第九話 アメリアの賭け
森へ入って1分ほど歩いたところで、そろそろ作戦を開始することにした。
まずは、よほどの馬鹿共じゃない限り、村の門を見張っている連中が居るだろうと思い、声を掛ける。
「お~い、居るのは分かっているんだ見張りの人、こっちは子供1人だぞ~、出てきなよ」
すると、木の陰から3人の男たちが出てきて
「へぇ~小僧1人か、やはり今のあの村には人手が居ないようだな」
「そうみたいだな」
と口々に話し、俺の下までやってくる。
「さてと、あんたたちが盗賊団の見張り役かい?」
と大胆に聞くと、相手は軽く笑いながら
「そうだぞ、と言ったらどうするんだ?」
と言い終わる前に俺は棒を一閃させ、そいつの意識を刈り取る。
すると残りの2人は無言で剣を抜ききりかかってくるのだが、この程度の腕では俺の敵じゃない。
棒を操り小手と巻上げで、2人の剣を取り去ると、胴を薙いで沈黙させた。
短時間の戦闘で済んだため、ほとんど音を出すことなく片付ける事ができたので、そのまま物見櫓で見た光の位置へと向かう事にする。
村の近くと言う事もあり、この森の事を良く知っている俺は迷う事もなく、一直線に目的地へと向かう事ができた。
目的地に着く途中の道で俺はお目当てであった集団と遭遇する事ができた。
やはりと言うか、予想通りというか・・・やつらは車輪つきの4メートルほどの高さがある櫓型破城槌を曳いていた。
あんなもので門を攻撃されたら、門が破壊されるのは時間の問題だろう、あいつを何とかしなければと思いつつも、どうしたものかと思案する。
あの櫓型破城槌を何とかする手段として、最も簡単なのは火だ。
火で燃やしてしまえば、使い物にならなくなるが、おそらくその対策として、上層面にたっぷりと水を掛けしみこませてあるだろうと簡単に予測できる。
次に、考えられるのは、車軸を壊して移動手段を潰してしまう事だ。
さすがにあの大きさならばそれなりの重量があるだろう、とても人間の手でもって運ぶ事が出来るとは思えない。
しかし、どちらの手段をとるとしても、あの集団の中に突っ込み、櫓型破城槌の近くまでいかなければならない。
ざっと見たところ、盗賊?の集団は40人~50人はいる。
これを掻い潜ってあの櫓型破城槌の下にたどり着く事を考えるなら、正面から襲い掛かって、森の奥に引きずり込んで決戦した方がいいかもしれない等と考えていると、先程俺が倒した見張りの3人が盗賊たちに合流してしまった。
おそらく、先程俺に襲撃された事を伝えたのであろう、盗賊たちに緊張が走り、辺りを警戒するようになった。
これで完全に奇襲の目がなくなってしまった。
あの見張りを失神させるだけでなく、縛り上げるか、殺しきるかしておけば、このような事にはならなかったであろう。
中途半端な攻撃がこの事態を招いた事を俺は深く後悔した。
しかし、後悔している間にも彼らが村に近づいており、このままいけば後数時間で村に着いてしまうだろう。
反省は後でするしかないと気持ちを切り替え、正攻法で切り崩しに掛かるとする。
「とりあえず、お前で最後だ!」
の掛け声と共に集団から引き剥がした最後の1人を棒でぶちのめすと盗賊は吹き飛んで木の幹に激突して気絶する。
「2・4・6・・・10人か・・・次はどうするか・・・」
と呟き、俺の挑発に乗って引き剥がし倒した人数を数えた。
俺が考えた正攻法とは、彼らの真正面に出て、挑発をした後、本隊と引き離すべく逃走する。
すると、必ず俺を追ってくるやつらが出ると思ったのだが、案の定ここで寝ている10人が追いかけてきたのだった。
それを森の中で少人数に分断し、各個撃破したわけだが問題は次だ。
次も同じように、引き釣り出せるかどうかは微妙だ。
やつらも馬鹿ではないなら、分散する事の愚かさを一回で分かるはずだ、そうなるとこのまま固まったまま村の門の前までたどり着かれてしまう。
それだけは避けなければならない俺としては、賭けに出ざるを得ない。
相手はならず者の盗賊とは言え、30人以上を相手に棒一本か・・・
「アッハッハ」自分の思考が一瞬暗くなってしまったのを笑い飛ばした。
この程度の事ができなくて商人に成れるわけがない。
そう思い、棒を握る手に力を込めると、俺は彼らの真正面へと躍り出る。
「ウラァッ!」と俺の気合を込めた一撃で3人ほどが吹き飛ぶ。
剣で受けようが関係ない、ただの鉄でできた剣程度では俺の攻撃を受け止めることなど出来ようもない。
棒を一振りするごとに盗賊の人数を減らし、俺は櫓型破城槌へと近づいていく。
ときおり、矢と魔法が飛んでくるが、ピンク鉱石で作られた棒は全てをはじき返す。
そしてついに櫓型破城槌の下へとたどり着き、馬と櫓型破城槌の結合部分を一撃で叩き壊す。
その衝撃で驚いた馬が暴れるので、ナイフで馬のタズナを切ってやり、逃がしてやる。
これでおそらく、櫓型破城槌を簡単に運ぶ手段がなくなった。
しかし、まだ人力で押すと言う手段が残っている以上終わりではない。
既に盗賊で立っている者は10名もいないが一応周りを牽制しながら、車軸に油を振りまき、火を掛ける。
「クソッ!」「何しやがる!」等と盗賊たちから声が上がるが俺はお構い無しに、彼らを睨みつける。
何とか火を消そうとこちらに群がってくる盗賊共をいなしながら、車軸が燃え脆くなるのを待つ。
木で出来た車軸に十分火が回った事を確認し、最後の一撃とばかりに棒を叩き込むと、火によって脆くなった車軸が崩れ同時に櫓型破城槌が傾く。
巻き込まれないように距離をとり、櫓型破城槌が完全に倒れたのを確認し、その場を離れ、村へと向かおうとすると、何人かが喚きながら打ちかかってくるが、棒を一閃しなぎ払うと、一目散に村へと向かう。
森の小路を出て、村の前まで来ると俺を待ち構えている一団があった。
その一団は最初に俺が引き剥がした一団に、先程叩きのめした連中のうち何人かが合流した一団のようだった。
「オイ小僧!よくもやってくれたな」
「ハッ!クルド師匠やガザル師匠が居ない間を狙ってくるようなコソ泥が何を言ってやがる!」
「随分と生意気な小僧だ、これ以上逆らうなら残った村人を皆殺しにするぞ!」
「へぇ~やれるものならやってみな、俺が居る限りそんなことはさせねぇよ!」
と言って棒を構えると
「そいつはどうかな!」
と言って小さな人影を後ろから蹴りだす
「キャッ!」と言って倒れた人影は・・・アメリアだった。
「アメリア、何やってんだこんなところで!」
「オイ小僧、このガキがどうなってもいいんだったらかかって来いよ!」
そう言いながら、地面に倒れこんだアメリアに剣を突きつける。
「トリオ!あたしは平気だから戦いなさい!」
と気丈にも声を上げるアメリアだったが、その声を聞いて、突きつけていた剣が少し動く。
「グッ!」と言う何かを我慢するような声がアメリアから上がるのを見て、俺の中の何かが「プツン」と音を立てて切れる。
アメリアに剣を突きつけているクズ野郎と俺の間の距離はおよそ10メートル。
一足の間合いで俺はその10メートルを詰め、それまでは人に使う事は決して無いだろうと思っていた、俺の最高の攻撃である、螺旋突きを盗賊の喉下に放っていた。
突かれた盗賊は俺の突きを受けながらも吹き飛ぶ事は無く、喉元に穴だけ開けて倒れこむ。
「キャアァァァ!」とアメリアの悲鳴が上がるが、俺はお構い無しに、盗賊共を打ち倒す。
骨が折れる音、肉が砕ける音が暗い中で響き渡り、次々と盗賊たちが倒れていく。
その場に立っている者が俺1人になった時、アメリアの「もう止めて、トリオ!」と声が響き俺はようやく止まる事ができた。
そして、すぐにアメリアの下へ駆け寄り、彼女の縄を解き、傷の確認をする。
既に出血は止まっていたが、首筋に一筋の傷が出来ていた。
それを見た瞬間、俺は激しい後悔に襲われ、アメリアにDO・GE・ZAしていた。
「すまない!俺が最初からこうしていれば、お前に傷をつけることなんかなかったのに」
そう言うと、アメリアは月の光を受けながら
「できたじゃない・・・クルドさんから聞いていたわよ、トリオの欠点・・・」
「え?おまえ・・・」
「やっぱりトリオはダメダメね!あたしが危なくならないと本気出せないなんて!」
「お前まさか、わざと捕まったのか?」
「あ、当たり前でしょ!私があんな連中に本気で捕まるわけないじゃない!」
それを聞いた瞬間、激昂した俺は思わず
「ふざけるな!」
と言ってアメリアの胸倉を掴んでいた。
「な、なによ!あんたの欠点を直すためにしたんじゃない!」
「お前な!自分が死ぬかもしれないって考えなかったのかよ!危ないって考えなかったのかよ!」
「はぁ?何言っているの?あたしが死ぬわけ無いじゃない、馬鹿じゃないの?」
「なんでだよ!」
「トリオが助けてくれるって信じていたから・・・あんたが欠点を克服して、100%の力で武器を振るったら絶対に危険なんて無いと思ったから・・・」
それを聞いてアメリアの胸倉を掴んでいた手から力が抜けていく
「おじいちゃんも、クルド師匠もとても心配していたわよ、トリオの欠点・・・たぶんトリオのことだから自分の命が掛かっていてもその欠点を克服する事はできないだろうって・・・」
そう指摘されると、先の戦いでも結局俺は武器を振り切る事ができず、誰も殺していないことに気付く。
だからこそ、その残党がアメリアを襲ったのだ。
先の戦いでもきちんと彼らに止めをさせていれば、アメリアが危険な目に合う事は無かったと思える。
「でもね、あたしには分かっていたよ。トリオの欠点を克服する事が出来るのは私だけだって・・・そう思ったから・・・私は賭けた・・・いや、賭けになってないわね。だって100%勝つって分かっているんだから、賭けにならないわよ」
そういいながらニッコリ笑うアメリアはとても眩しくて、思わず抱きしめて
「頼むから二度とこんな事しないでくれ・・・俺の為に命を賭けるような真似は二度としないでくれ」
そう呟くと、アメリアは俺を抱きしめ返し
「トリオにはそんなこと言う資格が無いと思う・・・今回だって危ない真似しないでって頼んだけど、聞いてくれなかったじゃない」
「そ、それは村のみんなの命が・・・お前の命が掛かっているんだから、仕方ないじゃないか・・・」
「だったら同じだよ、トリオがあたしの為に命を賭けるなら、あたしもトリオの為に命を賭ける・・・」
「無茶言うなよ・・・俺が命を賭けるのは当たり前だけど、お前はダメだ!」
「何でよ!何でトリオは良くてあたしはダメなのよ!」
「え?簡単じゃないか、兄が妹の為に『ブベラッ!』」
俺は最後まで言い切る前に抱きしめていたアメリアから思いっきり肘をくらい最後まで言う事が出来なかった。
そして、アメリアは3日ほど口をきいてくれなかった。
あの後、帰ってきたクルド師匠に事情を話したとき、初めて名前で呼んでもらえたんだよな、「トリオ」って、それ以降『坊主』と呼ばれた事は無かったんだけど・・・
それがまた『坊主』って呼ばれる事になった・・・これは折角1人前と認めてもらったのに、逆戻りしたってことだよな・・・
さて、ガザル師匠にきちんと話して、クルド師匠から『坊主』じゃなくて名前を呼んで貰える様にしないとな!と気合を入れなおしてガザルの下へと向かう。