第二十二話 トイレとお風呂と冷蔵庫
リーダの男は仲間の下へと向かう際に、少しだけ俺に話しかけてきた。
「俺の名前はハーネスだ、お前はトリオだったか?今いくつだ?」
「ああ、トリオだ、年は13になる。目標は商人になることだ」
「さっきも言っていたが、どうやら本気のようだな、商人の心得なんて久しぶりに聞いたし、それを実践するやつなんて初めて見たぞ」
「久しぶり?ふーん、あんた商人の心得を知っていたのか?それはある意味凄いな」
「凄い?それとあんたと言うのはやめろ、俺は今日からお前の主人になるんだぞ」
「主人?知らんな、あんたたちの言う事は聞くが、主人になるなんて聞いていない、俺は言ったはずだぜ、労働力を提供すると」
「なるほど、まぁ大して違いは無いが、あんたはやめろ、『隊長』でも『ハーネス様』でもいいから」
「分かったよ、『ハーネス』これでいいだろ、それよりもだ、なんで商人の心得を知っている?悪いが商人の心得は盗賊とはかなりかけ離れたものだぞ?」
と聞くと、ハーネスは少しだけ昔を懐かしむように
「昔は俺も商人を目指したんだよ、そう・・・昔の話だ・・・」
「そうか・・・」
それが、今は盗賊家業なのか?と言ってやりたがったが、これ以上はさすがに危険だろうと思い、短く答えるだけにした。
そんな話をしているうちに、盗賊団の近くまで来ていたようで、暗闇から1人の男が声をかけてきた。
「隊長、今回の人質は・・・・って、この小僧1人だけですか?」
「そうだ、だが今回の収穫は大きかったぞ。なんとこの小僧、鍛冶師だ。これでみんなの武器を調達できるし、砥ぎもできるだろうさ。それに・・・・」
と言って一旦区切り俺を見て
「おいトリオ、お前防具も作れるんだろ?裁縫師も兼ねてるって言っていたから」
「ああ、プレート・リング・スケイル・レザーやローブ・マントも一通りいけるよ、もちろんアーマーだけじゃなく、シールドやグローブ、シューズもいけるから安心してくれ」
と言うと、周りから「本当かよ?」とか「あんなガキが?」と声が上がった。
「まぁ、心配しないでくれ、あの隊商の人たちの命を奪わずにいてくれたんだ、その分は働いて返す」
と言うと、1人の男が近寄ってきて
「なぁ、俺カッパーのロング・カイト・プレート・グローブが欲しいんだけど出来るのか?」
と聞いてくるので
「ん、カッパーでいいのか?その程度なら鉱石さえあれば、グレートでも余裕で作れるぜ」
と答えると、周り中から「マジかよ!」とか「あの年でかよ」と言った声が上がるのだが、ハーネスが手を上げてそれを止め
「いいから、アジトに帰るぞ、こいつの腕については帰ってからゆっくりと確かめるから、それまでは待っていろ、いいな!」
と言いながらも、小さい声で
「俺のはバイオレットで頼むぞ、一番最初にだ!」
- 翌日 -
「トリオ!こっちに来い」
「なんだよ、ハーネス。俺はまだ眠いんだが?」
「いいからこっちに来い」
「分かったよ・・・んで、何?」
「これから俺たちの砦に向かって出発する、大体馬で2日くらいの場所だ」
「ふーん・・・また随分と遠いところから来たんだな?」
「ああ、あまり本拠地の近くで暴れたくないんでな、それでこれがお前の馬だ。それと道中では必ず俺の目の届く範囲にいること」
「別に、逃げたりしないけどな。俺は約束は守るつもりだが?」
「まぁ、大丈夫だと俺も思っているが、お前がその気になった時、俺しか止められんからな」
「へぇ~・・・分かるんだ?」
「ん?馬鹿にしているのか?それくらい分かるさ・・・まぁ正直言うと、お前が完全に逃げに徹した場合は俺でも止められんかもしれんがな」
「なるほど、そこまで読めているのか、だったら話が早いだろ。何で俺が今もここにいると思う?」
「逃げる気が無いからとしか思えんが・・・なんで逃げないんだ?」
「まぁ1つは隊商の人たちの命をあんたたちと取引した事、商人にとって取引は絶対だからな。それともう1つはあんたらに興味があることかな」
「ん、俺たちにか?」
「ああ、なぜあんたはリシルドさんの顔と名前を知っていた?それに隊商があのルートをあの時間に通る事を何故知っている?」
「ほう・・・」
「それにな・・・なぜネシルさんを特別な目で見たんだ?」
「参ったな、気付かれていたか・・・まぁ、とりあえず出発しよう、話は馬の上でもできるからな」
「分かった」
「なぁ、ハーネスそろそろいいだろ、さっきの質問に答えてくれないか?」
「ん?そこまで分かっているんだ、答えはでているだろ?」
「ああ、答えは分かっているんだ、ネシルさんはお前たちの密偵なんだろ?でもさ、動機が分からないんだ・・・ネシルさんはお前の女って訳でもなさそうだしな」
「何故そう思う?」
「もし、ネシルさんがお前の女なら、今一緒についてきているはずだし、今ネシルさんが好きなのはケーヒルさんだってことは分かりやすいくらい分かるからな」
「なるほど・・・おい!今ケーヒルと言ったか?」
「ああ、言ったけど」
「よし分かった・・・とりあえず後で殺すか・・・」
「おいおい、物騒な事言うなよ・・・何もいきなり殺すとか言わなくてもいいだろうが」
「ん~~~?お前妹はいるか?」
「いや、妹分はいるけど、妹はいないな」
「ふむ・・・可愛いか?」
「ああ、俺の自慢の妹分だ!何処に出しても恥ずかしくない!」
「なるほど・・・じゃあその妹分に虫が付いたら?」
アメリアに虫が付いた場合を想像してみる・・・
「OK分かった・・・俺が認めた男ならともかく、それ以外ならとりあえず話しは俺を倒してからだな」
「だろ?ネシルは俺の妹だ」
「なるほど、理解した。それで全部がつじつまが合うな」
「でもな、俺にはつじつまが合わん事があるんだが?」
「なんだ?」
「ネシルの報告にお前のことが一切なかった・・・お前の戦闘力とスキルに関して一切報告が無いってのは合点がいかんのだが・・・何故だ?」
「なんだ、俺のこと本当に知らなかったのか?」
「知っていたら、真っ先に拘束に向かうか、お前たちの隊商は無視しただろうな。お前のスキルは魅力だが、正直リスクがありすぎる」
「リスクって?」
「仮に今回のようにお前を上手く捕らえたとしても、お前が逃げ出さない保証がない・・・まぁ今もそうなんだが、俺個人の感想としてはお前は断りもなしに出て行くようなやつではないと思っているがな」
「まぁ、そうだな、余程のことが無い限りあんたに無断で出て行くことはないさ、心配しなくていい」
「ああ、それについては今のお前の言葉を信じることにするよ。だからと言うわけではないんだが、これから向かう砦の生活についても自由を保証しよう」
「へぇ~いいのかい?」
「ああ、少なくとも既に現時点で俺のお前の信用度は砦の中でも上位に位置するよ」
「はぁ?昨日あったばかりの俺で上位に位置しちゃうのかよ!どんだけ酷いんだよ!」
「まぁ、砦の内情については、おいおい教えるよ・・・ただな・・・お前には出来れば俺たちの・・・いや俺の信用の置ける仲間になって欲しいと思ってる」
「ふーん・・・あんたも複雑そうだな・・・まぁ、俺を本当に仲間にしたいなら行動で示してほしいな、信には信を」
「義には義を、道における仁は人を照らし、商は成功に至るか?」
「良く知ってるな・・・本当に商人を目指していたんだな」
「ああ・・・昔の事だ・・・」
そう言うと、ハーネスは話は終わりだと言わんばかりに俺から少し離れる。
寂しそうに・・・そして俺を羨ましそうに見ながら。
それにしても,何でネシルさんは俺のことを黙っていたんだろう・・・まぁ考えても仕方がないか・・・
砦について俺は正直驚いた。
砦はどうやって作ったのか分からないが、山一つをくり抜き要塞とも言うべき様相をていしていた。
俺はハーネスに案内され、1つの部屋を与えられ、生産系の依頼さえこなせば、好きに過ごしていいと言われた。
何人かの盗賊たちが早速俺の下へ鍛冶の依頼に来たが、店を始めるからそれまで待っていて欲しいと言ってまずは工房を作りに専念する事にした。
さらに、ハーネスに言って部屋を変えてもらい、三部屋続きで、一部屋を工房とし広めの部屋を、一部屋を店に、最後の部屋を私室&寝室にしてもらった。
さて・・・実はこの砦に生産系の職人が入ったの初めてらしく、様々な依頼が飛び込んできたのだが、俺が最初に着手したのは意外な部分だった。
なぜなら・・・・俺は綺麗好きなんだよ!と言うかむしろ、汚いのはダメなんだよ!
と言うわけで、最初は上下水道とトイレ、そして大浴場の設置に全力を傾けた。
これは意外なことに反響がよく、砦のほとんどの人員を突っ込んでの工事となった。
昼夜を問わずの突貫工事を行ったため、2ヵ月後には限られた場所にだが、上下水道と共同トイレ、そして大浴場が出来上がった。
その際、俺とハーネスの部屋の近くに、小浴場を設計し作成したのだが、特に誰からも文句は出なかった。
俺の個人的な性癖?のために始めた、砦の改造だったが、このおかげで砦での俺の地位は多いに向上した。
次に着手したのが、氷室の製造だった。
山の中にある天然水は一年を通して非常に冷たい。
その水を上水道の技術を使い、部屋の中と外を循環させることにより部屋の中は一定の低温に保たれるようにした。
これにより、食料の腐敗を有る程度防ぎ、備蓄を行うことが出来るようになったのだ。
砦での俺の地位は更に向上し、既に砦の中では、「トリオには絶対に手を上げるな」が不文律となっていた。
実はこれらの改造が最も受け入れられたのは、この砦に住む女性たちの多くが支持したからだった。
意外なことに盗賊の中には妻帯者や愛人持ち、獣人奴隷持ちが多く、この砦の3分の1は女性(女奴隷)が占めていたのだ。
清潔なトイレとお風呂、そして天然の冷蔵庫は女性たちにとっては必需品とも言える物であるため、この事業を率先して行った俺は既に彼女たちの神となっていた。
そんな女性たちに金玉を握られている男たちは、トリオに深い感謝をいだいていた。
「なんだよ!俺の鎧と盾はまだなのかよ!さっさとしろよ小僧!」
「ああ、もうちょっと待ってくれ、今第12共同トイレの水道の図面を引いているんだ」
「うっせぇ!トイレなんてどうでも『グハァッ!』」
「トリオ、こんな馬鹿の言う事なんて気にしなくていいぞ、お前が作ってくれた風呂やトイレはうちの母ちゃんも喜んでいるんだ」
「そうだぞ!お前のおかげで俺のところのミケ(獣人奴隷)も毎日機嫌がいいんだ、ありがとな!」
「そうですか、それは良かったよ、奥さんやネコちゃんを大事にしてあげてね」
「ああ!分かっているさ!この馬鹿は任せておけ、軽く締めて埋めておくから」
「いやいや!締めるだけにしとけよ、埋めるのはさすがにまずいぞ」
「そうか?別にお前に暴言吐いたんだ、それ位しても言いと思うけどな」
「まぁまぁ、そんなに酷い事はしないで置いてくれよ、鎧と盾は2~3日中には何とかしておくって言っておいてくれ」
「ああ、分かった。でもお前は無理すんなよ、お前が病気にでもなったらこの砦の女たち全員が看病に押しかけるぞ」
「怖い事言わないでくれよ、気をつけるからさ」
こんな会話が交わされるのはトリオがこの砦にきて半年も掛からなかった。