第七話 武術の原点
- 5年前 -
「クルド師匠!今日から武術を習いに来ました!よろしくお願いします」
「お~、ガザルさんから聞いているぞ、なんでもお前商人になりたいそうじゃないか。ならしっかり強くならないとな!」
「はい!」
「威勢だけはいいな坊主!まずはお前の力をみてみよう」
そう言って、いきなり10kgの錘を付けて走らされた。
元々、既に鍛冶と堀の修行をしていたから力だけは人一倍以上にあったので、クルド師匠は最初の頃は驚きの連続だったらしい。
そんなある日、俺に合った武器を選ぶことになった。
「坊主!お前の武は何のためにあるんだ?」
「ん~~~、それはここに武の修行をする前にガザル師匠にも聞かれました。武術を習う上で必ず必要になる事だって」
「そうだな、さすがはガザルさんだ。で、お前の答えは?」
「俺は商人になるんです!この先、脅されたり、殺されるような目に合う事もあるかと思います。父さんと母さんのように・・・。でも!そんな時に自分と自分の大切な仲間を守れるようになりたいんです!」
「そうか・・・大切な仲間を守るための武が欲しいか・・・いいな、それ」
「はい!」
「ならば、俺からのお勧めはこれだ」
そう言ってクルド師匠は一本の鉄の棒を渡してきた。
「棒・・・ですか?」
「そうだ!お前の敵になるのはモンスターではなく人が多くなるだろう、更に言えば1対1よりも多対1の戦い方に特化した方がいい、理不尽な暴力ってのはいつでも多対1だからな」
「それだと、この棒になるんですか?クルド師匠」
「ああ、刃の付いていない武器なら刃こぼれもないし、劣化も少ない。それに、人や物に刺して抜けなくなると言ったことも無いしな」
「う~ん・・・そうなんですか?でもただの棒では・・・」
「まぁ、やってみろ。棒術ってのは応用が広く、お前みたいに力があって器用なやつには向いていると思うぞ。それにな棒術ってのは馬鹿には向かないんだ。頭の良いやつに向いているんだぞ」
「なるほど!俺向きですね!」
「ああ!お前向きだ!」
そう言いながら2人で大笑いした。
まぁ、本当の所は単純なやつ向きだったのかもしれないが、俺に棒術ははまった。
鍛冶屋で鍛えた腕力と、物を運ぶのに鍛えた脚力。
それに叩く、払い、突き、投げ、極めの多彩な技を繋げ、使いこなす事が何よりも楽しかった。
欠点と言えば刃がない分、攻撃が打撃になるのでモンスターでは相性の悪い相手もいることくらいだが、それについてはハルバートに持ち替えることでカバーする事ができた。
しかし、ハルバートでは棒術の技が減ってしまうため、完全に棒の代わりと言うわけにはいかなかったのだが、それこそ竜種でも相手にするわけではないのでは気にする事はなかった。
2年ほどたち1通りの技を修めた頃から、クルド師匠と一緒に修行と称して動物系モンスターを討伐に連れ出されることが多くなった。
特に、群れで行動するモンスターを中心に狼・山犬・サル・蝙蝠等の数を相手にいかに立ち回るかを徹底的にしごかれた。
倒したモンスターたちは村の肉屋へと運ばれ、村人たちからは随分喜ばれた。
修行も順調そうに見え、それなりに自分の強さに自身を持ったある日
「坊主!お前の棒術も随分板についてきたが、1つだけ注意することがある」
「なんでしょうか、クルド師匠」
「ん?お前気がついていないのか?それともとぼけているのか?」
そう言われ、下を向いてしまう。
「お前の事だ、気がついていると思うが、それができない限りお前はいずれ死ぬぞ。しかも大切な物を守れずにな」
「でも!俺は順調に強くなっています!この間だってジャイアントバット100匹以上にもほぼ無傷で勝ちました。それで『分かった!』」
「お前がいいと思うならそれでいいじゃないか、坊主・・・」
そう言いながらクルド師匠はこの話を打ち切った。
分かっていたのだ、自分の欠点を・・・そう、俺は相手に当たる棒を振り抜けない・・・
それでも、クルド師匠との修行は続き、更に3年が経過した頃、俺の根本を変える事件が起こった。
トリオのいるムジカル国は当時となりの国と戦争状態だった。
他の村々は兵役や増税が課せられることが多いのだが、優秀な職人が多いこの村は、武器・消耗品・鎧・装飾などの物資を供出する事を求められた。
国の指定した物資集積所まで、物資を無事に運び込めば、兵役も増税も免除されるのだ。
そこで、村を上げて指示された供出分の物資を製造すると今度はそれを運ばなければならない。
折角作った物を盗賊などに奪われては洒落にならないため、クルド師匠やガザル師匠を始めとした村の男出のほぼ全員で運ぶ事になった。
しかし、まるっきり村の防備がなくなるのはまずいだろうということで、10歳にして狭い村ながらも、強さではNo2になっていたトリオが残る事になった。
クルド師匠は不安を覚えたようだが、自分たちが村を空けるのはたったの3日間ほど、その間に村でトリオの強さで解決できないような問題が起こる事は考えづらい、そう思い渋々と了承したのだった。
しかし、これはある意味罠だったのだ、この村にはスネに傷を持つものが多い。
多くは逆恨みに近いのだが、王都や大きな都市にいることが出来なくなってこの村に来るものが多いのだ。
ガザル師匠もクルド師匠もその1人だった。
ザンダル村からほとんどの男手が3日ほどいなくなる。
こんな情報を、もし逆恨みしているような連中が知ったらどうするだろうか?
その答えを俺は身をもって知ることになる。
ザンダル村は高名な職人が多いことは先にも紹介したが、その分貴重な資源や高価な生産品が数多く村の中にはある。
また、ザンダル村は国境に最も近い村でもあるため、トリオの父は、村の防衛にかなりの金と力を使った。
まず、村の周りはぐるりと高さ5メートルの防壁に囲まれており、対物・対魔法の障壁魔法が掛かっているため、軍隊ならいざ知らず普通の盗賊レベルの装備や魔法なら正門から押し寄せるしか方法
とることができない。
また正門は鉄の扉で出来ており、門の開け閉めには大人が2人掛りで行わなければならないほど重厚な造りとなっている。
過去には何度か盗賊の襲撃はあったが村人の手により、ほぼ確実に全滅又は全員捕縛されているためここ数年この村に盗賊が来たことはない。
ちなみに、この門を1人で開け閉めできるのは、村では4人しかおらず、もちろんトリオはそのうちの1人だ。
村の男たちが出かけたその日の夜、俺は1人で物見やぐらの上で村の外を見つめていた。
手元には暇つぶしように持ってきた、細工道具と新しい鎧に使うつもりの金具を考えるための粘土を持ってきていた。
粘土をいじりつつ、色々と考えているときに、森の中に不自然な光を目の端で捕らえる。
おかしい・・・この時間に村の近くの森を歩くような馬鹿はいないはず、それに今の光は明らかに刃物が月の光を反射したものだった。
目の錯覚かとも思い、しばらくその付近を見つめていると、やはり同じように一瞬だけだったが、光の反射を見つける。
一瞬俺は緊張するが、まずはやるべきことをやろうと、非常用の紐を引き、その先につながった、各家庭への鈴を「シャリン、シャリン」と鳴らし緊急事態を告げる。
この村には今男手がほとんどいないと言う緊張からか、各家庭ではすぐに人が飛び出してきて、集合場所である蔵の前へと集まる。