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第2章  2月(9)

「星杜学園1年 波原小春 168㎝ 60㎏。 けっこう大食い!」の続編ですので、この小説だけ読まれている方には、ピンとこない内容も出てきますが、その際にはご容赦下さい。


今回は、いろんな意味でとてもかわいそうな小春かもしれません。友哉や麻莉子や桐生がいて良かった!^^

 2人を見て驚いている私の事など意に介さないかのように、麻莉子と友哉の2人は、及川先輩ともう一人の前に立ちはだかった。2人は、怒っていた。それはそれはひどく怒っていた。後にも先にも見た事のないような怖い顔で、麻莉子と友哉は、及川先輩たちと対峙していた。

「及川先輩、ですよね」

 友哉が尋ねる。部室内にいきなり飛び込んできた、顔も知らない1年生男女2人組に、及川先輩たちは驚いたようだった。

「あぁいきなり、びっくりしたよ。君たち、ドアはもう少し静かに開け閉めして貰えるとありがたいな。ここにある盆栽たちだって、今の音には驚いたと思うけど」

 及川先輩は先ほどとはうって変わって、私の知ってる優しい、いつもの及川先輩に戻っている。

「それはそれは、大変失礼しましたぁ~。先輩たちがぁあまりにも失礼なお話しをされていたので、こっちもぉ失礼な事をしても大丈夫なのかなぁと思っちゃいましてぇ」

「へぇ~、いったい何を言い出すのかと思ったら、下級生がいきなり上級生にケンカ売ろうっていうのかな?」

 もう一人の方が答える。が、その生徒の事は無視して、友哉が及川先輩に話を続ける。

「及川先輩、あなたには本当に盆栽の良さが分かってるんでしょうか? ぼくにはそうは思えませんけどね」

「な、なんだい、失敬だなぁ。僕の盆栽に掛ける情熱をバカにする事だけは、どこの誰であっても許さないよ?」

「それじゃ及川せんぱぁい。麻莉子たちも言っちゃいますけどぉ」

「波原小春という女の子の、かわいらしい部分も分からないくせに、彼女をバカにすることは、ぼくたち2人は絶対に許しませんから」

 麻莉子と友哉が、及川先輩たちにかみつく。


(友哉……麻莉子っ……。あたし、あんなひどい事、言ったのに……)


「波原小春? あぁ、そうか。君たちは彼女の友達なんだね。つまりは僕たちの会話を盗み聞きしてたってことなのかな? そりゃまた趣味が悪いんじゃないかな」

 麻莉子と友哉がいきなり侵入してきた理由を悟っても、及川先輩は動じる事もなく、淡々と話を続けている。

「僕たちは本人に向かって話してたワケじゃないし、親しい友人間でちょっとだけ感想を言い合ってただけじゃないか。それのどこが悪いんだい?」

「及川先輩がぁ、小春ちゃんの事をどう思おうとそれは勝手ですよぅ」

「だろう?」

「でもあなたは、小春さんの気持ちを知っていて、それを利用しようとしてますよね?」

「盆栽部の人気を上げようとしたのとぉ、あとは、チョコの獲得枚数を上げようとしたのとぉ」

「ん~~、そうだとしても、波原さんに実害はないと思うけどね」

「だって及川せんぱいったらぁ、小春ちゃんにぃ、期待もたせるような事をわざとしましたよねぇ~。朝も昼も放課後も部室に来てとかぁ、ダンスを教えたりとかぁ」

「波原さんは、そんな事まで君たちに?」

「いいえ、小春さんは何も話してくれませんでした」

「じゃ、なぜ君たちはそんなことまで知っているの?」

 及川先輩は、不思議そうな顔で尋ねる。

「情報通の麻莉子を舐めないでよねぇ」

「なんだい、それは? おかしな事を言う子だね」

 上から目線の及川先輩が、クスリと笑った。

「先輩ったらぁ~、いやみな性格ですよねぇ~」

 麻莉子も、一歩も引かない。

「とにかく。あなたは小春さんの気持ちを利用する一方で、小春さんの事を見下してもいた。それがぼくたちには許せないんですっ!」

 

 私はそれ以上は陰で聞いていることができなくなり、桐生の制止も振り切って部室に飛び込んだ。

「友哉! 麻莉子! もう、いいよ。あたしなんかのために……もう十分だから! 2人の気持ちだけで、もう十分だから!」

 及川先輩は私の姿を目にして、一瞬『しまった』というような顔をするも、すぐに元の顔に戻る。

「なぁんだ、波原さんも聞いてたんだ? 揃いも揃って、他人の話しを盗み聞きするような人たちばかりが、波原さんの周りにはたくさんいるようだねぇ」

 私の事はいい。私の事はいいけれど、友哉や麻莉子(ついでに桐生のことも)を悪く言うのは、先輩であっても許せない。

「麻莉子、友哉。あたしね、始めて説明会で及川先輩の話を聞いた時に、すっかり盆栽に興味が湧いてね。だから盆栽部に通っていただけで……あたし、何ともないから。今、言われてた事なんて関係ないし、別にどうとも思ってないから」

 それが嘘である事は、私の頬を濡らした涙が証明していたのかもしれないけれど、私は本気でそう思っていた。ところが、すぐに及川先輩が横から口をはさんでくる。

「波原さんさぁ、ここまできて今さら何言ってんの。波原さん、僕の事、好きなんでしょ?そんなの、すぐに分かったよ。っていうか、誰が見ても分かったんじゃないの? だから、そこのお友達2人も来たんだろうしね」

「え? あたしが……?」

 麻莉子が不安そうな表情で私を見ている。

「あたしが及川先輩の事を、好き……?」

「あははははは。それってカマトトのふりかい? ダメダメ、波原さん、似合わない事はやめなよ」

 及川先輩がそう言った時だった。


 『がしいっ!!』

 

 鈍い音が部室内に響いた。次の瞬間、及川先輩が頬を抑えて床に転がっている姿が私の目に映る。

「なっ、何をするんだっ!!」

 怯えたような目で、及川先輩が新しい侵入者を見上げる。

 そして、そこに立っていたのは。

「桐生!!」

「先輩。いくら先輩でも、言って良い事と悪い事がありますよ。その前に、人として言って良い事と悪い事の区別くらいは、つけてもらいたいもんですけどね」

 桐生の登場に、麻莉子がとても喜んでいるように見えた。

「うわぁ~、桐生くぅん、やっるぅ~。麻莉子、桐生くんのこと、見直しちゃったよぅ~。

はぁい、そういう事ですのでぇ、及川先輩はちゃあんと反省して、小春ちゃんに謝ってくださいねぇ」

 麻莉子が、及川先輩に謝罪を求めた。

「及川先輩、ぼくは盆栽のことは分かりません。でも、これだけは言っておきます。はつらつとして一生懸命生きる波原小春の魅力を理解できないあなたには、盆栽の中に、悠久の時を感じるだなんて言う資格はありません! あなたは波原小春の表面だけしか見れなかった。表面だけの薄っぺらな部分を見ただけで、波原小春を知ったような気になって、あんなにひどい事を言った。盆栽の1本の木の後ろに長い歴史を見るように、なぜ波原小春のその内側までも見てはくれなかったんですか。なぜ本当の彼女に触れようとはしてくれなかったんですか。彼女の気持ちを汲んでくれても良かったんじゃないですかっ!?」

 そう言った友哉は、床に転がったままの及川先輩に、毅然とした態度で手を差し出す。及川先輩はその手をはねのけると、自分でゆっくりと立ち上がった。

「紫月、俺もおまえに同感だ。先輩にはどうやらモノをきちんと見る目がないようだ。盆栽部の説明会も中止にして貰った方が良さそうな感じだな」


(なんで、なんで、あたしなんかのために……!)


「さぁぁ及川せんぱぁい、ここで小春ちゃんに謝ってくれますよねぇ」

 身長のさほど高くもない麻莉子が、自分よりもずっと背の高い上級生に向かってひるむ事なく詰め寄っている。

「う……」

 嫌な時間が過ぎる。

「あっ、あの」

 皆の視線が私に集まった。私は、及川先輩に向かって話し出す。

「あの……及川先輩。私の友達が、先輩を殴った事はどうか許して下さい。ごめんなさい。でも、桐生が殴らなかったら、きっとあたしが先輩を殴っていたと思います。そして、あたしが殴ったんなら、その時にはあたしは絶対に謝らないだろうと思います」

「……」

 及川先輩が、冷たい目で私を見ている。

(ひるむな、波原小春)

 私はお腹に力を入れて、より一層気持ちを奮いたたせる。

「あたし、自分の気持ちがよく分からないでいたみたいです。今の今まで、本気で盆栽を好きになってたんだって思ってました。盆栽の本もたくさん読みましたし、盆栽の知識はすごく増えました。でも……それは違ったんですね」


「小春ちゃぁん……」


「本当は及川先輩の事が気になって、及川先輩の事を好きになったから、及川先輩の好きな盆栽の事も好きなんだと……勘違いしてたんですね。バカですよね、あたしって」


「小春さん……」


「及川先輩が、あたしの事を女の子に見えないというのは、それはそれでしょうがない事です。人が感じたり思ったりすることを、止める事はできませんから」


「小春、これ以上はやめるんだ」


「及川先輩。あたし……あたし、もう盆栽部には来ません。そして、さっき廊下で盗み聞きした及川先輩たちの会話は、聞かなかったことにします。ここにいる友達にも、今日の事は口外しないように言うつもりです。だから、あたしの友達が、及川先輩に失礼な事を言ったことや、殴った事も忘れて貰えると嬉しいです」

「……」

「及川先輩、ありがとうございました」

 私は深々と頭をさげた。

「……は? なに、今更なんなの? イヤミのつもり?」

「たくさん盆栽の話をあたしに聞かせてくれて、あたしの知らなかった世界を見せてくれて、優しい言葉を掛けてくれて、本当にありがとうございました」


「小春ちゃぁぁん」

 麻莉子が泣きそうな声で私の名を呼ぶ。


「そして……そして……ありがとうございました。あたしに、ワルツを教えてくれて……」

 でも、それで限界だった。

 私はそのまま盆栽部を走り出た。及川先輩の前では泣きたくなくて。


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