六、夫婦の前にもう一人の奥様が現れた
COLLAPSAR・その六『夫婦の前にもう一人の奥様が現れた』
【第二回犯罪が出てこないミステリー大賞・参加作品】
宇宙客船引渡しセレモニーの裏側で、密かな指示がスターライト社・本社から出され、わたし達はそれに従った。
『乗務員は、お客様を最後の一人までキッチリと送り出すまで自分たちの業務を行うように。その後は船の自室で待機するように』と。
もちろん、わたし達も乗客と共に遭難はした。
被害は被っているは確かだが、それはそれで仕方が無いだろう。
わたし達の仕事がその船の運航であり、それが業務なのだから。
ただ、わたし個人としてはプライベートも気になっている。
わたしはハロルドに逢いたくて仕方がなかった。
わたしの旦那様である「ハロルド」に。
結婚してからすぐの仕事でこんな事故に遭うとは思わなかったから。
ハロルドは首を長くして待っていてくれるだろうか?
それとも事故でわたしが死んだと思って、新しい女性と結婚しちゃったかしら?
ヤキモキするわたし。
お客様を送り出したあと、わたし達は船内の乗務員エリアの、それぞれの個室で待機していた。
しばらくして船内放送が流れた。
メインダイニングに集まるようにとの指示だった。
メインダイニングへ行くと、既にほとんどの乗務員が集まっていた。
「今から名前を読み上げますから、呼ばれた人は指示に従うように」
本社の社員がメガホンで叫んでいた。
一人ずつ、名前が呼ばれていき、メインダイニングに居た乗務員の数が段々と減っていく。
残りが十数人になった時だった。
「以上です。呼ばれなかった方はしばらくこの場で待機してください」
本社の社員がまたメガホンで叫んだ。人数が少なくなったせいでうるさいほどだった。
本社社員はメインダイニングから姿を消し、名前を呼ばれなかった十数名の乗務員だけが残された。
かなりの時間が経過した気がする。
二時間とかそんなモノじゃない。
退屈するには十分な時間だった。
その間に、全くアナウンスがなく、何の音沙汰もなかった。
メインダイニングにヒソヒソと囁きが聞こえ始めた。
「なんか、おかしいぞ」
残された乗務員の一人、パイロットのハリーが騒ぎ始めた。
「どうも怪しいぜ。こりゃあ、何かある。きっとある!」
パーサーのアニーも甲高い声で発言した。
「絶対におかしいわ! ひょっとして、これが噂の『あれ』なの?」
残された十数人の乗務員は顔を見合わせた。
「あぁ、そうかもしれない。これが噂の『刷新』かもしれない」
ハリーが仁王立ちになって応えた。
わたしを含めた十数人の乗務員は総立ちになった。
間髪なく、十数人の乗務員は一斉に出口へと殺到した。
蜘蛛の子を散らすように通路をひたすらに走り、十数人の乗務員は船外と脱出……。
「はぁ、はぁ、はぁ」
あたしは息が切れていた。
シティに入ったところで、わたしはヘトヘトになってうずくまった。
カサカサ。
小さな物音がする。
頭を低くして様子を伺う。
黒いスーツにサングラスの男がキョロキョロと視線を走らせていた。
どうやら追っ手のようだ。
容赦などは全然ない様子だった。
「はぁ、はぁ、はぁ」
わたしは息が整わないうちにまた走り出した。
街の辻という辻は全て曲がり、角を曲がるのは左右共にランダムで行い、とにかく走り続けた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
もう走れない。
もう走りたくない。
何度、足を止めようと思ったことか。
けれど、走り続けていた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
こんどこそ止まろう。
そう思いながら辻を曲がったところで誰かとぶつかった。
相手も転がったが、わたしも転がった。
「きゃっ、痛ーぃ!」
その声から、相手は女性だったみたいだ。
「大丈夫か?」
男性の声も聞こえた。
……あれ?
この声……。
何処かで聞いたことのある声?
わたしは男性の顔を見て声を上げた。
「ハロルド!」
わたしは思わず声を上げた。
「え?……アンナ?」
ハロルドはビックリした様子だった。
それもそのはずだ。
ハロルドが手を貸していたのはわたしじゃなく、ぶつかった相手の女性。
その女性とわたしが瓜二つだったからだ。
「アンナが二人居る?」
相手の女性『アンナ』も目を丸くしていた。
「わたしがそこに居る? もう一人、ここに居る!」
ハロルドとアンナの部屋で三人。
ハロルドとわたしともう一人のアンナ。
その三人がまんじりともせず座っていた。
不思議な感覚だった。
目の前にわたしと同じ女性が居るのだから。
「話を整理すると、そちらが事故に遭った客船に乗っていた『アンナ』なんだね?」
わたしを指差しながらハロルドが発言する。
「えぇ」
ハロルドの質問にわたしは答えた。
「こちらの『アンナ』は、その乗船前にバックアップされて再生された『アンナ』なんだね?」
もう一人のアンナを指差しながらハロルドが発言する。
「分からないけど、そういうことなのかしらね?」
ハロルドの発言にもう一人のわたしが答えた。
腕を組んで考え込むハロルド。
ハロルドだけじゃない、わたしも、そしてもう一人のわたしも考え込む。
沈黙がその場を制した。
しかし、それは長く続かなかった。
突然、明かりが消えて真っ暗になった。
ドアを蹴破る音とガラスが割れる音がした。
そして、閃光が走ったと認識した瞬間に意識が途絶えた。
いきなり電源ラインを引っこ抜かれた電気製品のように。
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拙作よりも素晴らしい作品が貴殿をお持ちしていることでしょう。