両手に花
「ふぅ、気持ち良かった……て、なっ……な、何故ウンディーヌが……」
エレノアが夜中に尿意を催して小屋を出た後、用を済ませ戻ってくるとそこにはユウキの隣で眠るウンディーネの姿があった。
これまでウンディーネは湖に棲んでいたので、夜も湖へと帰っていた。なので、夜はエレノアが遊輝と二人っきりになれる時間。ましてやユウキが寝静まった時はエレノアにとって至福の時なのだ。
今日もそろそろ例のお楽しみタイムに興じようと気持ちも体も昂っていたエレノアにとってウンディーヌの登場は中々に厳しいもの。また御預けをくらう日々など嫌だと焦っていた。
「ど、どうしたのだウンディーネ? もう夜中だぞ」
「私も……ユウキと寝たい」
「うっ……し、しかし。それだと私の寝床がだな……」
「そうだった……ごめんなさい」
「え? あ、いや」
頭が卑猥な事で埋め尽くされた状態のエレノアは早くユウキに弄られたい一心で適当に理由を述べたのだが、あっさりと引き下がったウンディーネを見て悪いことをしたと思った。
ウンディーネにとって遊輝はいわば初恋の相手である。それは自身も同じなのだが、それ故に愛する者と少しでも近くにいたい触れ合いたいと思う至極当然な感情は痛いほど理解出来るのだ。それを卑しい理由で自分一人独占しようなどと考えたことを恥じていた。
「だ、大丈夫だ。今日はウンディーヌがユウキと寝るが良い」
「でも……エレノアは?」
「私は元々戦士だからな、どんな場所でも眠れるさ。安全が確保されているだけで十分」
「……良いの?」
「ああ、私は何度もユウキと寝ているからな。今度はウンディーネの番だ」
「ありがとう……エレノア」
その女さえ虜にしてしまうような美しい笑顔に小さな満足感を得たエレノアは、体の疼きを何とか堪えて小屋の隅、膝を抱えながら休息をとる。
対してウンディーネは初めての体験に心が弾み、遊輝の温もりに安心感を得ていた。
この世界にはプレイヤー以外の人間が訪れることは無い。手頃さと引き換えにクオリティは他と比べれば断然低い。ただゲームの舞台となる周りが海に囲まれた絶海の孤島が存在し、釣りの獲物となる魚や餌、食料となる自然の物が溢れているのみだ。
そんな孤独な生活の中に突然現れたのが遊輝とエレノアだった。
初めは警戒していたウンディーネだったが、毎晩月に照らされて起きる自分を待っていてくれるかの様に遊輝は同じ時間ただ只管に湖の傍で佇んでいた。
その穏やかな姿に魅かれ好奇心半分で恐る恐る接触を試みると、待ってましたと言わんばかりの眩しい笑顔で出迎えてくれた遊輝。自分の全てを受け入れてくれそうな遊輝の暖かさにやっと自分の居場所を見つけたと、ウンディーネはずっと空いていた心の穴にスッと何かが落ちていく感覚に包まれた。
それからと言うものの、遊輝と会い、話し、触れ合うことはウンディーネにとって何よりの幸福となり、静かに体の底から湧き上がってくる熱を感じて自分が今までと変わってきているのを知った。
それは日に日に顕著となり、既に遊輝と離れる少しの時間さえ彼女にとって今まで一人で過ごしてきた時間よりも長く辛いものだと感じてしまう程に。
そして、今日は遊輝の温もりを求めてベッドへ潜り込んだと言うことであった。
その遊輝の温もりが、遊輝の傍にいると言う充足感がウンディーネの少し低い体温を上昇させてゆく。
「うぇっ!? な、何でウンディーネがっ!?」
目を覚ますと隣でピッタリとくっ付く様にウンディーネが寝ている。そんな状況は遊輝にとっても予想外の展開で、心の準備が間に合っておらず驚きを隠せなかった。
「ああ、夜中に訪れてな、遊輝と寝たいと言うので場所を譲ったのだ」
「じゃあエレノアはどこで寝たの?」
「私は十分に眠った後だったし、少し早く起きただけさ」
「そんな、言ってくれれば俺が場所を譲ったのに」
「それではウンディーネの願いが叶わんではないか」
「そ、そうか。ウンディーネ……」
未だ横で眠るウンディーネを見つめてだらしない笑みを浮かべる遊輝。ウンディーネが既にそこまで自分に対して好意を抱いてくれている事実と、惜しげなく曝け出された裸体にスケベな思いを巡らせてしまうのは長年童貞を患い沸々と煮え滾る雄の本能を押さえつけてきた遊輝にとって仕方のない事。膨れ上がる遊輝の一部を見てエレノアが嫉妬してしまうのも仕方のない事だ。
明日こそは遊輝の劣情を、寝相と言う形で自分にぶつけさせようと画策するエレノアであった。
「……んん……あ、ユウキ……お早う」
「あっ、お、お早うウンディーネ」
「これ……何?」
「あっ!! 今そこ触っちゃらめ~~……」
一人、哀愁を漂わせながら水浴びへ赴く遊輝であった。
「さて、今日はちょっと趣向を変えて森の探索に行きたいと思います」
「おお、そうか。何だか楽しそうだな」
「たん……さく?」
今までも果実や魚の餌をとりに森の中へ入ったことは何度かあった。しかし、探索がメインとなると別だ。
掲示板情報だけではゲームの要素全てを網羅することは不可能。そこで、何か新しい発見が無いか湖以外の部分も探ってみようと言うことだった。
隠しヒロインが存在したり、魚から武器が取れるようなゲームだ。ネタや釣りゲーらしくない要素が他に色々あっても不思議じゃないとは遊輝の考え。
クリアしてしまったら終わってしまうので、その前に出来るだけ遊び尽くしておきたいと思ったのだった。
遊輝は『魚角剣』を引っ提げて二人を伴い森へと入って行く。
「重くはないか? もし敵が出たとしても私が倒すからユウキは武器を持たなくても良いのだぞ」
「いや、いくら力が落ちたとは言っても元は戦士。これでも少しはトレーニングして大剣を振れるくらいには鍛えたんだ。別に格好付けたい訳じゃないけど気持ちだけでもね。このまま任せっきりじゃ堕落しそうだし」
「そうか、そうだな」
時折見せる遊輝の男らしさ。基本的には自分の出来る範囲でベストを尽くそうと言うのが遊輝の信条だが、ベストの状態を向上させようと地道に努力を重ねる姿がエレノアは大好きだった。
いまいちパッとしないので目立つ者の影に隠れてしまいがちだが、決して怠慢することがない尊敬に値する人物だと。
かつて華々しい功績や栄光、名誉などに目がくらみ自分の力では成功させることが不可能な仕事を一人で実行し、挙句の果てに多くの人の命を危険にさらしてしまった事がある。その時、意味のないことだと思っていた遊輝の事前にとっていた対策が多くの人を救った。そんな積み重ねが次第にエレノアの心を掴んでいった。
そんな当時の遊輝を思い浮かべて顔を紅潮させ、何やら太ももを液体が伝っているエレノア。
「ん? エレノア汗掻いてる? そんなに暑いかな……」
「ふぇ……!? ここ、これはそうだ汗だ。私は案外暑がりでな……ははは」
「むしろ快適な温度だと思うけどな……」
「いやー今日も良い天気で絶好の釣り日和だなっ!!」
「今日は森の探索がメインだよ? もしかして釣りの方が良かった?」
「えっ!? あ、いや……その、うぅ……」
これ以上ないほど慌てるエレノアを理由は分からないが取り敢えず可愛いなと見つめる遊輝。
二人の楽しそうなやり取りを羨ましそうに見つめるウンディーネ。
羞恥心で顔が真っ赤になったエレノア。
それぞれ何だかんだ楽しみつつ始まった森の探索であった。