第2章 2月(11)
「星杜学園1年 波原小春 168㎝ 60㎏。 けっこう大食い!」の続編なので、当小説内で直接的にはわからないエピソード・人間関係が出てくる事がありますが、その辺りはご容赦下さい。
ということで、そろそろバレンタインチョコの投票日が近付いてきました~。小春は誰にチョコを入れるのでしょうか?^^
そんなこんなで、私のチョコを投じる候補者探しは振りだしに戻る、となった。及川先輩を恨んでいないと言えばウソになるけど、良い人生勉強をさせて貰ったということで、今回の件は私の中では有りにしている。思えば、ずいぶんと短い初恋(多分)期間だった。が、短い期間だったからこそ、こうして、すぐに笑う事もできているんだろうけれど。
翌日。
「あのねぇ、小春ちゃ~ん、聞いてよぅ。刻々と変化している各候補者のチョコ獲得数リサーチについてはぁ、麻莉子の右に出る人はいないって自負してるんだけどぉ~」
投票期日まであと残すところ3日。とりあえず私は、麻莉子と2人、残っている候補者回りを再開している。
「それはそれは、またたいそう熱心なことで。あたしに言わせれば、なんで麻莉子がそんなに情熱を傾けてるのか理解に苦しむところだけどね」
「ん、とぉ。それじゃぁ小春ちゃんにだけは、こっそり告白するけどぉ……。あ、でもこれはナイショだよぅ。実はねぇ麻莉子、友哉くんに相談されてぇ」
「友哉に相談?」
と、そこで私は先日見かけた光景をふと思い出す。
「えっ。じゃあ、もしかして図書室で麻莉子が、友哉となにか資料を広げながら話していたのって、チョコ獲得数の情報分析をしてたんだ?」
昨日の制御不能時に、既に2人が図書館でこっそり何かしていた事についてはぶちまけていたので、もう隠す必要もなかった。
「うわぁ~、小春ちゃ~ん。時々鋭いんだからぁ~」
時々というのは余計だろう、と突っ込もうとした時に、
「それがね……」
急に麻莉子の顔が曇ったので、思わずその言葉を飲み込む。
「ここだけの話なんだけどぉ……麻莉子のリサーチが正しければ、友哉くん……苦戦してるようでぇ」
そう言って、麻莉子は「はぁ」とひとつため息をついてみせる。
「苦戦?」
「うん」
「なに? 友哉、もしかして優勝狙ってたりするの?」
いやいやいや、そんな事はいつもの友哉からは全く想像ができない。私の理解が正しければ、友哉は、目立ったりとか、たくさんの女子生徒からちやほやされる事なんて、みじんも望んでいないはずなんだ。
「ううん、違うの、そういう事じゃなくってねぇ……。麻莉子のリサーチだと、今の段階で友哉くんにチョコを入れてくれる人があんまりいなさそうなのよぅ」
「そう……なんだ?」
「友哉くんねぇ、上位なんて狙っていないんだけどぉ、でも最下位はイヤみたいでぇ。もしかすると自分が最下位になるんじゃないかって密かに心配してるんだよねぇ。で、とりあえず麻莉子にリサーチを依頼してきたんだけどぉ、どうもそれが友哉くんが心配している通りの結果になりそうみたいっていうかぁ~……」
「つまりは、最下位……ってこと?」
麻莉子の分析ははたして的を射ているんだろうか。
「でも友哉は確か華道部のお姉さまたちに可愛がられてるって話しだし、けっこうチョコ入れてくれる人いるんじゃないの?」
「んーーーー、お姉さまたちに関してはぁ、どうやら違う候補者に流れそうな感じなのよぅ」
麻莉子は、いつのまにそんな詳細な情報を仕入れているのだろう。
(麻莉子、侮りがたし)
候補者に選ばれるというだけでも名誉な事なんだろう、なんて安易に考えていたけれど、候補者は候補者なりにいろいろと気苦労があるのかもしれない。
「そっか、なんだか微妙なんだね」
「そうだよぅ。いろいろあって麻莉子も大変なのぉ。もちろん麻莉子は、友哉くんにチョコを入れるよぅ」
「ふぅん」
麻莉子がなんで大変なのかはよく分からないけれど、麻莉子がそう言ってるんだから、大変なんだろう。
そして遅ればせながら、麻莉子が友哉にチョコを入れようと決めているってことは……純粋に私のためだけに、麻莉子は候補者回りをしてくれているのだと気付いた。
でも『友哉くんがかわいそうだから、小春ちゃんも友哉くんにチョコを入れてよね』なんて言わないところが、なんていうか……麻莉子の潔いところでもある。心の中でコッソリ麻莉子を見直す。
そんな会話を交わしているうちに、私たちは目的の体育館に着いた。
「じゃ小春ちゃぁん、まずはバスケ部からねぇ~」
バスケ部のイケメン。うん、盆栽部のイケメンよりも、なんてよくマッチする響きなんだろう
(一瞬胸がチクリと痛んだけれど、そんなことは気にしない、気にしない)。
決して個人的な恨みからの発言ではないので、私の名誉のために付け加えておきたい。
こんな感じで、チョコを投票するまでの残された日数、私は麻莉子と共に候補者回りで忙しい放課後になる。チョコを投票する相手選びがスタート地点に戻ってしまった事で、ちょっとだけ気が重くなってもいたんだけれど、決められない場合は、目をつぶって適当に投票箱の前でチョコを放り投げようか、なんて考えてもみたり。
またまたの放課後に、麻莉子。
「小春ちゃん、いぃい? いろいろあったから小春ちゃんがぁ投げやりな気分になるのも、麻莉子だって分からなくはないよぉ~。でもね、小春ちゃん、絶対にそういうのはダメ、ダメなんだよぅ。なんたってぇ、小春ちゃんの投票プレートはぁ……」
そこまで言った麻莉子が、慌てて自分の口を両手でおさえたのが目に入った。
「ん? あたしの投票プレートが何か?」
麻莉子にしては珍しく、非常にうろたえている。
(あれ? 確か前にも、あたしのプレートを見て、麻莉子、急に慌ててたよね?)
「あっ、えぇ~とぉ……ううん、なんでもない、なんでもないよぅ、小春ちゃん。そのぅ、あの……あっ、そうそう、そうだ、そうだったぁ~。麻莉子、これから友哉くんとぉ、最後の票読みをする約束してたんだったっけぇ。いっけなぁい、麻莉子ったらぁ、もうすっかり忘れるところぉ~。小春ちゃぁん、そういうわけだから、ごめんねぇ~」
とか何とか言って、急に回れ右して小走りで掛け出していく。
「麻莉子、ちょっと麻莉子っ! いきなりどうしたの、麻莉子ったら!」
麻莉子は、私の声が聞こえてるんだか、聞こえてないんだか、とにかく一目散っていう勢いで去っていってしまった。
(あやしい……。麻莉子、絶対に何か企んでる)
不審に思った私は、定期入れを取り出して、自分のチョコ投票のプレートを改めて眺めてみた。
「特に変わったところもないんだけどな」
長方形の小さなプレートに、表側には通し番号と、裏側には星杜学園を象徴する☆マークが中央に10個、5個2列で配置されている、ごくごくシンプルなデザインのプレートだ。
「なんだろ? これに何かヒミツでもあるってわけ?」
このプレートに威力がある事を私が知るのは、チョコの投票結果が発表される時となる(正確には、ちょっと違うけれど)。
もしも私が、その事を知っていたら、もう少し慎重になっていただろう。いや……、知っていても同じだったのかもしれないけれど。