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紅の真祖  作者: i-mixs
6/9

時の止まった部屋

昼休み


生徒会室で私が一人で仕事をしていると、ノックと共に女性が入ってきた。

「こんにちは宮坂先生」

私の声に、校長で私の眷属の女性が頭を下げた。

「リトス様、被害者が七名になり、警察の動きが変わったようです」

私は彼女に目を向ける事なく書類の束に目を通したままだ。

「警察から政府へ事件は戻り、今後の方針を再検討する様子です」

トンと書類の束を机に落とし、私はまとまったところをクリップで留めると、それに合わせて校長は部屋を出ていった。


ふぅ、と私は長い息を吐き、目を閉じる。ここまでは予想できていたことだ。警察は頭が良くなくても馬鹿ではない。自分達の範疇を越えるものかどうかの判断ぐらいは出来るのだろう。


ここは政府のテスト校だ。政治家はパフォーマーだとしても、その下の実務にあたる面子は優秀なものだ。彼らがこの事件をどのように理解するのか、それによって今後の動きは変わる。


ただ、彼らも面子はあるから、実際に動き出すまでは時間がかかるだろう。

今学期中ではあと三人ぐらいが限度か、と私が計算していた時、再びドアがノックされ、美咲君が顔を出した。


彼はまだ仕事中?と聞いてきたので、今終わったところと答えると、私の机に冷えた紙パックのジュースが置かれた。


ありがとう、と私はそれを受け取り一口飲む。


美咲君には今もたまに仕事を頼んでいる。私は何度か彼に生徒会に入らない?と誘ったが、彼は不相応と言って断り続けていた。


それでもこうして私が忙しくしているときは、必ず顔を出してくれる。


「ストレスで壊れそう。カラオケ行きたい」

「週末でいいかい?」

そして、彼は私に応えてくれる。


こんなやり取りをいつまでも続けたいと願う私は欲張りなんだろうか。


私は彼に、真祖としての私をさらけ出したいと思ったことがあるが、未だ怖くて出来ない。そう、彼の拒絶が今の私にとって一番怖いものになっていた。


彼はそんな私には気づかない。聡明な彼は、そういう事にはとても鈍感な男なのだ。


現在、我が校では集団登下校が行われていた。連続した行方不明に学校側がとったせめてもの策。

ついには学校も隠しきれず、現在警察が調査中であることを伝えた上でのことだった。


私は眷属に下校時を狙うように伝えている。それはこの事件に、ある一貫性があるように見せるためだ。


実際は影の中に生徒を引き吊り込むのに、時間的な束縛はない。この取り込む影は私が事前に用意したもので、眷属は日のあたらぬ物陰からこの影を操っているだけだ。


「放課後もこんな感じなら手伝うよ?」

「ありがと美咲君、助かるよ」


二人で教室に帰るときのそんな会話は自然に行えるのに、私は彼に本当のことを何も伝えていない。


この日の夕方には八人目の被害者が出るというのに、私は嘘が上手くなったようだ。


夜、生徒会と真祖としての仕事が終わった私は、美咲君に電話をかけた。特別用事があるわけではない。

最近は彼にメールなり電話をする事が増えた。内容はたわいないことばかりだ。


三人目の被害者を出した時から、私はその日は必ず彼に電話するようになっていた。私はもしかしたら、彼に精神的な依存をしているのかも知れない。


学期末テストの期間に入ると、ありがたいことに生徒会の仕事の量は減っていた。そしてこの期間に同時に二名の被害者を出すことにしている。


私は彼らの尊厳を、私の個人的理由で奪っている。その数は十名となり、彼らは死ぬまで私達の餌となるのだ。


そして生徒たちは今学期最後の被害者が出ることを知らずに、夏休みに入る事になる。


夏休み


寮生の多くは実家に戻っている。私は国に戻るつもりもないため、ここに残っている。


その間、私は十名の生命力が、眷属一人あたりにどの程度配分されるのかをチェックするため、私はノートパソコンを開き表計算ソフトのグラフを見つめていた。今後何名の被害者を出せばよいのかを把握するためだ。


その人数に溜め息をついたとき、電話に着信があった。実家に戻っている美咲君からだ。


彼は友人たちと明日プールに行くらしく、私を誘ってくれた。

私は水着の用意がないため、買い物につき合ってくれたら行くけど?というと彼はちょっと緊張してオーケーしてくれる。

彼がプールは実家の近くということを話していると、電話の向こうで彼の母が何かを言っているようだった。


私が一人でこちらにいることを話していたらしく、今晩夕食を一緒にどう?と言ってくれたらしい。

私はそのお誘いを受けることにした。


彼とは実家に一番近い、大きな店舗が入っている駅の改札で待ち合わせ。


真祖といっても、夏の日射しはそれほど得意ではない。私はUV加工された白いワンピースに黒い日傘で、夏の太陽に抵抗をする。


そんな私が駅の改札を出てきょろきょろしていると、人混みから離れた所に彼の姿が見えた。


私は彼と合流すると、まずは近くの喫茶店で夏の暑さから避難。氷の入ったアイスティーが冷たさを演出してくれる。


彼がお店はどこに行く?と聞いてきたので、私が電車の中で携帯で調べたお店の名前を伝えた。


二人で目的地に行くと、店はお客でかなりの賑わいを見せている。早速私が水着を選んでいると、彼は居心地が悪いらしく、店の前の柱に背を預け携帯をいじっていた。


私が、ねえどれが似合う?といくつか選んだ水着を見せると、彼は困った顔をする。

私は一着ずつ指をさし、彼が一番困った顔をした水着を選ぶことにした。


買い物が終わった私たちは、駅からまた電車に乗り彼の実家の最寄り駅に行く。彼の家は駅から徒歩十分程。


閑静な住宅街にある一軒家。

ここに普段は彼の母親が独りで住んでいるのかと思うと、彼が実家によく戻る理由が分かる気がする。


彼がドアの鍵を開けると、彼の母親が笑顔で迎えてくれた。

私は彼女に挨拶をし、おじゃましますと言って、彼の家に上がらせてもらう。


リビングに案内される途中、居間の襖が開いていて、大きな仏壇が見え私の足が止まった。私の足が止まった訳を理解した彼は、中学の頃に亡くなった姉だと教えてくれる。

私は彼の母に、お線香をあげてもいいでしょうか?と言うと、彼女は、どうぞと言ってくれた。


私は、彼の姉の遺影に手を合わせる。


彼女は綺麗な人だった。写真の中の彼女は優しい笑みを浮かべている。その横には家族写真があり、彼女と当時の彼と母の三人で写っていた。


幸せが伝わる写真。私は前にネットで見た事件を思い出す。


あんな事件がなければ、この写真の中のまま今も家族三人で過ごしていただろう。でも、その場合は私は多分彼に出会うことはなかった。


複雑な気分のまま、私は、貴方の弟さんには本当にお世話になっています、と心の中で彼女に伝える。


リビングに着くと、彼の母が晩御飯の準備を始めていた。


私自身、料理はそれほど得意ではないが、手伝うことぐらいはできる。私はキッチンにいる彼女の横に立ち、手伝いをさせてもらうことにした。

こんな感じで料理をするのは久々だと彼女は言う。


私は、もしかして私は彼の家族の中に嫌な踏み込み方をしてしまったのでないかと考えていると、彼女は察したらしく、誰もそんな風に思っていないから、と笑ってくれた。


料理ができ、私と彼でテーブルに運ぶ。

食事中、今日のお店での戸惑った彼の様子を彼女に話すと、彼女は笑い、彼は口をすぼめる。端から見れば家族団らんのような食事を私はとても楽しんだ。

彼女と彼も同じだったら嬉しいが、それはただの私の欲張り。


その日は彼の家に泊めてもらう事になっていた。

お風呂をいただいた後、私が寝衣に着替え少し湿った髪のままリビングに来ると、彼が冷たい炭酸のきいたドリンクを出してくれる。


先に入ってごめんねと私が言うと、彼は姉さんがいたときはいつもこうだったからと笑って言って、浴室に向かった。


リビングのソファーには、最初にお風呂に入っていた彼の母が座っているのを確認し、私は彼女の前の席に座った。

気持ちいいお湯でした、と私が言うと、彼女は良かったわ、とにこやかに言う。


彼女は私を見ると、本当に啓と同い年なのよね?と首を傾げる素振りをする。

「変な意味じゃないんだけど、リトスちゃんは私よりも年上のような感覚があるのよね。まあ、あの子が女の子と仲良くなるのも本当珍しいし、そんな息子が見つけた相手が、よりしっかりしたタイプというのはある意味納得ではあるのだけど」

女の感というのは鋭いということなのだろうか。でも私は彼にとって、そういった相手に見られているのだろうか?

私と彼とのこういう関係も当たり前になってきて、私自身も分からなくなっている。


夜、私は彼の姉の部屋を使わせてくれることになった。既に彼の母がベッドを整えているらしい。


その部屋に初めて入った私は、ここは時間の止まった空間だと理解する。


部屋はその当時のままのようで、掃除も行き届いている。

今にもドアが開いて、彼の姉が帰ってくるような錯覚を覚えるぐらいだ。


私はベッドに入り天井を見上げる。

天日干しされた布団は暖かく、ふかふかだ。私は改めて実感する。


彼の姉が亡くなってから、この部屋は息を止めたままなのだ。

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