一、おっさんとおねぇちゃんの思考実験
COLLAPSAR・その一『おっさんとおねぇちゃんの思考実験』
【第二回犯罪が出てこないミステリー大賞・参加作品】
壁面ディスプレイを眺める二つの影。
一人は高年の男性風。
もう一人は若年の女性風。
「実に不思議なデータだ」
高年な男性風がつぶやいた。
「えぇ、全くです」
若年な女性風がつぶやいた。
「これは、どこから発掘したモノだったかな、チセツ研究員?」
『チセツ研究員』と呼ばれた若年の女性風が表示を操作しながら答える。
「これは、えーっと……そうだそうだ。思い出しましたよ、ローコー博士。かつて『国立公文書保存協会(ANODP)※』と称されていた建物の地下で、無造作にパッケージングされていた磁気円盤の記録から発掘し解析し補完したデータですね」
『ローコー博士』と呼ばれた高年な男性風がうなずきながら、表示されたデータを食い入るように見つめていた。
「ふむふむ、そうか」
ローコー博士はギシギシと音を立てて唸っていた。
チセツ研究員も画面を見つめていた。
「筋道が詳しく見えてこないんですよねぇ」
チセツ研究員がつぶやく。
「うむ」
ローコー博士がうなずく。
「順序がコロコロと入れ違っているのかしら?」
チセツ研究員がつぶやく。
「うむ」
ローコー博士がうなずく。
「名称や名前もそれぞれ違って記されているし」
チセツ研究員がつぶやく。
「うむ」
ローコー博士がうなずく。
「年月日もチグハグみたいだし」
チセツ研究員がつぶやく。
「うむ」
ローコー博士がうなずく。
「博士、さっきから唸ってばっかりじゃないですか!」
チセツ研究員が声を上げた。
「うーむ」
ローコー博士はそれでも唸るだけだった。
「はぁ、こりゃダメだ」
チセツ研究員は溜息をついた。
長い沈黙の後、老練な声が辺りに静かに響いた。
「これは非常に解釈が難しい古文書データかもしれないな」
ようやく一つの見解を口にしたローコー博士。
「そんなことはもう充分に判ってますって!」
呆れ顔で台詞を吐き捨てたチセツ研究員。
「問題は、だな……」
意味深に声のトーンを下げたローコー博士。
「な、何です? 急に神妙になっちゃって。ビビっちゃうじゃないですか!」
ゾクゾクする思いでローコー博士の言葉を聞くチセツ研究員。
「この一連のデータに『あの概念』が存在しているかどうか、だな」
顎をスリスリしながらのイメージで滔々と言葉を発するローコー博士。
「確かに。おっしゃる通りです」
何回も首を縦に振るチセツ研究員。
「これはあれだな」
気の抜けた発言を繰り返すローコー博士。
「え? あれって?」
鋭くツッコミを入れるチセツ研究員。
「あれとこれと……ゲホ、ゲホ、ゲホゲホ、ゲーホゲホ!」
急に咳き込み始めたローコー博士。
「また発作が始まっちゃったわ。誰か、リペアマンを呼んできて!」
そう叫ぶと共に、チセツ研究員は人を呼びに部屋から飛び出して行った。
激しく咳き込むローコー博士は、当然ながらその場から動くことが出来なかった。
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拙作よりも素晴らしい作品が貴殿をお持ちしていることでしょう。
※脚注
『国立公文書保存協会(ANODP)』は「Association of National Official Document Preservation」の略称[造語]