第2章 2月(4)
「星杜学園1年 波原小春 168㎝ 60㎏。 けっこう大食い!」の続編なので、当小説内で直接的にはわからないエピソードも出てきますが、ご容赦を。
今回からは、これまでとは違ったテイストの事件が起こります。楽しんで頂ければ^^。
バレンタインチョコレート投票?候補者たちを巡る放課後も、もう残すところもあと数回になり、今日もノルマをこなすべく、麻莉子に連れられて候補者の男子生徒を見にいく予定である。
「小春ちゃ~ん、今日はこれから『盆栽部』の及川先輩を見に行こうと思うんだけどねぇ」
「盆栽部……?」
「そうなのぅ、盆栽部。高校に盆栽部があるなんて、星杜学園くらいだよねぇ~」
麻莉子は、面白そうにそう話す。
「盆栽部にいるイケメン男子生徒……盆栽部のイケメン……。だめだ、想像できない。あまりにもイメージがかけ離れている……」
盆栽なんて、おじーちゃんが日がな縁側で、鉢に水をやりながら眺めているみたいなイメージしか私にはない。
「まぁいいや。そんな部があるだなんて、今始めて聞いたけど、とにかく麻莉子、よろしく頼むわ」
すっかり候補者巡りにも慣れた私、盆栽部だろうが何部だろうが、別にためらう理由もない。
「でもぉ、小春ちゃーん。今日はちょっといつもと趣向が違ってねぇ~」
「趣向?」
「うん。あのねぇ、及川先輩ねぇ、自分が候補者に入ったのを、うまく部紹介の活動にしようとしててぇ、自分を見に来る女子生徒への盆栽部の勧誘をしているみたいなのぉ。放課後に毎日盆栽部の説明会みたいなのをやっててぇ、それの参加が必須らしいよぉ」
「盆栽の説明会?」
もちろん盆栽になんて興味はまったくないけれど、参加が必須というのであれば、ちょっとくらいは説明を聞かねばならないだろう。
私たちが足を運んだ盆栽部の部室には、もう既にそれなりの人数の女子生徒が着席している。
「けっこう来てるね」
「そうそう~。麻莉子の情報によるとぉ、及川先輩ってけっこうコアなファンがいるようでねぇ。毎日来てる人もいるみたいよぅ~」
(盆栽部のイケメン……)
やっぱり、どうしても私にはイメージが繋がらない。
見ると、部室の黒板前には机が並べてられていて、机の上にはいくつかの鉢植えが置いてあった。まぁこうして眺める分には、たしかに悪くないとは思うけど、青春時代を盆栽に捧げるっていうのはどうなんだろう? 若い時にしかできないようなモノに取り組んでもいいんじゃない? なんて思っていると、一人の男子生徒が、鉢の置かれた机の前に立った。
見に来ていた女子生徒から、少しざわめきが起こる。
「小春ちゃん、来たよ、来たぁ。あの人が、及川先輩だよぅ」
麻莉子が私の耳元でささやく。
「えー、みなさん、こんにちは。僕が、盆栽部の及川紘一です。今日も少し盆栽の魅力についてみなさんにお話しできれば良いな、と思っています。盆栽は、緑のアートとも呼ばれていまして、その紀元は古く唐王朝の時代にさかのぼります。則天武后の息子の墓に盆栽の絵が描かれていたのが一番古い発見とされています」
「小春ちゃ~ん……なんだかぁ、いきなり本格的に始まったねぇ~」
「小さな盆の中に、山水の情景を再現したものと言われていますが、日本へは平安時代の末頃に伝来してきました。平安時代の貴族たちが、同じく山水の景色をめでていたようですね。えー、山水とは、悠久の時を感じさせる理想郷のことをいいまして……」
「麻莉子、なんだかつまんなぁい~。小春ちゃん、及川先輩の事、ちゃんと見たぁ?」
「そういうわけで、盆栽には悠久の時が宿るものであり、盆栽を眺める時に、その悠久の時を感じることができるのです。ここにある盆栽は、代々星杜学園に伝えられてきているもので、一番古い盆栽で樹齢90年くらいになります。隣にあるのは、樹齢でいうと20年くらいですが、それでもこのように樹齢に関係なく古さを感じさせる盆栽を、古色があるといって……」
「ねぇ、小春ちゃん、なんでみぃんなマジメに盆栽の説明なんか聞いてるんだろぉ~。ねぇ、小春ちゃん、小春ちゃんってばぁ」
「この枝を見て下さい。一本の枝なのに、白い部分と茶色い部分がありますね。実は、この白い部分は枯れてしまった部分なのですが、放っておくと腐ってしまうものを丁寧に手をかけることで、このように白い枝にしていきます。この白い部分を『舎利』と呼び、生きている茶色の幹の部分は『水吸い』と呼びます。一本の枝にこの舎利と水吸いが見られる枝は大変珍重されていて……」
「もう麻莉子ぉ、何話してるんだか、分からないよぅ~。小春ちゃん、もう出ようよぉ、次行かないとぉ」
「盆栽を見る時に必要な心構えとしては、一本の木の背後に広がる景色を見ようとする必要があります。その木が本来生えていた大地の様が、盆栽の中のその一本の木にも見えるのです。例えば写真に映っているこの盆栽ですが……」
結局。
私と麻莉子は、及川先輩の説明会なるものに最後まで残った女性生徒の中の2人となっていた。
「もう小春ちゃんったらぁ、全然麻莉子の話に返事してくれないしぃ、小春ちゃんが帰るって言わないからぁ、結局最後まで残っちゃったじゃないよぅ~」
「……」
「今日はぁ、他にあと2人も見に行く予定だったんだよぅ? これは明日、少し早回りで見て回らないとならなくなっちゃったなぁ」
「……」
「ねぇ小春ちゃん、小春ちゃんってばぁ! もう説明会は終わったんだよぅ。麻莉子の話、聞いてる? ねぇ小春ちゃぁん!!」
「……」
麻莉子の声はもちろんずっと私の耳に届いてはいた。でも私は、及川先輩が話してくれた盆栽の説明を、一言一句もらすまいと全神経を集中して聞いていたし、終わった後も、その説明を繰り返し思い出していたために、麻莉子の話しは右から左に抜けていた。盆栽の話しに、あまりにも集中し過ぎてしまって、まわりの事が何も分からなくなってしまったのだ。
「それにしてもぉ、小春ちゃんが盆栽にあんなに興味を示すなんてぇ、麻莉子、思いもよらなかったよぅ~」
この日が、波原小春、制御不能事件の始まりだった。