第1章 1月(2)
少し、今回のお話しが見えてきます。
さて、この人間関係、いったいどうなります事やら……(笑。
顔を合わせて話す分には、友哉はこれまでと何も変わらなかったが、相変わらずお昼休みになると友哉はそそくさと教室を出て行く。手には何やら紙袋を下げているので、その中にはお弁当が入っているのかもしれない。
(友哉……なんで突然一人でお弁当を食べるようになったんだろう。桐生と何かあったんだろうけど、それとお弁当を一人で食べることにどんな繋がりがあるものか……)
友哉の後をつけようと思った事が無かったといえばウソになるが、でもそれは決して私の本意ではなかった。本人がわざわざそうしている以上、私たちに知られたくない事があるのは疑いのない事であって、それをほじくり返すような趣味など私は持ち合わせていない。
ただし麻莉子に関しては感知していないが、お昼休みに限って言えば私と麻莉子はずっと一緒に過ごしているので、麻莉子が友哉の後をつけるという機会は今のところ皆無といってよいだろう。
そんなある日の放課後、クラス委員から次のような発表があった。
「……というわけですので、女子生徒のみなさんは2月13日までの間によく検討して、エントリーされている男子生徒の誰にチョコを投票するかを決めて下さい。また、チョコを投票する際には、先ほど配りました『通し番号入りプレート』を一緒に付けることを忘れないようにお願いします。できるだけ、死にプレートを少なくするため、チョコ投票へのご理解とご協力を、重ねてお願いしまーす」
いつもの事ながら、私はろくに聞いちゃいなかった。麻莉子に聞けば、今の説明よりももっと詳しく教えて貰えることを知っているからだ。麻莉子も、そんな私の性格なんてとっくの昔に理解している。
「でぇ、麻莉子はどこから説明したらいいのぅ?」
前置きがなくて単刀直入なのもありがたい。
「さすがは麻莉子、わかってるなぁ」
「そんなの当然じゃないのよぅ。いったい何年小春ちゃんと付き合ってきてると思うわけぇ~?」
いやいや、麻莉子。私たちはまだ1年もお付き合いしていませんけど。
が、そんな事は関係ない。何年も友達でいたくらいに、麻莉子は私を理解しているって事なんだろう。
「もちろん、さいっしょからー」
麻莉子は軽くため息をつくと、話しを始める。
「小春ちゃんさぁ、せめて最初の方くらいは説明を聞いていて貰えると、麻莉子も助かるんだけどぉ」
「まままま、そう言わないでさ。で、さっきクラス委員が話してたのも、なんかの行事ってことなんでしょ?」
「何かの行事って……。はぁぁ~、小春ちゃぁん。2月13日とかチョコとかの単語が出てきたらさぁ、普通の女の子だったらピーンとくるもんだよぉ」
ちょっと呆れ気味の麻莉子。
「この波原小春が、普通の女の子とは一味も二味も違うなんて事、麻莉子は既に織り込み済みじゃーん?」
「うんうん、そうだったよねぇ。なんたって小春ちゃんだもんねぇ~」
「そうそう、なんたって私は波原小春!」
麻莉子は自重気味な笑いを漏らすと、最初からの説明を始める。
「星杜学園の伝統行事の一つでもある『バレンタインチョコレート祭』は、エントリーされた男子生徒の中から、全学年の女子生徒が一人一個ずつのチョコを2月13日までに、生徒会室前に設置された投票箱の中に入れて、それを集計してチョコ獲得数の多かった順に、星杜学園の人気男子学生の№1.2.3を決めるのぉ」
「やっぱまたお祭りかぁ~。本当にこの学園ってば、お祭り好きなんだ」
こう見えても、意外と私はそれほどお祭り騒ぎは好きじゃないし、第一、人気男子学生に誰が選ばれようとも、ちっとも興味はない。
「ん、もう、小春ちゃんったらぁ~。このチョコレート祭を楽しみに入学してくる生徒だってけっこういるんだよぅ?」
「へぇ~、そうなんだ」
それ以上、何の感想もおこらない、というのが正直なところだ。
「でぇ、不正などが起きないようにって、女子生徒には連番でプレートが手渡されてるわけなのぅ。プレート1枚につきチョコが1個!」
「……」
「あっ、小春ちゃんったらぁ。そんな面倒な事したくない、って、今思ったでっしょー?」
しまった、またもや顔に出たらしい。考えている事が顔に出るというところは、修正しておきたいと思いつつも、修正できないままに今日に至っている私の弱点である。
「う……ま、まぁ」
「ダメだよ、ダメダメ!! 麻莉子の目が黒いうちはぁ、そんな事、許しませんからねぇ~」
麻莉子は、こう見えて、実はお祭り大好き少女なのだ。いや、どう見てもそんな感じかもしれないけれど。
「小春ちゃんっ!」
「はっ、ハイッ! な、なんでしょう!?」
「人生はぁ~、楽しんだモノ勝ちなんだよぉ?? そんな受け身的な、やる気のない事じゃ死ぬ時にぜぇーーーったいに後悔するんだからねぇ~」
凄く良い事を言った、みたいな表情を麻莉子はしているけれど、実際問題として、麻莉子のやる気を出すところとは別の部分で、私がやる気を出して人生を謳歌しているということを麻莉子が知らないだけで……
もっとも、そんな事は口には出さないけれど。
「わかった、わかった。麻莉子、よぉーく分かったからさ。で、私は誰にチョコを入れればいいわけ?」
「だからぁ……。ふぅぅ。小春ちゃんはやっぱり分かってないよぅ~。チョコを投票する相手を、自分の目で見てぇ、確かめてぇ、自分で決めてこそぉ、このチョコレート祭を楽しめるってもんでっしょ~? 自分の押す男子生徒が、果たして女子の中ではどういう目で見られているのか、とかさぁ」
「はぁ。そういうもんですかねぇ」
「もちろんそうだよぅ。でね、ここが肝心なんだけどぉ、チョコレート祭にエントリーできる資格を持つ男子生徒ってうのは決まってるわけなのぅ。誰にでもチョコを入れれるわけじゃないんだよぅ」
「へぇ?」
「その資格を持つ男子生徒っていうのはぁ、去年の創立記念前夜祭でミスター星杜投票で名前が出た人だけに限られるのぅ」
≪ミスター星杜投票≫という単語を聞いて、創立記念前夜祭での発表で、生徒会副会長の藍原さんが2年連続でミス星杜に選出されて話題になった事を、私はちらっと思い出した。
「でも、ミス星杜と言えばぁ、小春ちゃんも惜しかったよねぇ。もうちょっとでミス星杜の座を射止めるところだったのにぃ~」
麻莉子が、その光景を思い浮かべてでもいるかのように一瞬遠い目をした。そうは言っても、実際のところは、その日からまだひと月も過ぎてはいないんだけれど。
「麻莉子、冗談はやめてよ。私が『ミス星杜』!? ホント冗談じゃないわ。それこそ歴代のミス星杜のみなさんに申し訳ないでしょう?」
「えーーーーっ、そうかなぁ、そうなのかなぁ~。麻莉子は、小春ちゃんが『ミス星杜』っていうのも悪くないと思うよぅ。小春ちゃんは背も高いし手足も長いから、見栄えするしねぇ~」
果たして麻莉子は、私が自分の身長が170㎝あることや、体重が64㎏あること(クローン人間事件が片付いてほっとした私は、冬休みの間、おばさんおじさん家で食っちゃ寝、食っちゃ寝しているうちに、あっと言う間に体重が増えていた)や、肩幅がこんなにガッチリしていることや、男顔であることなどに、多大なコンプレックスを抱いて生きているとには気付いてくれないのだろうか。自称「小春ちゃんと何年も付き合ってきた」という麻莉子なのに。
麻莉子は、この部分に関してだけは残念だと言わざるを得ない。
「そんな事はどうでもいいんだけど。要は、創立記念前夜祭で名前が挙がっていた人の中から一人決めて、チョコを投票すればいいわけね?」
「うん、そうだよぉ」
「だけど付き合っているカレシがいる女子は、別にあげたくない人にチョコあげるなんて興味ないだろうに、かわいそうだね」
「んんん。小春ちゃんってば、普段はぜぇんぜん気が回らないのにぃ、変なところだけは気になる人なんだなぁ~」
「すみませんね、普段は気が回らなくって」
「あっ。ごめん、ごめん。麻莉子、そういうつもりで言ったんじゃないんだよぅ~」
「わかってるってば」
この手の掛け合いは、私たちの間ではお約束のパターンなので、さほど気にはしていない。
「これは行事としてのチョコだもぉん、本命チョコとは何の関係もないんだよぅ。でね、集まったチョコたちはぁ、生徒会の計らいで、足長制度で入学してきた生徒で施設出身の生徒さんたちに分けられるみたいなのぉ。その生徒さんたち経由で、毎年出身施設に贈られるんだってぇ」
足長制度とは、なんらかの理由で両親が揃っていない、もしくは両親がいない生徒のために星杜学園で設けられている、優待制度みたいなものだ。授業料のある程度とか全額とかが免除になったり、成績優秀者にはお小遣いまで出るという噂もあったりする。
かくいう私も、足長制度で星杜学園に進学させて貰った生徒のうちの一人ではある。幸いな事に、小学校高学年の時に不慮の事故で両親を亡くした後、優しい親戚のおばさんの家に引き取られて、何不自由なく生きてこれたんだけれど。
「そうなんだ。チョコを施設の子どもたちにねぇ。それは……なかなか良いハナシだね」
「でっしょー? だから小春ちゃんも、しっかり参加してよねぇ」
麻莉子は、まるで自分の手柄でもあるかのように鼻息を荒くしている。
そして、最後に麻莉子はこう付け加えた。
「小春ちゃん、明日から小春ちゃんはぁ、麻莉子と一緒にエントリーされてる男子生徒巡りをするんだからねぇ~。あっ、そうそう。エントリーされている男子生徒の中に、友哉くんと桐生くんも入っているから、そこはチェックだよぅ」
――えっ!? 友哉と桐生も??