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第2章  2月(8)

うーーーーん……

なんとも小春がかわいそうで。誰か、助けて下さい。

 桐生に引きずられるようにして、盆栽部の部室前までやって来る。すでに今日の説明会は終了したような気配で、私の耳は、部室内から聞こえてくる及川先輩を拾う。ついさっきまで低かったテンションが急に上がり始めた。

「あっ、あの桐生、あたしさ、やっぱりちょっと顔出そうかな。……と思うんだけど……」

 そう言ったところで、桐生にじろりと睨まれる。

「いいから、黙ってここにいろ」

「えーーーーっ! なんでよ!」

「しっ!」

 静かにするようにと人差し指を口にあてた桐生から、なおも睨まれる。

 及川先輩と話すことで、この滅入った気持ちがだんぜん晴れそうな気がするっていうのに、桐生はホント気が利かないヤツだ。

 心の中で桐生に向かって悪態をついている時に、ふいに私の名前が部室内から聞こえてきて、思わず全身が耳になる。及川先輩と誰かが話している声だと知ると、心臓がどきんとなった。


――「そういえば、1年の……波原って子だっけ? 今日は顔が見えなかったね」

――「ここんところ、朝も昼休みも放課後も、ずっと顔出してくれててさぁ」

――「そりゃ熱心な事だな。波原の目当ては純粋に盆栽なのか? それとも、不純に、おまえだったりとか?」

 及川先輩じゃない方が、下卑た声で笑う。

――「まぁ盆栽にも多少は興味あるようだけど」

――「ははーん、やっぱ及川狙いなんだ?」


(え? 及川先輩、狙いって……)

 心臓がひとつ、大きくドキンとはねた。


――「いや、別にそういった類の話はいっさいないから、はっきりとは分からないよ」

――「良いのか、そんな事言ってて。おまえ、りかちゃんには何て言うんだよ?」


(りかちゃんって、誰?)

 他の女の子の名前が出てきて、胸が苦しくなった。息を上手に吸うことができない。


――「特に何も。りかだって、仮に波原さんが盆栽部に顔を出してるのを知ったところで、別にどうとも思わないだろ」

――「だよなぁ。お前の好きなりかちゃんと、波原とじゃ、全くタイプが違うもんな」


(及川先輩の好きな……りかちゃん……)

 りかちゃん、りかちゃん……。頭の中が同じ単語で浸食されていく。


――「だいたい、波原さんって男前すぎるっていうか、映画ではなかなか勇ましくてかっこよかったけど、絶対に女性としては見れないタイプだよな」

――「おいおい。おまえをせっかく慕ってくれてる相手に対して、それはあんまり失礼な物言いなんじゃないのー?」

――「本人がここにいないんだから、別にいいんだよ」

 2人でクスクスと笑う。


(あたしは……女性としては見れないタイプ……)

 そんなこと、とっくに自覚しているし、分かっていたはずだ。なのに、どうしてこんなにも胸が痛いんだろう。物理的に痛いわけじゃないのに、胸が痛いなんて事があるんだろうか。


――「でもさ、波原さんって今、注目の的じゃん。そんな子が盆栽部の及川の元に通ってるってなれば、話題性は十分だろ?」

――「なぁに? おまえ、チョコの枚数を波原をだしにして稼ごうっての?」

――「盆栽部の宣伝だって兼ねてるんだし、別にいいじゃないか」

――「及川も、意外と腹黒だよなぁ。波原が今の話を聞いたら、泣くんじゃないか?」

――「あはは、波原さんが泣くって? 間違ったって泣くような事はないと思うけど」

――「たしかにな」

 そして、また2人で嘲笑。


 自分でこの場に私を連れてきたくせに、部室内から漏れ聞こえる会話を一緒に聞いていた桐生の顔は蒼白だった。

「小春……ここまで聞かせることになって、悪かった。でも、これで分かったろう?」

 胸がつぶれそうに痛くて痛くてしかたなかった。

「分かったって、何を?」

「いいか。及川なんてやつは、しょせんこの程度の男なんだぞ」

「おいか……わ先輩……、なんの関係が……」

 私は、大きく首を左右に振る。


――「波原に、りかちゃんの爪の垢でも煎じて飲ませてやれば、少しは女の子らしくなるのかもな」

――「おまえもハッキリ言うねぇ」

――「なに言ってるんだよ。俺は、及川の心の声を代弁して言ってやったんだぜ」

 

 頭の中が真っ白になる。及川先輩たちはいったい何の話をしているんだろう。

「もうこれで充分だな。辛い思いをさせて悪かった。行こう」

 桐生が、その場から立ち去ろうとするが、私の足は意に反して動こうとはしてくれない。膝がガクガクして歩けないのだ。これ以上聞きたくないのに、私の耳に2人の会話が入ってくる。


――「俺さ、1回だけなんだけど、特別大サービスで、波原さんにワルツを教えた事があったんだよね」

――「ワルツ?」

――「あぁ。体育でうまくワルツが踊れないって言うからさ」

――「組んで、踊ったんだ?」

――「そうなんだけど、波原さんってさ、ほら、なんたってガタイがいいから、どうにも男と組んで踊ってるような気がしちゃって興ざめだったよ」

――「確かに、間違っても男とは踊りたくないもんな」

――「波原さんと踊るのは、二度とゴメンだね」

 ガクガクと震えた自分の膝が、言う事をきいてくれない。


(なんで……? なにが、どうして……)

 2人の会話は、いったいどういう意味なんだろう。

 盆栽に魅かれて、盆栽部に通っているだけなのに、2人はなにを話をしているんだろう。

 なんの話をしているのかよく分からないはずなのに、この心が痛くて痛くてしょうがないのはどうしてなんだろう。

「及川……センパイ……? どうして……あたし、何か悪い事しましたか……?」

 思わず漏れた声は、かすれていた。目の奥がつーんと痛くなってきて、もしかしたら泣いちゃうんじゃないかと思った。


――「波原さんって人気あるようだけど、それって女性としての人気じゃないだろう?」

――「だな。イロモノ扱いっていうか」

――「賛成!」

 

 私の頬を涙が伝って落ちた。悔しかったからなのか、哀しかったからなのか、心が痛かったからなのか、その理由はみつけられない。私の涙を見た桐生の表情に、どんな意味が込められているのかさえも、その時には考えられなかった。

「小春、すまない。俺にデリカシーがなさすぎた。及川の正体がわかれば、さすがにおまえも、と思ったのが間違いだった……」

「正体……」

 桐生は、唇をぎりりと固く結び、ポケットからハンカチを取り出して私に差し出してくる。

「桐生……唇から血が……」


 そうして、次の瞬間。

 私は、自分の目の前にある部室のドアに手を掛けていた。

 ガラガラガラッ、バシィィーーーーン!!! 

 ひどく乱暴で、大きな音が響きわたった。


 のはずだったが、私が開けるはずだったドアを、実際に開けて部室内に飛び込んでいったのは、私じゃない別の2人だった。


「麻莉子!? 友哉っ!?」

 なんと麻莉子と友哉の姿がそこにあった。


(今のハナシ、2人とも聞いてたの……?)



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