第二十九話 カーナリア
フェムを撒き、俺は夜の闇を疾走する。
たぶん、部屋にはしばらく戻れないから、どっかに潜伏するしかないんだが、どこへ行くかな~と考えひとつ思いあたる。
いくつか確認したいこともあるし、この辺ではっきりとさせようと突撃する事にした。
「うぉら~~~!起きろ!」
と大きな掛け声と共に、ドアを蹴破る。
「うわっ!なんだ、なんだ!」
とベッドから飛び起きる2人の男女。
「ご要望に応えて遊びに来たぞ、ハーネス」
「いや、お前さ…今何時だと思っているんだよ?もう少し常識的な時間にしろよ」
ハーネスは眠そうに目をこすりながら応える。
「大丈夫、俺の中では常識的な時間だ!」
「ほぉぉぉぉ…じゃあ俺も同じようにやっていいんだな?」
「ダメに決まっているだろ!」
「どんだけ我侭なんだよ、お前!」
「まぁいいから、いいから」
そう声をかけながら、寝椅子に座ると、マーチスが「お茶でいいですか?」と聞いてくるのでお願いする。
「どうしたんだ?こんな夜中に」
「ん~~~、今部屋に帰ると、貞操の危機だからここへ逃げてきた」
そう言うと、ハーネスの眉が少しピクリとしたのを俺は見逃さなかった。
やはりな、と思い話を続ける。
「ハーネスの事だから、俺が誰から逃げてきたのかも知っているだろ?」
「…」
「あのさ?俺は馬鹿じゃないよ?分かっているだろ?それとさ、俺は女の子が馬鹿の振りをするのは可愛いから許すけど、男の馬鹿の振りは嫌いなんだよ」
「ああ…分かっている」
「じゃあ、話をしようか?ハーネス隊長」
「そうか、そこまで読めているのか?」
「当たり前だろ、で?アレがと言っては不敬罪になるか…彼女がカンター家の噂の姫君か?」
「否定してもいいか?」
「ダメだな。ああ、そうだな。否定してもいいけど、二度と俺を味方にできると思うなよ」
「分かった。じゃあ今は味方なんだな?」
「ああ、それは間違いない。約束する」
「じゃあ、お前の予想通りだ、彼女がカンター家の姫君でカティーナ・リストメイア・カンター様だ」
「なるほど、それでカーナリアか、それでそっちはどこまで俺の事知っている?」
「…お前がノウラン家の跡取りで、英雄バクスターと神弓マロリーの忘れ形見だってことだな」
「いつ知った?」
「それは…」
「そいつについては、私が答えようかね」
俺とハーネスはその声にギョッとして、入り口の扉を見つめるのだが、誰もいない…そう思い、ハーネスに視線を向けると、その横には1人の老婆が座っていた。
「初めまして、ではないかね?坊や」
そう言いながら婆さんの目が怪しく光る。
「直接お目にかかるのは初めてではないでしょうか?ご婦人」
「ホッホッホ、さすがはマロリーの息子だけあって、女性には丁寧だね。私を目の前にして婆さんとか婆あとか言ったら殺しちゃうところだったよ」
「いえいえ、初対面の女性に対し、失礼な事を言ってはいけないと母に仕込まれましたのでって、母さんをご存知なのでしょうか?」
「当たり前だろ、トリオ・ノウラン。お前さんとも、初対面じゃないよ」
「それは、以前カーナリアの部屋での事でしょうかね?」
とカマをかけて見るが、「ほっほっほ」と言って簡単にかわされた。
ハーネスがそんなやり取りを見て、ゴホン!と1つ咳払いをしながら会話に参加してくる。
「エル様、いたずらすぎますよ、もう少し普通に登場してください」
「まぁいいじゃないかハーネス、硬い事言うんじゃないよ。それよりもだ、坊や、姫様を泣かせたね?」
「え?」
「「え?」じゃないよ。さっきお前さんの部屋を覗いていたけど、女に恥をかかせるもんじゃないよ」
「いや、だってと言うか、覗かないでもらえますかね?神威の魔女様」
「ほっほ、懐かしい名前だね、思い出したかい?」
「ええ、思い出しまたよ。母さんの師匠ですよね?昔一度お会いしました。なるほど、それで俺のことをご存知だったのですね」
「まぁそうだね。それで?」
そう言いながら探ってくるよう目を向けるエル様を俺は不思議に思いながらも
「いや、それにしても普通は姫様に手をだしたら責められるんじゃないですか?それをけしかけるような事を言うのはいかがなもんですかね?ハーネスもそう思うだろ?」
「いや、俺はその…」
「細かい事を言うんじゃないよ!お前さんがちゃんと責任を取るならカンター家も文句は言わないさ、相手はノウラン家の跡取りだ、これ以上の物件があるかい?」
「…」
「そんな顔するんじゃないよ坊や、もちろん姫様の気持ちを最優先した上での言葉だよ」
「そうですか、ならばいいのですが」
「まったく厄介な坊やだね、姫様の気持ちも知らずに」
「?カーナリアの気持ちなら分かっているつもりですが?」
「ふんっ!」
そう言ってエルはそっぽを向いてしまう。
「それよりもハーネス、2~3日家出したいと思うだが、いいか?」
「そりゃいいけど、それよりもだ、1つ聞きたいんだが、なんで姫様の正体に気付いた?」
そう言いながらハーネスはホンの少しだけ殺気がこもる。
「あのさ、さっきも言ったけど、俺は馬鹿じゃないぞ。分かるに決まっているだろ」
「そうなのか?」
「はぁ~~。まず1つはお前さんたちだよ、ハーネスとその取り巻きはどう見ても正規兵だ、盗賊なんかには見えない。
更に言えば、ハーネス、あんたはどう見ても騎士隊長クラスだよ。剣の腕もそうだけど、何よりパラライズフィールドの使い手なんて早々いないぞ」
「それだけか?」
「そうだな…次に彼女の能力だ。目が見えないのにまるで見えているかのごとく、普通に歩く事も人のことも識別できる。これは並大抵のことではないだろ?
その答えは彼女のスキルだと思う。俺の予想では彼女は音を操っている…と思う」
「何故そう思った?」
「理由は2つだ。1つは初めて彼女にあった時、暗闇に紛れて疾走する俺を正確に捉えていた。あれは目が見えていても出来ることじゃない。次に人間や生き物が相手ならば、彼女が気の探知能力がすぐれているからで納得できるが、俺の部屋の家具なんかも普通に探知できていた事を考えると…音だと、いや正確に言うと音の反射を感じるんだろう?違うか?」
「参ったな、それだけの材料で姫様の正体までたどり着くのかよ。ほんと嫌なやつだなお前」
「そうか?まぁ褒め言葉と受け取っておくよ…ああ、後最後にもう1つ」
「ん?なんだ?」
「あれだけの気品と美貌だ。どこぞの姫様と思うのは当然だろ?まぁ多少やんちゃなところはあるけど、あの魂の輝きは誤魔化せるもんじゃないだろ?」
「分かるか?」
「分かるさ」
「トリオよ、そこまで、分かっておきながら姫様の想いに応えないってのは、お前はどれだけ贅沢なんだか分かっておるのか?」
「分かっていますよ、エル様。でも、すいません、凄く馬鹿な思い込みなんですけど、なんか今の俺じゃ彼女の想いに応えてはダメって気がするんですよ。なんかこう…1つ足りないんですよ。胸が少しだけ苦しいんです。なんでだろ?」
「ふむ…だそうですよ。姫様」
そう言いながら、エル様は入り口へと顔を向ける。
そこには、叱られた子犬のようにうなだれている、カーナリアが隠れていた。
「あの…旦那様。わ、私のこと嫌いにならないで下さい。身分や名前を偽っていたことは謝りますから」
「ああ、それは気にしてないぞ」
「それと、今日のことも…私は旦那様が大好きで、その…」
「…もうしないって誓える?」
「その…誓う事は難しいかと…」
それを聞き、「ふぅぅ」っとため息をつくと、カーナリアに近づき
「まったく困った姫様だ、俺のことを好きって言ってくれるのは嬉しいけど…」
「旦那様は、私にウソを付かないって言われました。だから私もなるべくウソは付かないようにと」
「まぁ、そうだな。ウソを付かないのはいいことだけど…」
「はしたない女と思わないで下さい、こんな風にするのは旦那様だけです。だから嫌いにならないで下さい」
そう言うと、カーナリアはハラハラと涙を流す。
「あ~あ、泣かしたな」
「ですね、泣かせましたね」
「これをバクスターやマロリーが見たらどう言うかな?」
「意地の悪い事を言わないで下さいよ、エル様」
仕方が無いか。
そう思い、俺はカーナリアをお姫様抱っこし
「今日はもういいや…エル様、ハーネス、部屋に戻るよ。おやすみ」
そう言って、部屋をでる。
「カーナリア、最初から俺は怒ってないし、嫌ってもいないから泣き止んでくれ。じゃないと、俺が困る」
お姫様抱っこで抱えながら、部屋へと戻る最中に声をかけるのだが、カーネリアは中々泣き止まない。
仕方が無いので、少し中庭へと寄り道をすることにする。
先日ほどの綺麗さは無いが、今夜の月も中々のものだ。
中庭の石の上にカーネリアを抱いたまま腰を掛け、彼女を支えながらゆっくりと背中を撫でる。
「今日も月が綺麗だよ、カーナリア」
「…ええ…本当にそうですね」
「あのさ、聞きづらいんだけど、カーナリアは月をどう感じるんだ?」
「確かに私は目が見えませんが、月の光を感じることはできますよ。月の光はとても優しく感じられます。それに…」
「そうなんだ。それに?」
「普段私は見たくないものも感じてしまうことがありますが、月の光を瞼と肌で感じると、そんなことも忘れる事ができるんです」
「そうか…」
そういいながら、彼女の顔を月明かりの中で見ると、初めて見たときと同じように幻想的に感じる。
そして、その顔を見ているととても懐かしい気持ちを思い出させるようだった。
あれ?俺はこの光景は初めてじゃない?
カーネリアを月明かりの中でマジマジと見てそんな思いに駆られ
「なぁ?俺たちってさ、以前会った事ないか?昔さ…」
「…いえ、先日が初対面です。旦那様」
そう言う彼女はとても辛そうで、ウソだと思った。
しかし俺にはなるべくウソを付かないって約束したばかりなのに、ウソを付かざる得ない彼女を思うと、それ以上聞く事はできないと思った。
おそらく、これは俺が思い出すしかないのだろう…たぶん俺は彼女と昔会っているはずだ。
「そうか、君がそう言うのならそうなんだろう…」
「はい、それよりも今日は添い寝を…」
「へ?なんで?」
「いいではないですか…フェムちゃんとだってたまに添い寝されているのでしょう?未来の妻に!未来の妻にも少しは」
なんだろう…こんな甘えてくるカーナリアを見ていると、何かを思い出せるような気がする。
俺の覚えていない昔の彼女もそうだったのだろうか?彼女と少しでも一緒にいれば思い出せそうな気がしたので
「分かったよ。今日は一緒に寝よう。ただし、エッチな事は無しね」
「少し!少しくらいは!」
「普通さ、そのセリフは逆だろ?もう少し淑女としての慎みを持ちなさい…仮にも年上なんだから」
と最後にボソッと付け加えると、その言葉を聞いた瞬間、彼女が俺の腕にガブリ!と噛み付いた。
「ギャァァァァァァァ!」
深夜の砦に俺の悲鳴が響き渡る。
ただ、こんな痛みをも懐かしいと感じてしまうのは何故だろうかと、俺の心が問いかける。
彼女は、カーナリアは一体?そう思いつつも彼女を胸に抱きしめながら眠りに付く事にした。
後日俺の悲鳴が色々な憶測を呼び幽霊騒ぎへと発展するのだが真相は誰にも分からなかった。




