第1章 1月(5)
友哉も麻莉子も桐生も……みながそれぞれ、なんとなく行動が怪しいような、怪しくないような(笑。
この場の雰囲気の悪さを、なぜ麻莉子は感じられないんだろう。
どうしても私には理解できないまま、だがしかし、とりあえずは箸を持って食べ物を口に運ぶ作業を再開した。友哉も、どうにか食事を始めたけれども、ちっとも減ってないのは見ていれば分かるし、だいたいろくに顔も上げずに下を向いたままで、桐生が来てからというもの一言も話していない。
麻莉子と桐生の2人だけは、依然として会話が弾んでいたが……。
(こんな中で食べたって、味が全然わかんないや)
久しぶりの3人での昼食、すごく楽しみだったわけで、現に楽しく始まったはずだった。なのに、今のこの状況ときたら。
(針のむしろに座るってのは、こんな感じなんだろうな)
麻莉子や桐生が、何か余計な事を話さないだろうか、友哉の気持ちを逆撫でするような話題に触れたりはしないだろうかと、さっきからそればかりが気になって、口の中は砂でも噛んでいるかのような、そんな味気のなさだった。
と、漠然と心配はしていたものの、友哉と桐生がどういった状況にあるのかなんて具体的には分からないワケで、『余計な事』がいったいどんな類のことなのか、『友哉の気持ちを逆撫でするような話題』がなんなのかは、実際のところ私には何も見当がついてはいなかったんだけど。
だが、そんな私の大いなる怖れは、意外と的中してしまう事になる。
友哉と同じように無口なまま食べ続けていた私に、桐生が声を掛けてきた。
「ところで、波原」
(ここで、あたしなわけ!?)
「げっ……ごほっ、なっ、なに?」
どうか当たり障りのない話題でありますように――私はどれだけそう心の中で願ったことか。
「その、なんだ。去年なんかは、映画撮影の設定ってこともあって、おまえを『小春』って呼んできたが」
「う、ま、まぁそうだったよね。映画の中での事だし、それは許す……」
私の話を途中で遮って、桐生が言った。
「おまえもそう呼ばれる事に慣れただろうし、これからも小春って呼んでいいか?」
「はぁぁーーーーーーーーーーーーっ!????」
ガタターーーーーン!!!
私の驚きの声と、立ち上がろうとして勢い余った友哉がイスを蹴り倒す音とが、ほぼ同時だった。
思わず視線が吸い寄せられた私は、全身をわなわなと震わせている友哉の姿をそこに見る。
(やったよ、やっぱりこうなった! 絶対、何かが起こると思ってたんだ~~~~~!!)
友哉は、口を真一文字にきりりと結んで、真っ青な顔をしていた。
「ぼく、気分がすぐれないので、ごめんね。先に戻ってるね」
友哉は、それから桐生の顔を正面からきっと睨みつけると
「桐生くんは、どうぞごゆっくり!」
そう言って友哉は席を離れたと思うと、スタスタと食器返却口にトレーを戻して3階の学食の階段を下りて行ってしまうまでの時間、ほぼ2分。あっと言う間の出来事だった。
「ちょ、ちょっと待ってよ、友哉! 友哉ったら!」
私の発した言葉は、ワンテンポ遅かった。
(友哉のあんな怖い顔……今まで見た事ないし)
私の方が泣きたい気持ちでいっぱいになって、友哉がなんで出て行ったのかをよく吟味する間もおかずに、続いて第二弾の事件?が私の前で勃発することとなる。
突然に。
「桐生くんさぁ~。いったい何が目的だったわけぇ?」
麻莉子が、これまたいつもの麻莉子らしからぬ表情で、私には意味不明な問いを桐生に投げかけた。今まで桐生と盛り上がって話していた麻莉子とは別人のように思える。
「目的……というと?」
桐生も、特には動じていないようだが、ま、こいつはいつも冷静沈着がウリだし、こんなもんなのかもしれない。
(ま……りこ……?)
「桐生くん、なぁんで、わざわざ麻莉子たちのところに来たのかなぁ~?」
「席が空いてなかったからだが。それに俺に席を勧めたのは、久遠だろう」
「だって麻莉子ぉ、困ってる人は放っておけないもんねぇ~」
「お陰で助かった」
「それにしてもぉ桐生くぅん、さっきの小春ちゃんへの問いかけってぇ、わざわざこの場で言う必要なんてあったのかなぁ~。麻莉子には、わざと友哉クンにも聞かせたようにも聞こえたんだけどぉ」
「えっ? 麻莉子、それってどういう……」
先ほどまでとは別の意味で、私には麻莉子と桐生の会話が理解できなくなっていた。
桐生が目を細めて、薄く笑ったように見える。
「そうか。招いてくれたフリして、俺を試していたという事かな」
麻莉子の瞳の奥で何かが揺れ動いたように見え、怪しげな視線を桐生に投げつけている。でもそんな視線とは裏腹に、麻莉子は甘ったるい声でとぼけた。
「えーーーー、麻莉子にはぁ、桐生くんの言ってる意味がよく分かんなぁい~」
友哉に続いて、麻莉子と桐生の間にも、ただならぬ空気感が漂い始めている。
「ふっ、まぁいいだろう」
「あっ、あの2人とも、どうしちゃったのさ。いったい何を……」
口をはさむ私の言葉は、2人には届かない。
「って事はぁ、桐生くぅん、いいんだねぇ? なぁんか友哉クンのスイッチ、入れちゃったようだけどぉ?」
「スイッチ? いったいなんの事を言ってるのかな」
麻莉子と桐生の視線が絡みあった。
(この流れってば、いったいどーなっってんの!?)
そうして、私が精神をすり減らしたお昼休みも、ようやく終わってくれた。
教室には、いつもと同じように午後からの時間が流れている。私たちの関係は、表面上では何も変わらない体を装いつつも、友哉VS桐生の図式は先ほどの学食での出来事を皮切りに、一気に表面化してしまった。
(そして……麻莉子VS桐生も、同時に勃発したんだろうか?)
いつのまにか私だけが、何もわからないままで取り残されている。
(友哉と桐生の険悪な感じを、麻莉子はずっと感じていたのかなぁ)
私だけが、友哉と桐生の関係がおかしいと気付いていたように思っていたけれど、そうじゃなかったのかもしれない。
でも……知ってたのなら、なぜ麻莉子はあの場面で、友哉の横に座ることを勧めたんだろう。
もう一つ。後から振り返ってどんなに検討してみても、どうしても理解不能な事が残っている。
(友哉は、いったい桐生のどの言葉に反応したわけ? 何か気に障るような事、桐生は言ってたっけ?)
桐生が、友哉に向かって直接何かを話しかけたという事実はない。
そして、友哉が席を立ってからの、麻莉子のあの豹変ぶりはどう理解すべきだろう。
(あああーーーーーーっ!!!)
私の頭の中は、ウニのようにどろどろになりそうだった。映画撮影と知らされずに、一人でクローン人間に立ち向かっていた、少し前の自分の姿を思い浮かべる。
「また、あたしだけが一人、何も知らないまま、何も分からないままで物事が進んでいってるってことっ!?」
はぁぁぁ。
私の口から大きなため息がひとつ、思わず漏れ出た。