第三十二話 危険が危ない
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気を失ったガザル師匠モドキを縛り上げると、エル様がぶつぶつ言いながら拘束の魔法をかけ、完全に無力化する。
それにしても…なんか無性に悪い予感がする。
「あの~エル様?」
「なんだい?このバカはあたしが見張っておくから、さっさと残りの2人のところに行きな」
「いや、ひょっとしてなんですが…」
「ああ、お前の思っているとおりだろうよ、だとしたらバカ2号はともかく、もう1人が危ないかもね」
「分かりました、すぐに行きます…」
「ああ、行っておいで、あたしは少し疲れたからここに居るから」
「はい…」
そう言ってカーナリアたちの下へと駆け出そうとするのだが…その足取りは重く
「何やっているんだい!そっちは反対方向だろうが!」
「いや…凄く行きたくないんですけど…」
「つべこべ言わずにさっさと行きな!」
そう言いながら、俺の進路にマジックアローを打ち込む。
「さっさと行ってもう1人のバカを連れてきな、それと!姫様が万が一にもかすり傷でも負っていたら責任取らせるからね」
と言って殺気を込めてくる。
マジだよこの人、マジで責任取らせる気だよ。
「行け!」
「はい!」
そう言って俺はカーナリアたちが戦っているであろう方向へと駆け出す。
「トリオ!この女はなんなのよ!」
「旦那様、少し寒いです」
そう言ってカーナリアはこれ見よがしと俺にすがりつき、これでもかと胸を当ててくる。
「ご主人様は暖かいですニャァ~」
フェムは座り込んだ俺の膝上で丸くなっている。
「無視してんじゃないわよ!そこのドラ猫!そこはあたしの場所よ!」
そんな喧騒をバックに俺はガザル師匠とクルド師匠に向き直り
「お久しぶりです、ガザル師匠、クルド師匠」
「久しぶりだな、馬鹿弟子」
「元気だったか?アホ弟子」
「酷いこと言わないで下さい」
「まったく、姿を消したと思ったら、こんな盗賊共のところにいるとはな…」
「そう言わないでくださいよ。ちゃんと理由があるんですよ」
「なんだ理由って言うのは、そこのわがままボディのお姉ちゃんなのか?」
「いえ、違います。この子と知り合ったのはつい最近で、それ以前からあの砦には世話になっていました」
違いますと言った瞬間、カーナリアが俺の腕をつねってきたのだが、頭を撫でて止めさせる。
それを見たアメリアが物凄い顔で睨んできたのだが、この際は無視して話を続ける。
「ふむ、それで?なぜお前があの砦に肩入れする?お前のことだ、『脅された』とかではないだろう?」
「ええ、別に脅されているとかではないですね」
「ならば何故だ?」
「あの砦には気の良い奴らが一杯いるんですよ、それが理由ですね。」
「そうか、お前がそういうなら俺たちから言う事はねぇな。少なくとも俺たちはお前を信じているからな」
「あ、あたしも信じているから!」
とりあえず、アメリアは空気嫁!ガザル師匠が睨んでいるだろ!それとエル様、その呪文詠唱は止めてください、俺死んじゃうから!
「それで、師匠に折角逢えたんで是非お願いしたい事があるんですが」
「ん?なんだ?」
「まず、この砦への対応状況を教えてくださいって、フェムやめろ!こんなところで下着を脱がそうとするんじゃない!それと、カーナリアも手伝おうとかするんじゃない!アメリア!ガン見するな!お前ら邪魔!」
そう言いながら、膝上にいたフェムを放り投げ、いそいそとズボンを整える。
「アメリア、お前は俺たちが捕まえた他の連中を回収して、森の外まで連れて行ってくれ。フェムは確保した場所にアメリアを案内して上げてくれ」
「何よ!折角逢えたのに酷いじゃない!」
「ご主人様、この人怖いですニャァ~」
そう言いながら、再度俺の膝元に飛び込み、甘えてくる。
「大丈夫、アメリアは怖くないよ、今はね気が立っているんだよ。普段は大人しい…くないか…」
「ないかって何よ!あんたと連絡が取れないって知って、あたしがどれだけ心配したと思っているのよ!」
「とりあえず、アメリアはさっさと偵察の連中を回収してきてくれ。それと俺たちと戦闘はしたけど、かろうじて撃退できた。しかしガザル師匠もクルド師匠も満身創痍のため、しばらく休んでから帰るってことにして、彼らを街へ戻すんだ、上手くやれよ」
「え…そんな一編に言われても無理よ…えーとどうすればいいの?もう一回教えて」
「脳筋…」
「何よ!脳筋ってどう言う意味よ!」
「脳みそまで筋肉で出来ているのかと思うくらい馬鹿ってことなんですが、知らないのですか?」
そう言ってカーナリアはアメリアを挑発する。
「カーナリア、安い挑発をしないで。それにアメリアは俺が前に話した大事な幼馴染だ、そんな事言わないでくれるかな。かなり危険なんだよ」
「危険?何がですか?」
「俺の命と健康」
「旦那様の命と健康が掛かっているなら、仕方が無いですね」
そう言ってにらみ合う2人を止めるように
「アメリアじゃ難しいなら、俺が行って来るよ、道案内はそこのわがままボディのお姉ちゃんにお願いするわ」
そう言ってクルド師匠が俺からカーナリアを引き剥がす。
「クルド、よろしく頼むぞ、わしはちょっとこの馬鹿弟子を教育するから」
「分かりました。ガザルさん。2日程でいいですか?」
「ああ、充分だろ。お前のほうは本隊の時間稼ぎ、いや出直しを進言しておいてくれ。たぶんトリオのお願いはそんなところだろうしな」
「そのとおりです、さすがガザル師匠!俺のこと良く分かっていますね」
「持ち上げても無駄だ、アメリアに対する仕打ちは後できっちりと礼をさせてもらう…フッフッフ」
「孫馬鹿光臨!いや、ちょっと待ってくださいよ」
「大丈夫だよ、坊や!そこの爺はあたしが教育してやるから…フッフッフ」
何このカオス!
「触らないで下さい!あたしに触れていいのは旦那様だけです!」
「おおっと悪かったね。じゃあしっかりと道案内頼むよ」
このカオスを破ったのはカーナリアの声だったのだが、カーナリアは恨みがましい目で俺を睨む。
「カーナリアお願いだから、大人しくクルド師匠を案内して上げてくれ。それと偵察の連中に姿を見られないように気をつけてな。フェムも一緒についていってあげて、用事が終わった後、砦まで戻ってくるのにカーナリア1人ってのは危険だから」
「分かりました。その代わり、砦に戻ったら、分かっていますよね?だ・ん・な・さ・ま?」
「ああ、分かった、分かった、補充だって言いたいんだろ?」
「ええ。その通りですわ!」
そういってニッコリ笑うカーナリアを送り出そうと、手を振るとフェムがジーッとこちらを見つめている。
試しに目を逸らすと、この世の終わりかと思うような顔で泣きそうになったので、慌てて
「フェムは無事にカーナリアをつれて戻ったら、ご褒美だからちゃんと頼むぞ」
そう言うとさっきまで泣きそうだった顔が一転し嬉しそうになり
「はい!楽しみにしています、ご主人様!それでは皆様、こちらです」
と元気良く返事をしてクルド師匠とカーナリアを先導し、去っていく。
「さて、師匠お願いの件ですが」
「うん?さっきの本隊の件以外にもお願いがあるのか?」
『パシィッツ!』
「ええ、実は師匠にしか出来ないお願いなんですが」
『ヒョイッ』『ブゥン!ドゴォッ!』
「ん?ワシにしかできないこと?なんだ鍛冶関連か?」
『ムキィィィィィィ!』
「いえ、その前にまずはお宅のお孫さんを止めてくれませんかね?」
そう言いながら、さっきから間断なく俺に攻撃を仕掛けるアメリアの腕を掴んで動きを止める。
「離しなさいよ!つか、避けるな!」
「師匠、もう少し何とかならなかったんですか?」
「知らん、そうなったのはほぼ100%お前のせいだろうが」
「ええ~~!俺のせいじゃないです…ヨット!」
俺に両腕を掴まれ、攻撃の手段がなくなったと思ったのだが、アメリアはあろうことか絶対攻撃してはいけない男の急所に向かって蹴りを放ってくる。
俺はそれをかわすと、両腕を掴んだままアメリアの背後に回り、後ろ抱きにして
「いい加減にしろ、今は師匠と話しているんだ、これ以上邪魔をするなら、このまま帰すぞ」
そう言うとアメリアは憮然とした表情のまま
「分かったわよ、今は大人しくして上げる。その代わり5分で終わらせてね、その後事情徴収だからね!」
そう言ってアメリアはプイッと顔を背ける。
俺は両腕を離しアメリアを開放し、師匠と再度向き合う。
「えーと、アメリアが怖いので端的に話しますね」
「ああ」
「えーと、先ほども言いましたが、あの砦には気の良い人たちも一杯いるんです」
「そう言っていたな。どんな奴等だ?」
「多くは税が払えなくて、逃げ出した農民や、領主や貴族等の権力者に無茶を言われて逃げ出した人たちです」
「なるほど、ただの盗賊砦では無いという事か」
「そうです。それで、俺としてはこの砦を放棄するつもりなんですが、その時間稼ぎが先ほどの本隊の件で、次に砦を放棄した後の人の受け入れの問題を師匠に相談したかったんです」
「なるほど、それでワシに願いとは?」
「はい…そのザンダル村で受け入れてもらえないかと」
「それは人数次第だろ、何人くらいなんだ?」
「俺の目算では400人くらいかと思いますが」
そう言いながら、ハーネスを見やると
「はじめまして、ガザル殿。ご高名はかねがね伺っております。私はトリオの友でハーネスと申します。正確な数は現段階で言えませんがトリオの見立て通り400人程度だと思いますが、できますれば最低でも400人と思ってください」
「ふむ、丁寧な挨拶痛み入ります、ガザルと申します。この馬鹿の師匠兼親代わりをやっております」
そういってお互いに頭を下げている。
この辺はやっぱり2人とも大人なんだな~と感心していると
「それにしても、さすがに400人もの人間をザンダル1ヶ所で受け入れるのは無理だ。もう少し現実味のある案を出せ」
「ですよねぇ~。まぁそこでお願いなんですが、ディノスとケルブはどうですかね?」
「まぁ、それが正解だろうな、分かった。ディノスとケルブにはワシから手紙を出しておこう」
「はい、お願いします」
「しかし、その両方を頼るなら、お前が直々に行くべきだろう、それが最低限の礼儀だぞ」
「ええ、分かっています。どちらにしても、400人からの人間を移動させるわけですから、護衛も必要ですしね。それに俺が行かなくてあの連中が大人しく受け入れるわけ無いですから」
「ああ、そうだろうな。逆にお前が行って、ちゃんと話せばどちらも喜ぶだろうさ」
「分かりました。両方の手紙に俺が200人づつ連れて行く事を書いておいてください」
「うむ、分かった」
「おいおい、トリオ!2人だけで話して俺にはさっぱり分からんぞ」
「ああ、この件については後で、エル様、カーナリアと一緒に説明するよ。何度も同じ事言うのメンドウだし」
「あたしゃ、それで構わないよ。説明は姫様と一緒に聞くよ。ハーネスもそれでいいだろ?」
「分かりました。エル様がそう仰るならそれで結構です」
「ああ、そうしてくれ。さもないと、そろそろ俺の危険が危ない」
「そうだな、確かにあの殺意の前ではお前の文法すらおかしくなるのは納得するわ。と言うかご愁傷様としか言いようが無いな」
「さらっと言うなよ、あれと対峙する身にもなれよ」
「覚悟を決めて行って来い、骨は拾って灰にした後、森に撒いてやるから」
そういってハーネスが指差す先には、殺意の気配を纏った鬼がいた。