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第2章  2月(6)

小春が、うきうきしています。アタタカク見守って下さい(笑。

 私は、放課後になるのが待ち遠しくてしかたがなかった。午後からの授業がいつにもまして長く感じられて、もしかしたら永遠に放課後が来ないんじゃないかと思うくらいに時間が過ぎるのが遅かった。とはいっても、必ず終わりは来るわけで。

 帰りのHRが終わると同時に、私はカバンを引っ提げて教室をいの一番に飛び出そうとして、慌てて麻莉子に声を掛ける。

「あっ、麻莉子、ごめ~ん。あたし、候補者回りはもうしなくてもいいから、これからは麻莉子一人で見て回って~。しばらく放課後は用ができたから~」

 麻莉子が何か言ってたような気もするけれど、ほとんど耳には入ってこず、私は言いたい事だけ言ってダッシュで教室を出た。

「ぼんさいちゃ~ん、ぼんさいちゃん、っと」

 盆栽の話を聞きに行くだけの事に、なぜこんなにも気持ちが弾むんだろう。

(あたしには、日本の美を理解する心というものが、麻莉子よりも多く備わっていたってことね)


 盆栽部の部室に着く。HRが終わると同時に掛け出して来たので、説明会に参加する生徒の中では一番のりだった。

 が、及川先輩は既に部室に来ていて、説明会の準備をしている。そんな及川先輩の姿が目に入った途端、私の心臓が急にドキンと跳ねる。

「あっ……あの、こんにちは!」

 私は、思い切って声をかけた。窓際に並べてある盆栽の鉢に向かって作業をしていた及川先輩がこちらを振り返り、扉のすぐそばに立っている私と目が合うと、少しびっくりしたようだったが、優しく笑いかけてくれた。

「や、これは波原さん。これまたずいぶんと早いうちから来てくれたんだね」

「え……と、そ、そうですよね。準備も終わってないうちから来られたって……困りますよね」

 自分のうかつさに、自分であきれてしまう。

「いやいや、そんなことないよ。波原さんのやる気が十分に伝わってくる」

「は、はい……」

ちょっとだけ気持ちが萎えそうになるが、及川先輩の次の言葉を聞いて、すぐに復活する。

「波原さん、せっかく早く来てくれたんだし、もしイヤじゃなかったら説明会の準備の手伝いをして貰ってもいいかい?」

「はいっ! あたしなんかでも大丈夫なら、喜んで!」

 どうしたことか顔面の筋肉が緩んでくる。誰かの役に立てるというのは、こんなにも嬉しいものなんだろうか。

「それじゃそんなところに突っ立ってないでさ、早く入っておいでよ。まずは……そうだな、この鉢を向こうのテーブルに移すのを手伝って貰うかな」

「はいっ! あたし、力仕事には自信あります!」

「波原さんって、女の子なのに面白い事を言うんだね」

 及川先輩がそういって笑う。私は、足取りも軽やかに部室に足を踏み入れた。


 部室内がざわざわしている。

「……と、今日はここまでにします。なお盆栽に興味のある方は、入部はいつでも受け付けていますから、遠慮なく、躊躇なく、どんどん申し込んで下さい。大歓迎します」

 どっと笑いがおきる。


――「及川先輩は好きだけど、盆栽はねぇ」

――「盆栽って見てると気持ちが和むよね。ちょっと興味でたかも」

――「盆栽部って及川先輩意外は……って感じでしょう?」


 口々に好き勝手な事を言いながら、部室からぞろぞろと女子生徒たちが出て行く。私も帰らなきゃと思いつつ、どうにも帰りがたくてグズグズと部室に残っていたら、結局他の人たちはみないなくなっていた。

(あたし、何してるんだろ)

 自分が何をしたいのか分からずにグズグズしていた私に、

「あれ、波原さん。帰らないのかい?」

 後片付けを始めていた及川先輩が、そう声を掛けてくる。

「いえ、帰るんですけど、今、帰ろうと思ってて……あっ、あの、及川先輩!」

「うん?」

「それ片付けるの……あたしも手伝おうかな、なんて」

 及川先輩は、ちょっと面喰ったような顔をして、でもまた優しく笑いかけてくれた。その笑顔を見て、私の心臓がまたもやドキンと跳ねる。

「おやおや、ありがとう、波原さん。そう言って貰えると助かるよ。お言葉に甘えようかな」

「は、はいっ! お言葉に甘えちゃって下さい!」

「あははは、やっぱり波原さんは面白い人だ」

 声を出して笑う及川先輩の横に並ぶと、私は盆栽の鉢を窓際に移す作業に取り掛かった。

 

 それほどたいした作業でもないので、後片付けは簡単に終了してしまい、私たちは部室を後にする。及川先輩と数歩でも一緒に歩ける事が、なんだか嬉しくてたまらなくて、そして私の心臓もドキドキしている。

「波原さんは、盆栽の魅力に取りつかれそうになってるようだね」

 及川先輩に問いに答えようとして、慌てた私は一瞬喉がつまりそうになる。どうしてなのか、口の中がカラカラだった。

「はい。あの……昨日の夜、及川先輩が選んでくれた盆栽の本をベッドの中で一生懸命読んでて……でも……眠くて、途中で寝ちゃったんですけど」

「そっか、でもすぐに読み始めたという点では、その意気込みは十分に伝わってくるよ。で、読んでみてどう感じたのかな? 僕が話すよりもずっと良く盆栽の魅力を知る事ができただろう?」

 まっすぐ私を見ている及川先輩の視線が、どうにも気恥かしい。私は思わず下を向いてしまう。

「えっ? いえ、あの、及川先輩の説明は本当に分かりやすくて……その、先輩の説明でよく分かったからこそ、盆栽の事をもっと知りたいと思えたっていうか……」

 どうも、おかしい。

 どうみたって、はっきり物言いのできない私は、ちっとも波原小春らしくない。

「そうかい? お世辞でもそう言って貰えると嬉しいな」

「お世辞なんかじゃありません!」

 はっきり言えないと思えば、急に強い口調になったり、自分で自分をうまく制御できていない。

(なんなんだ? 私??)

「ははは。それはありがとう」

「い、いえ……」

 そして、気恥かしさで、また俯く私。

「波原さん、良かったらさ、これからしばらくの間、説明会のお手伝いをお願いしてもいいかな?」

「え?」

「そうすれば、波原さんにもっとたくさん盆栽の魅力について話をする時間が持てるしね」

 目の前がバラ色になった。なぜバラ色になったのかは分からないけれど。

「い……いいんですか!? あたしなんかで!?」

「もちろんだよ。そんなふうに嬉しそうにしてくれる波原さんを見てたら、盆栽の魅力を死ぬほど語りたい気持ちになってくるよ」

「そ、そ、そうですか。あたしも、たくさん盆栽の魅力について聞きたいです!」

 及川先輩が嬉しそうににっこりと笑い、及川先輩のその笑顔を見た私の頬もゆるんだ。

(波原小春、盆栽職人になるっ!)


 嬉しいと思う気持ちに理由なんてない。ただ心が嬉しいから嬉しいんだと思う。

 私は、盆栽部に入部する気持ちになっており、及川先輩が、盆栽の世話をしたり愛でたりするのに、朝早くから部室にいる事や、お昼休みも放課後も部室に顔を出している事を知ってからは、私も朝、お昼休み、放課後と部室に顔を出すようになっていた。

 本当に毎日が楽しくて楽しくて仕方がなかった。

 

 そうしているうちにも、バレンタインのチョコを投票する刻限の日が近付いている。

 及川先輩にたくさんお世話になっている事もあって、感謝の気持ちをこめて及川先輩にチョコを投票しようと心に決めていた。

「あたしがチョコを入れたって事は、及川先輩には分からないんだし、深い意味はないしね」

 何の興味もなかったチョコ祭を、いつのまにか楽しみにしている自分がいた。


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