第1章 1月(4)
ごく普通の学園生活、そろそろ直接的な事柄が起こり始めて、少しずつお話が展開していきます。
小春や麻莉子・友哉は、今回どんな面白い事をしてくれるのでしょうか? 最後まで星杜学園生活、お楽しみ頂ければと思います^^
「で、小春ちゃぁん。今日の放課後はぁ、2年生の化学部部長の青山先輩を見に行くよぉ。うーーーん……じゃあついでに、部室の近い2年生の柊先輩も見てくるかなぁぁ」
「小春ちゃーん。今日は、3年生の登校日だからぁ、お昼休みにちょっと3年生の棟まで行って、のぞいてこようねぇ。大丈夫、大丈夫。みぃんな3年生のスケジュールは把握してるからぁ、女子生徒たちがキャーキャー言って群がってるはずだよぅ」
「小春ちゃん、今日からはぁ、運動会系の部活に所属している候補者の男子生徒のチェックに入るからねー」
「小春ちゃん……」
「小春……」
連日こんな調子で麻莉子に引っ張り回され、あちこちの男子生徒を見てきた私だったが、麻莉子のお陰というべきなのか、なんとか自分の意思でチョコを入れる相手を決められそうな気になってきている。
最初はちっとも興味のなかった『バレンタインチョコレート祭』だったが、遠目からでも眺めているうちに、ミスター星杜に投票されただけあると納得できる男子生徒が多い事も知った。それは私にとって大きな収穫でもあった。波原小春、なんせ色恋とは無縁の人生なのだ。
そしてもちろん、中には桐生なんかを筆頭に鼻もちならないヤツもいた。毎日、桐生見たさに、我がクラスにも女子生徒たちがわんさかと押しかけてはきていたが(多分、友哉も同時に見たかったとは思うけれど、友哉はお昼休みに限っては、いつも不在)、桐生は、自分を見るために女子生徒が来ている事を分かってながらも、あえて無視していた。いや、もちろん他の候補者の男子生徒たちだって、無視してると言えば無視してるわけではあるんだけど……でも、桐生が知らんふりしている姿は、どうにもイヤミに見えたし、腹立たしく感じて仕方なかった。
(やっぱり、あたしの方に問題があるのか……)
桐生との中学時代からの確執は、そう簡単には消えてくれなかったという事なんだろう。
そして、その小事件は、そんな中で起きた。
「小春ちゃん、小春ちゃ~ん、はっやくぅ~」
学食で、麻莉子が注文したメニューが乗ったトレーを手に、私を呼ぶ。そして、そんな麻莉子の隣には、友哉の姿も見える。
「友哉、麻莉子~、今行くから、席とっといて~」
今日は、友哉と麻莉子と私の3人で、学食でお昼を食べる事になっていた。どこでどうなったのかは分からないけれど、麻莉子がなんとかしてくれたんだろう。久しぶりの3人での昼食に、私も気持ちが弾みまくっている。
「ハーイ、小春さん。ちゃんと待ってますからね~」
友哉の声だ。
(やっぱり、3人一緒でなくちゃお昼ご飯もおいしくないよね!)
自然と笑みがこぼれてしまう。
(なんだろう、遠距離恋愛の彼氏に久しぶりに会った時って、こんな気持ちなんだろうか)
なんて、柄にもない事まで考えちゃったりして、自分で自分がおかしい。
「おまたせーーーー」
私は、2人が席取りをしてくれた場所に座る。
「ほぉんと小春ちゃんはぁ、大盛りとかだから時間がかかりすぎぃ。ねぇ、友哉くんもそう思うでしょぉ~?」
「いいんですよ、麻莉子ちゃん、これで。だって考えてもみて下さいよ。もしも小春さんが小食になんてなったら……どうです? 心配になりませんか?」
「ん~~~~、確かに、そうだよねぇ~。あんまり食べない小春ちゃんなんて、小春ちゃんじゃないもんねぇ~。そうなったら麻莉子、小春ちゃんが病気になっちゃったかと思っちゃうよぅ」
「そうなんですよ。小春さんはモリモリ食べてこその小春さんなんですから」
まったくこの2人は……。2人が揃うと、私はダシにされる運命にあるらしい。
「あんたたちねぇ。いったい人をなんだと思ってるわけ? まったく失礼にも程があるわ。こんなうら若き乙女をつかまえてさ」
そうして、3人でくすくすと笑い合う。
「それじゃ、いい? いっせいのー」
「せ!」
「「「いっただきまーーーーっす」」」
私たちが、そんなふうにくだらない会話を楽しみながら、それぞれが注文したメニューを食べ始めた時だった。
「ここ、席空いてるんなら座ってもいいか?」
一人の男子生徒に声をかけられて、瞬間、場の空気が固まった。食堂はごった返していて楽しげな声でざわついていたし、テーブルのそばを行き来する生徒も多かったりで、声を掛けられるまで、私はその生徒に注意を払っていなかった。でも、その声を耳にした私たち3人は、その声の主が誰であるかも同時に理解した。
4人席を陣取っていた私たちのテーブルは、確かに1席分空いているわけで。
一番先に、自分の周りの温度を下げたのは、疑いなく友哉だった。今まで楽しく話していたというのに、一瞬にして能面のように表情をなくしている。麻莉子も、なんとなくそんな友哉の様子を理解したのか、何となく気まずそうに見えるし、もちろん私だって内心ではこれ以上ない程にヒヤヒヤしていた。
が、ここはやはり、薄々事情を察している私が口を開かないとダメだろう。思い切って当人の顔を見上げて言葉を発する。
「あっ、あの桐生。その……桐生も今日は学食でお昼なんだ……。その、あの、ね。席ね、そう席なんだけど、この席は空いてるっていうか、空いてないっていうか……」
声をかけてきた相手は、なんと桐生だった。私は、すっかりしどろもどろで嫌な冷や汗まで出てきそうな勢いだ。
新学期が始まってからこの方、この2人の間に険悪な気を感じている以上、決して同席させるわけにはいかないだろう。
(何が起きるか分からないんだから!)
どうしたらいいものかと考えながらも、あたふたすることしかできない私の前では、友哉が食事の手を止めたままで、うつむいている。
(だいたい空いている席って、友哉の隣の席じゃんよ)
その時だった。
「あーーーっ、桐生くぅん、座る席が見つからないのぉ~? いいよ、いいよ、そこに座って、座ってぇ。困ってる時はお互いさまだもんねぇ~」
麻莉子がそう言いながら、にこにこ顔で、友哉の隣の空席を指差して、桐生に勧めるではないか。
(えぇぇーーーーーーっ!??)
友哉の肩がピクッと上がったのを、私は見逃さない。
(まっ、まっ、麻莉子ぉ。あんたには、目がついてないのっ!? 見て、友哉の様子に気付かないわけーーーー!??)
「すまん。悪いな、邪魔して」
そして桐生も、そう返事を返しながら、しれっと友哉の隣の席に着いてしまう。
(きっ、きっ、桐生も桐生だよ! 邪魔して悪いと思うんなら、こっち来んなっての! 気の読めるアンタだったら、友哉の感情だって分かるでしょーに! なんでわざわざそばに来る必要があるわけ!!!?)
しかし、これから容易ならざる状況に向かおうとしている時にあっても、とりあえずの平静さを装えた自分を誉めてあげたいと、私は思う。
「あっ……そ、そ、そうだよね。席がみつからなかったら……し、しょうがないよねぇ」
隣に座った桐生と友哉の間の空気が、マッハで凍りついたのが見えた。……ような気さえ、私にはしていた。
「あっ、あはは、はは……。とっ、友哉、あのさ、しょうがないよね。桐生はクラスメートだし……」
どうにも言葉が上滑りしている。なのに、麻莉子ったら、相変わらずの感じで。
「あーーーっ、桐生くんのってぇ、それ、もしかして、もしかしてぇ、星杜定食ぅ?」
(麻莉子、もしかしてぇ、なんて言ってる場合じゃないんだってば!)
先ほどから、なんとか麻莉子に気付いて欲しくてサインを頻発しているというのに、麻莉子には何一つ届いてないようだった。
(麻莉子……(涙))
「あぁ、そうだ。女子が好むメニューだから、注文するのが少し気恥かしかったな」
「だよねぇ~。それじゃぁ、桐生くんが今度星杜定食を注文する時にはぁ、麻莉子が助けてあげてもいいよぅ~。うんうん、この星型の五色のおかずが、すんごく可愛いんだよねぇ~。栄養のバランスも良さそうだもんねぇ~」
麻莉子の会話はとどまる事を知らない。
そして、どんどんと天井へ向かって延びていく、2人の間の凍りついた空気。
(桐生。まさか、感じてないとは言わせないんだからね!)
だが、しかし。友哉の前ではうかつな事は言えない。
会話が弾んでいる麻莉子と桐生を横目に、私と友哉はずっと金縛り状態が続いていた。