四、暫定死亡と宣言された妻が生還した
COLLAPSAR・その四『暫定死亡と宣言された妻が生還した』
【第二回犯罪が出てこないミステリー大賞・参加作品】
妻である『杏子』の訃報はコントロールからの一報だった。
「奥さんの船、遭難したらしい」
ドックに接舷して船内で待機をしていた浩樹は落ち込んでいた。
まさか、自分の妻が事故に遭うなどとは思ってもいなかったからだ。
「どうしてなんだ?」
浩樹は自問自答したが、そんなことで答えが見い出せる問題ではなかった。
「事実を受け入れるしかないのか……」
浩樹は、パイロットセンターへ運行報告書を提出するために貨物宇宙船を降りた。
パイロットセンターのブリーフィングルームでは「白鳥三号の遭難」で持ち切りだった。
「浩樹、落ち込むなよ!」
「杏子さんはきっと生きてるって」
「奥さんは助かるよ、絶対に!」
何人ものパイロット仲間が浩樹を励ました。
「あぁ、ありがとう」
しかし、浩樹はそう返すしか他に方便を知らなかった。
浩樹は数日間の休暇を貰った。
浩樹にとっては休暇よりも仕事のほうが良かった。
気を紛らわすには仕事は一番だった。
仕事中は杏子と逢えないことは普通のことだから。
だが、会社は休めという。
絶対に休め!と上司に押し切られた。
そんな訳で、自宅でやることもなく、ずーっと佇んでいる浩樹だった。
「これじゃ『自宅軟禁』と変わらないじゃないのか?」
そんなことを思う浩樹だった。
それでも、外に出る自由はあるから「軟禁」でないなと思い直す。
「そうだな。自宅待機とでもいうべきかな、ははは」
力なく笑う浩樹。
今は違うことに意識を持って行きたいと思う浩樹だった。
数日が過ぎ、退屈な日々に慣れた頃だった。
そんなところにツィートラインのアラームが鳴った。
「はい、浩樹です」
インカムに話し掛けると、それはスターゲート社・本社の上級役員だった。
「君に朗報だよ」
そう告げた上級役員は画面でニヤリと笑った。
「何ですか、その朗報って?」
浩樹は訊き返す。
「君の奥さんである杏子さん、生還したよ」
淡々と話す上級役員。
「え?」
浩樹は固まっていた。
「至急、スターゲート・トラベルの事務所まで来てくれ。以上だ」
上級役員はそれだけを言ってツィートラインを切った。
浩樹はスターゲート・トラベルの事務所の前に居た。
だが、なかなか扉を開けることが出来ずにモジモジと躊躇していた。
この先に待ち構えているモノは何だろうか。
それを素直に受け止まられるかどうか。
浩樹自身の心は不安でいっぱいだった。
だが、それは向こうから打ち破ってくれた。
「浩樹、心配を掛けてごめんなさい」
事務所の扉が開いて浩樹を抱きしめたのは、紛れも無く杏子だった。
杏子は棒立ちの浩樹の首からぶら下がった。
だが、浩樹は棒立ちのままだった。
「どうしたの?」
杏子が声を掛ける。
「う、うん。何がホントで、何が現実で、何がどうなってるのか、判らなくなってさ」
照れ隠しのように頭を掻く浩樹。
「わたしはわたしよ。間違いないわよ」
そう言って浩樹に微笑む杏子。
「そうだね、その通りだね」
浩樹はそっと杏子を抱きしめた。
「わたしと何人かのアテンダントは脱出ポットに乗り込んだの」
杏子は話す。
「脱出ポッドの推力がギリギリブラックホールの重力を振り切ったのだと思うわ」
浩樹は杏子の言葉の一つ一つにうなずいた。
「そう、そうなんだ」
レストランのテーブルにあるキャンドルの炎が揺れた。
「でも、それ以上は思い出せないの」
微笑む杏子に浩樹は告げた。
「いいんだ、いいんだよ、僕は君がここに居れば」
浩樹はまた幸せな時間を取り戻した。
お読みいただき、ありがとうございます。
『第二回犯罪が出てこないミステリー大賞』の公式企画サイト、及び「てきすとぽい」の『第二回犯罪が出てこないミステリー大賞』企画サイトにも是非お立ち寄りください。
拙作よりも素晴らしい作品が貴殿をお持ちしていることでしょう。