ」
ミヤはそう言って事務所奥に向かう。私は言いたかった。そんなことは分かっている、でもそれしかないじゃない!と。
「あと、何人必要になるの?」
戻ってきたミヤは私にコーヒー差し出す。
私はその数を既に出していたが、それをミヤに言う必要があるのかしら、と言葉を濁す。
私は言えない、三千人も必要だとは。
私は出されたコーヒーに口を付けるがそれは余りにぬるかった。
ミヤは、私猫舌だから、温度の加減が無意識にそうなるの、ごめんね、と可愛げに言う。
私はミヤに向かい、気持ちを伝えることにする。
「守らないといけないものがあるわ。だから手は引けない。もう一度言うわ、仲間の命が惜しいなら手を引きなさい」
私のミヤに対しての願い、でもそれは叶わない。そんな私にミヤは、あなたも私を頼ってもいいのよ、と優しく言った。
あまりにも心が辛くなり、私はこの場から逃げるように身体を消した。
駅のトイレに戻り、コインロッカーから着替えを取り出す私は、どんなに惨めな顔をしていたか分からない。
再び着替えた私は、電車で帰宅をした。
私が傷心のまま、何となくコンビニに立ち寄って買い物をし、寮の前まで帰ってくると、美咲君が寮の前で、落ち着きなく立っていた。
こんなところで何してるの?と私が声をかけると、買い物帰り?と聞いてきた。
私は、嘘をついた。
「そっ、ちょっと出かけていたの。で、何、夏樹さんに通い妻のように部屋に居着かれて、たまらず外出たとか?」
私は朝の光景を思い出し、彼に意地悪する事にした。
彼から返事がない。言葉に詰まっているように見えた私は、そんな憶測が当たってしまったことに逆にショックを受ける。
「ま、マジ?美咲君もプレイボーイと思ったけど、夏樹さんもなかなかすごいわね」
私は、そんな気持ちを隠したまま、別の抑えられない気持ちを彼に向ける。
彼の横に座り、戸惑った彼を無視した。
「美咲君はもっと自分を意識した方が良いよ、結構気になっている女生徒も居るみたいだからね」
美咲君は私の言葉に否定の言葉を言う。
「俺は、もともと目立たない人間だよ。趣味は勉強ぐらいだし」
彼は否定をするか、私は彼を逃がさない。
「でも、美咲君優しいじゃない。頭も良いし、ルックスだって悪くない。女たらしにも見えないし。でも、結構人を避けるところあるでしょ?だから気になっても不用意に女生徒が行動に移せないのよ」
そこまで言って、私は踏み込みすぎたと後悔したが、彼は憑き物が落ちたような顔になった。
「よく見ているね、確かにその通りだと思うよ。でも、不思議に伊井御さんとは俺は話しやすいよ」
その言葉が私にどれだけ嬉しく響いたかなんて、誰にも表現することはできない。
気持ちを抑えられない私は、彼の中に更に踏み込む。
「ねぇ、美咲君。生徒会の話だけど、どうかな?私は美咲君とならうまくやっていけると思っているんだけど」
私の顔は、美咲君の顔のすぐ横にある。
彼は戸惑いの声を出し、私を見た。
「ねえ、美咲君は私のことをどう思う?」
私の言葉は彼を掴み、身動きを封じる。
「お前はいい奴だよ、お等の目から見てもそう見える。まっすぐで、頑張りやで、それに美人だし。でも、、」
彼はゆっくりと口を開く。
「でも?」
私の問いに、彼は私を包み込むような声で言った。
「たまに寂しい顔をする」と。
私は何もいえなかった。辛かったのではない、私が嘘をついて明るく振る舞っていたことさえも、彼は見抜いていたのだ。それが私にはとても嬉しかった。
「そう、そういう風に私は見えるんだ」
私は彼に涙を見られたくなくて、目を逸らす。
「ごめん、変につっこみ過ぎた言い方したかも」
私は首を横に振る。
「あながち間違っていないから、謝る必要はないわよ。ねぇ、夏樹さんは彼女じゃないんでしょ?見たら分かるもの、だから、、」
私は一つだけ、自分に嘘を付くことをやめた。
「私と付き合って」