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紅の真祖  作者: i-mixs
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決意

挿絵(By みてみん)

ルーマニアの辺境


ここには人口四千人ほどの集落がある。中心には、城とまではいかないが大きな邸宅があり、その周りを畑や農場が六割、工場が二割、住宅が二割という割合で占めており、農産物、手工芸品などの基本的な生産がここだけで行えようになっている。


この集落の中心、邸宅の中の一室では赤いドレスを着た女性が、右手ではノートパソコンのマウス、左手にはスマートフォンを持ち、交互にその画面を見ては操作を行っていた。


部屋の中には目立つ装飾もなく、大きな事務机と大量の書籍が並んだ本棚、それほど大きくない液晶テレビに休憩用のソファーだけという構成だ。


ドレス姿の女性は年は二十代半ばだろうか。赤い腰までの髪と青い瞳、整った顔立ちで一目に美人と称すことができる外見だった。


一仕事終わったのだろうか、彼女は椅子に座ったままだが、右の手のマウスを放し、スマートフォンを持ったままで延びの姿勢をする。


机に置かれたカップに入った紅茶は、既に冷めてしまっている。


その時、"トントン "とドアが軽く叩かれた。「入りなさい」と女性が言うと、給仕の女性が銀の盆に温かいカップを乗せて入ってくる。


「新しいものをお持ちしました」

「助かりますわ」

女性は笑顔で返す。


「リトス様、お仕事は順調でございますか?」

給仕の女性にリトスと呼ばれた女性は、にこりと笑う。


「生産したワインや手工芸品の輸出も順調ですわ。ネット販売のページをリニューアルしたことが効果につながったようですわね。あとは、今行っている現地食材を生かした料理の冷凍食品化ですわね、空輸を生かした暖めたらすぐに食べられるルーマニアの家庭料理は良い商売になるはずですわ」


給仕の女性は「それは何よりです」と事務的に対応した上で、リトスに「発注の件はいかが致しますか?」と訪ねた。


「そうね、今の5%増しでお願いしますわ。いつものように目立つ発注にならないようにお願いしますわね」

リトスは腕を組み答えると、給仕の女性は頷き、そのまま退室した。


リトスという名は愛称であり、ストリゴイイという名が本当の名である。しかし、その名を彼女は良しとせず、相性で呼ばれることを好んだ。


彼女は吸血鬼の真祖である。

生まれた時より強大な力を持ち、人々に恐れと恐怖を与える存在。


リトスは紅茶を飲み終えると、ノートパソコンの電源を切ると、民族衣装に近い外出着に着替えるた。お供を引き連れることなく屋敷の外へ出ると、手荷物を持った小さな男の子と女の子の兄妹に出くわした。


兄妹はリトスの顔を見ると怖がることなく、笑顔をなった。

「リトス様、こんにちわ!」

「ごきげんよう。あら、お使いですの?」

リトスが訪ねると、妹が得意げに言った。

「お父さんのお昼ご飯。私の手作りなの」

リトスは子供の頭をなでながら、なら早く渡さないとね、と言い、二人に手を振って笑顔で別れた。


今の彼女は真祖と表現される生き方よりも、眷属たちと平和な日常を過ごしたいと願うが、実際はそう簡単にはいかない。


リトスは暫く歩き、この集落にある唯一の小さな病院に着いた。


病院の中には、風邪を引いた子供や

足腰の悪いお年寄りの他、明らかに顔色の悪い男性が待合室のソファー座っていたが、男性はリトスを見ると立ち上がり頭を下げた。

「リトス様、申し訳在りません」

「大丈夫ですわよ、早くこちらにおいでなさいな」


リトスに連れられ男性が診察室に入ると、待機していた医師が男性をベッドに横にし点滴を開始したが、その点滴の中身は真っ赤な血液である。


「先の点滴からまだ二週間です、このまま間隔が狭まると。。。」

医師はリトスに告げる。

「間隔が狭まった原因は?」

「血に含まれる生命力の低下だと思われます。普段血液の保存には厳重な注意を払っていますが、血に含まれる生命力の低下は避けられないのかと」


リトスは軽くため息をつく。

「では、輸血用血液を多量に購入して保存していても、あまり意味がないといことですか」

「輸血用血液ではなく別の手段で生命力を得る方法を考えなければならないという事になります。本当は直接の吸血が出来れば一番なのですが」


医師の言葉にリトスはキッと青い目で睨む。

「なりません!直接の吸血行為を行えば、我々が虐げられることになりますわ。私が別の手段を検討いたしますので、暫くは今のまま献血用血液での対応をお願いします」

リトスは申し訳ないといった顔で、ベッドに横たわる眷属の頭をなでた。


その後リトス邸宅に重い足取りで戻り、寝室のベッドにぐったりと仰向け倒れ込む。

「分かっていたことですわ。他の真祖からのメールにも吸血行為以外での延命が難しいことも書かれていましたし。ですが、だからといってここで諦める事だけは、、」

リトスはぐっと拳を握る。

そして、壁に掛けられた肖像画に目をやった。


そこには、遙か昔の父と母が生きていた頃の両親と幼いリトス、そしてその脇に立つ純白のドレスをまとう、美しい黄色い瞳の女性の姿。


「ミヤ、私はどうすればよろしいの?眷属を救う為の方法、我々が主犯と分からず生命力だけを得る手法は確かにありますわ。でもそれは、私とて良心が痛むのです。。。」

両手を胸の前で組み、リトスは天を仰ぐ。

「でも、本当にそれしかないのでしょうか。だから私はその決断が出来るまで、私の力を皆に分け与え、この頭を使い続けますわ」


それが、リトスの決意だった。


そして、時間は流れる。


「リトス様、お召し物のサイズをまた直さなければなりません」

侍女がリトスのドレスを片手に持ち、他の衣装も見比べる。


「仕方在りませんわ、大分力を使ってしまいましたし。でも、これも私が望んだ結果です」


リトスの容姿は、今は背も縮み十代半ば程になっていた。彼女の全盛期の力と比べれば、今では半分以下だろう。


そのリトスの生命力は眷属達への足りない生命力を補うことに使われていたわけだが、その供給も限界だった。

彼女の眷属の既に三割が、人間でいう栄養失調で既にこの世を去っている。


「決断致しましたわ」


その声とその意志は彼女の眷族達全てに伝わる。


「私たちは、生きるために、遠い異国の地へ参りますわ」


リトスは新天地へ向かう前に、各種工場を継続稼働するための準備も平行し行っていた。


他国の生活でもお金は必要である。

今の生活基盤を失わないように、異国でも管理しないといけないが、今のこのご時世、インターネットという便利なものがある。


リトスはメールだけでなく、ネットを用いたテレビ会議システム、まだ現地観察のための無線LANタイプのカメラも多数設置。

また、この辺境では異例の光ファイバーを通し、ネットワークの構築とそのほかリモート監視システムをリトスは自らの手で作り上げた。


また、眷族達の出国にあたり、ビザの申請から住居の手配も行う。言葉については取りあえず皆英語が話せるように教育をしたので問題ないだろう。


眷属は暫くは身を隠しながらも、不審ではない行動をとる必要があるため、そのマニュアル作りも行った。


リトス自身は自分の外見に適した潜伏先として、学生の身分を選択する。


丁度眷属の中には新天地の人種とのハーフがいたこともあり、リトスはその眷属の戸籍に養女として入った上、現地の高校の編入試験に合格。

また、活動し易いように、その高校の校長を眷族化させたが、力の弱まった状態で眷族としたので、どこまで指示通り動くかだけが気がかりであったという。


そして、リトスはルーマニアを立ち、異国の日本へと向かうのだった。


季節は日本では二月。

リトスは成田空港から、シャトルバスに乗り移動する。彼女はバスの窓から見える光景を子供のようにずっと見ていた。


「景色の形は色々だから一概に比較できないものですわね」

それがリトスの最初の感想だった。


この地にはリトスの知る人物がいる。

でも今はまだ会いたくはなかった。

これから自分が行う行為は、彼女は反感をリトスに浴びせるだろう。そしてリトスは彼女を説得も出来ないはずだ。


なら、今伝えても何も変わらない。

リトスは自分にそう言いきかした。


学生寮への入居はまだ先であったこともあり、暫くはホテル住まいであった。

自分の生活する町を知りたくて、リトスは散歩に出かける。

近くにある商業施設など目新しい物も多い。

その中で彼女の目を引いたのは、最新のタブレットであったり、この国の独自進化した国産のスマートフォンなどであった。


近くの店員に商品の詳しい説明を求めるが、店員はあくまで販売員のためか知識はなく、知りたい情報は手に入らない。

困った表情をしていると、見かねたらしく一人の少年がリトスに声をかけた。


彼はIT機器に明るく、主観を交えず利点、欠点を含めて商品の説明をリトスにする。

リトスはうんうんと頷きながらその話を聞き、欲しい商品を店員に伝え購入した。


リトスは少年にお礼をしたく思い、何かほしいものをプレゼントしようと提案したが、少年はただのお節介をしただけだからと申し出を断る。


それならせめてと、リトスは少年をお茶に誘う。

少年は、それならと受け入れ、二人で近くのファミレスに入った。


リトスにとっては異国の少年とこれほど長く話したのは初めてだった。

しかも受け答えもよく、とても話しやすい。

いつしかリトスは彼と意気投合していた。


少年は異国の話を知りたいという事で、リトスは喜んで国の様子を話す。

そして、いつしか時刻は夕方になっていた。


「もうこんな時間だわ、ごめんね長くつき合わせてしまって」

リトスは少年に謝る。今のリトスは真祖ではなく、一人の学生としてここにいるため話し方は出来るだけ自然になるように努めていた。


「そんなこと無いよ。俺はまだ日本を出たことないからさ、異国の話ってとても新鮮で飽きないよ。出来たら一度行きたいぐらいだし」

「ええ、一度来てみてよ。不便だけどとても素敵なところだからね」


リトスは少年とまた会いましょう、と握手して別れる。


それが、リトスと美咲 啓の初めての出会いだった。

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