第二十一話 人質と契約
俺が担がれていった先には、キャラバン隊の長であるリシルドさんや、護衛チームのケーヒルさん、ネシルさん、その他の人たちが俺と同様に後ろ手に縛られ座らされていた。
ようやく、パラライズの効果も切れ、体が少し動くようになったところで、ケーヒルさんに話しかける。
「ケーヒルさん、これはどうなっているんですか?」
「どうやら夜盗の襲撃のようなんだが、妙なところがある。今のところ死人は出ていないようだが、あまりにも腕が立ちすぎる」
「あ、それは俺も思いましたよ。パラライズフィールドを使える夜盗なんて聞いた事ありませんよ」
「なんだって、パラライズフィールドだと?そんなものを使える腕利きまでいるのか・・・いったいなんなんだこいつら?」
「しかも、殺しはしないですか・・・なんか引っかかりますね。ただの夜盗ではないと思いますよ」
「とりあえず、こうして俺たちを生かしておくって事は、まだチャンスがあると思った方がいいかもな、それに備えて体力は温存しておけ。どんな場合でも生き延びる事を優先しろよ」
「ええ、俺は商人を目指すんですから、こんなところで死ぬ気は毛頭ないですよ」
「そうだ、その意気だ、何があっても死ぬんじゃないぞ」
と強く俺に言い含める。
そんな話をしている間に俺たちの前に1人の男がやってきて口を開く。
「不幸な隊商のみなさん、聞いてください。これからあなたたちの処遇についてお話をします。必要以上に騒いだり、私の話をさえぎるような者は命の保証は出来ませんので心して聞いてください。」
その声を聞いた瞬間周りのざわめきが一瞬で収まり、静かになる。
「さて、この隊商に属するものは全員こちらにいると思いますが、いかがですか?漏れている者などおりませんか?周りを見回してお互いに確認してみてください」
と言われると、その場の全員は辺りを見回すが、俺から見ても全員いるようだった。
「どうですか?隊商のリーダーである、あなたならご存知でしょう?リシルドさん」
と言ってリシルドさんに近づき話しかける。
それにしても、なんで盗賊が隊商のリーダであるリシルドさんの顔と名前を知っているんだろう?いかぶしんで見るが、今の所俺に出来る事はない。
そんなことを考えているとリシルドさんはこちらを見回し
「これで全員のはずだ」
と答えると、盗賊のリーダは満足そうに、「よろしい」と答え、言葉を続ける。
「我々の望みは1つだ、このまま皆さんを解放する代わりに、我々のことを王都に着いても黙っていて欲しい」
皆はそれを聞き、何を勝手な事を!と口にこそ出さないが思っていると
「『何を勝手な事を』と思っていると思うが、我々が口封じにここで全員を殺してもいい、と実行する事が出来る事を忘れないで欲しいな」
と冷たく言い放つ・・・確かにそのとおりだが、そもそも人の物を盗る方に問題があるだろう・・・
「我々は盗賊ではあるが、なるべく殺しはしたくないし、追っ手に追われるのも困る。そこで、条件付で皆さんを解放する予定なのだが、その条件を飲んでもらいたい」
すると、周りから「助かるのか?」「生きて帰れる!」等の声が小さく上がる。
「喜んぶ少し早いな、私はまだ条件を言っていない、もう少し話を聞いてくれ」
と言われ全員が静かになる。
「では、条件を言おう、1つ この隊商の積荷のうち食料の半分と生活用品の半分、それと貴金属品の半分をいただく、2つ 先ほども言ったが、全員の命を助ける代わりに我々のことを黙っていること、当然盗賊に襲われた事そのものを黙っている事。
3つ 黙っている事の保険として、開放される人間は『口封じの契約』をしてもらう事、最後に4つ 念のための人質として5人ほどは解放されずに残ってもらい、我々と共に来てもらうこと、以上だ!」
と言って言葉を切ると、リーダーの男は俺たちを見回す。
『口封じの契約』をした上で、人質か・・・徹底しているな、やはり普通の盗賊とは思えない。
しかし、かと言ってこの連中の正体に当が出来るわけではないのだがと考えていると、リシルドさんが懇願するように話しかける。
「積荷の件も、黙っている事も、『口封じの契約』も受け入れるが、人質は勘弁してもらえないか?」
「さすが、隊商のリーダーですね、しかし『口封じの契約』は絶対ではありません、解除の方法が存在しているのを私が知らないと思っているのですか?」
「そ、それは!しかし『口封じの契約』を解除するには相当の金が必要になる、そこまでして解除しようとは思わない!」
「それは、あなた方の言い分でしょう、我々がそれを聞く理由はありません、人質の件は譲る事はできません。それと人質は我々が勝手に選ばせて貰いますよ」
「そ、そんなことが許せるか!」
とリシルドさんだけ無く、周りからも声が上がるが、リーダの男の冷たい声が響く
「ならば、全員ここで死ぬか?我々はここでお前らを皆殺しにして、埋めるという選択肢もあるのだぞ、思いあがらないで欲しいな」
それを聞き、全員が静かになってしまう。
そんな中、リーダの男はリシルドさんに話しかける。
「まずは、お前の娘か嫁はこの中にいないのか?」
それ聞き、リシルドさんが身をすくませるのだが、リーダの男は構わずに
「どうなんだ?お前の嫁か娘だ!・・・なるほど、コイツか」
と言ってリシルさんに寄り添う、カティの腕を取る。
それを見たリシルドさんは大声でそれを制する。
「やめてくれ!その子だけは私から奪わないでくれ!」
「なるほど、そのくらいの方が人質には丁度いい、次は・・・お前だな!」
と言って、今度はネシルさんの腕を取り
「中々いい女だな、腕も立ちそうだ、護衛の冒険者か?色々と役に立ちそうだな」
と言って笑うのだが、ネシルさんは諦めたように黙ってうなだれているのだが、ケーニヒさんが叫ぶ。
「やめろ!その女を連れて行くなら、俺を連れて行け!」
「ハンッ!お前程度の腕では役にたたんよ、この女の方が腕が立ちそうだ」
「なんだと、このやろう!」
とケーヒルさんが憤るも、この場ではどうにもならない。
そうして、次々とリーダの男は人質を選んでいくのだが、中には幼い子供も含まれていた。
この状況を黙ってみているほど、俺は人間が出来てもいないし、腐ってもいない・・・俺に出来る事か・・・そうだな・・・俺は商人を目指している、ならばする事は1つだ。
「おい、そこのおっさん!いい話がある、聞いてくれないか?」
すると、人質を選んでいたリーダの男は一旦動きを止め、俺を見る。
「おお、話を聞いてくれるのか?ありがたい。どうだい?俺と取引をしないか?」
「取引だと?お前のような小僧が・・・ああ、お前はさっきの面白小僧か」
と言って俺を思い出したように見つめる。
なるほど、コイツがさっきのパラライズフィールドの使い手か。そう考えながら会話を続ける。
「ああ、あんたがさっきのパラライズフィールドの使い手か?さっきはびっくりしたよ、それよりさ、どうだい?俺と取引をしないか?」
「取引ね?ふむ、話だけは聞いてやろう、どんな取引だ?」
「お~、ありがとさん、それでは取引と行こうかね?まずは、あんたたちが求めるのは皆があんたたちの存在を黙っている事、次に労働力の確保、そんなところじゃないかね?」
「ふむ、そうだな、その通りだ」
「次にあんたたちが求める労働力だが、女性の性的な奉仕をどうしても含むものかね?」
と聞くと、人質と選ばれていた女性たちも身をすくませるのだが、リーダの男は軽く
「まぁ、それを含むと言いたいところだが、俺たちの党首がそれを良しとしないところも無いわけではないな」
と言って少しニヤリと笑う。
「なるほど、ならばあんたたちが最も欲しい労働力はなんだ?下働きなのか?違うだろ?遠慮は要らない、言ってみるといい」
「遠慮?何故俺たちが遠慮する必要があるのか分からんが・・・そうだな・・・一番欲しい労働力は鍛冶屋だろうが、こんな隊商に鍛冶屋なんていないだろうが」
「それがn『やめな!』」
答えようとした時に、ネシルさんから俺を制止する声が飛ぶのだが、リーダの男がネシルさんを睨みつけると、ネシルさんはうなだれてしまう。
リーダの男は俺を見て、続けろと顎で促し、それを見て俺は話を続ける。
「さて、話を戻すが俺が鍛冶屋だ、たまたま王都へ勉強に行く途中だったんだが・・・・」
と言って、俺はケーヒルさんを見て
「そこの、冒険者が持っている剣は俺が先日打った物だ、それを見れば俺の鍛冶屋としての腕も分かるだろう」
と言うと、リーダの男はケーヒルさんに近づき、腰の剣を抜いて見ると
「良い剣だ!グリーンの・・・グレート品か!本当にお前がこんな物を打ったのか?」
「ああ、本当だよ、それとな・・・いや、そうだなこれからが取引なんだが、あんたたちが求めるであろう労働力を提供する代わりに人質の選択はこちらでさせて欲しいんだが、どうだ?」
「ほう、随分と大きく出たな小僧、俺たちが求める労働力をお前が知っているのか?」
「いや、知ってはいないが、想像はつくだろうさ、どうだい?」
「ふむ、まずは言ってみろ、それ次第だな」
「ほうほう、乗る気はあるってことかね?しかし、言いました、教えました、けど人質はそのままってのは無しにして欲しいんだけどな」
「ハッ!小僧、お前たちが今それを選べる立場だと思っているのか?さっさと、提供できる労働力とやらを言ってみろ!」
「だから取引だって言ったろ、おっさん。今後の事は一旦おいて置いても今俺は情報を売ろうとしている、そして対価は人質の選定をこちらにさせて欲しいと言っているだろ?」
「それは、こちらも同じだ、その情報をタダでよこせ、対価はお前の命だと言ったらどうする?」
「なるほど、正に盗賊だな、しかし出来るだけ殺しはしないんじゃなかったのか?たかが情報、しかも労働力の情報だ、そのためだけに殺しまでするのか?」
と言うと、リーダの男は一瞬だけ、困惑した顔をするが、すぐに思いなおして
「面白い小僧だな、仮に俺がその情報を買ったとしても、その情報に従って人質を選べなければ意味がないと思わないか?」
「そうだね、ただ今回の場合それは無いと断言しよう、あんた買った情報を元にこちらは人質の選定するつもりだよ、それは約束しよう」
「ん?すると、俺たちが欲しいと思っている労働力を人質として提供してくれると言うことか?」
「ああ、そのつもりだ、先読みされてしまったが、俺たちが選定する人質はその労働力を提供できる人間にするつもりだ」
と言うと、すぐにネシルさんから
「トリオ!やめろ!」
と声が掛かるが、リーダーの男が「そいつを黙らせろ!」と言うと部下の盗賊がネシルさんに猿轡をかませ黙らせてしまう。
「さて、どうだい?この取引を受けるか?」
と再度盗賊のリーダに言うと「内容次第だな」と用心深く答える。
さすがだな、思いつつも俺には勝算があったし、最終的な人質が分かったときにこの男がどんな顔をするかが見ものだった。
「分かった。いいだろう、俺たちが提供できる労働力で、あんたたちが必要だと思うものは鍛冶屋・裁縫師・細工師・大工・矢師・薬剤師・掘り師だと思うのだが、どうだい?」
「は?馬鹿かお前は、こんな隊商にそれだけの職人たちがいると言うのか?ありえないだろう」
「いや、馬鹿じゃないし、これだけの労働力を提供できるだけの人材はいる、少なくともウソではない、俺の命を賭けてもいいぞ」
と言うと、リーダの男は疑わしそうに俺を見ながら
「もし、本当にそれだけの労働力を提供してくれる人質を出してもらえるのであれば、それで手を打ってもいいが、本当だろうな?」
「ああ、本当だ、今俺が言った労働力を提供しよう、その代わり、今あんたたちが選んだ人質は諦めろ」
「分かった、但しウソだった場合はお前の命で償ってもらうぞ。それと!」
そういいながら、人質や他の隊商の者たちを見回し、念を入れるように言い放つ。
「『口封じの契約』はしてもらうし、その契約の解除をしないと言う約束は守ってもらうがな」
「ああ、それは俺たちも分かっているさ、さて人質を一旦こちらに戻してもらおうか」
そういうと、リーダの男は黙って、部下に目線で合図する。
人質に選ばれていた全員が一旦俺たちの輪に戻ったところで、リーダの男がせっつくように話しかける。
「では、人質を選んでもらおうか」
「ああ」と短く返事すると、俺は立ち上がり、リーダの男の下へ行く。
「なるほど、お前自身は鍛冶屋だったな、それで他の者はだれだ?」
と聞かれるので、俺はクスクスと笑いながら
「俺だけだ、さっきの労働力は俺が全て賄える、と言うか俺しか出来ないからな」
と言うと、リーダの男はいきなり怒り出し
「ふざけるな!お前はさっき、なんて言った?」
「あ?鍛冶屋・裁縫師・細工師・大工・矢師・薬剤師・掘り師だな、俺は今言ったことを1人でやることが出来る、人数について俺は一言も言った覚えはないが?」
「お前みたいな小僧がそんなにたくさんのスキルをもっているわけ無いだろ!馬鹿にするのも『あるよ』」
そう短く継げたのはリシルドさんだった。
「その子は、それだけのスキルを1人で持っている・・・本当だ・・・」
「な・ん・だ・と?本気か貴様!」
「だから本当だって、キャラバンの長が言っているんだ、信じてもらえないかな?疑うならどれでも指定してくれればすぐに証明できるぞ」
「本当なのか小僧・・・しかし、お前が人質になることでこいつらが黙っていることが約束できるとは思えないが」
「そんなことは無いだろう、ちょっと待っててくれ」
と言った後、隊商のみんな方へ向きなおり
「みなさん、聞いてください。みなさんの大切な人の代わりに俺が人質になります。その代わりみなさんは、彼らの条件を守り、『口封じの契約』の解除はしないで下さい。そうしないと俺の命が危ないです。約束してくれますよね?」
と問いかけると、リシルドさんが
「トリオよ、本当に済まない・・・お前との約束は全員で絶対に守ると誓うが・・・大人として『ストップ』」
「それ以上は言う必要が無いでしょう、おれ自身が納得しているのですから、それよりも俺が言う事ではないかもしれませんが、カティを大事にして上げてくださいね」
そういうと、リシルドさんも何も言えなくなってしまった。
そんな中、ケーヒルさんが
「トリオ!お前は大きな目標があるだろう!良いのかよ本当に!」
「ん?何を言っているんですか大きな目標があるからこそ、その目標にぶれないためにも、ここで俺が残るんです。商人の心得を知らないんですか?」
と言うと、ケーヒルさんは理解できないと言った顔をして首を振る。
「『1つ 商人は広く公共を意識し、その行動原理は民に奉仕する事を最上とする』と言うのがあるんです。それに、商人は合理性を最も尊びます、今回の場合であれば人質が1人で済むのであればこれ以上のことはないでしょう」
そう言って、ケーヒルさんから目を逸らし、他の方々に向かって
「みなさんを代表して俺が人質として残ります、もし俺が可哀想とか思うのであれば、くれぐれも彼らの要求である、彼らの存在を黙っていてください」
そう言うと、全員がうなだれてしまうのだが、1人だけまだ納得しない人物がいた。
「しかし、ガザルさんやアメリアちゃんになんて説明をすればいいんですか?」
とリシルドさんが心配そうに言ってくれる。
「何も説明の必要はありませんよ、俺とは『王都で分かれ、あいつは勝手に王都で店をやっている』とでも言っておいて下さい。師匠やアメリアが態々王都まで様子を見に来る事は考えにくいですから大丈夫でしょう」
「しかし、学園の方は・・・」
「大丈夫です、それも心配しないで下さい、俺に考えがあります。とにかく、ザンダル村の人たちには言う必要がありません。知らぬ、存ぜぬで通してください」
最後に、もう一度縛られているみんなを見回し
「いいですね、みなさん、俺がここに残るのが一番合理的なんです、みなさんは予定通りに王都に向かい、彼らの事と俺の事は綺麗に忘れてください!いいですね!」
と言って、リーダの男に向き直り
「これで大丈夫なはずだ、あんたたちが約束を守って、彼らの安全と積荷の半分を返してもらえるなら、俺はあなたたちに従うよ」
「なるほど、大した小僧だ、案外良い買い物をしたのかもしれんな・・・約束は守ろう、だからお前も俺たちを裏切るな」
「ああ、分かった。隊商のみんなが無事に王都に着けるのであれば、あんたたちに労働力を提供しよう」
俺がそういうと、リーダの男は満足そうにうなずき、俺を縛っている縄を切ってくれた。
そして、部下達に
「契約の準備をするんだ」
そう告げると、部下達はめいめいに縛られた隊商の人たちの下へ行き、ナイフで指を少し切り、小皿に血を集める。
全員分の血が集まったところで、小皿を地面に置き、契約のスクロールを開き呪文を唱え、契約を成立させる。
「さて、これで契約は成立した。この契約の強制力は死だ。命が惜しかったら俺達のことは黙っているようにしてくれ」
そう言った後、リーダーの男はリシルドさんの娘である、カティの縄を切り
「俺たちはこれで立ち去るが、俺が見えなくなった後、このナイフでみんなの縄を切って上げるといい」
そう言いながら、彼女にナイフを渡した。
カティは恐る々々ナイフを受け取りうなずいた。
それをリーダの男は満足そうに見た後一瞬だけ、ネシルさんを見るときびすを返し、俺を伴って仲間の下へと帰っていった。
そのことに気付いたのは近くにいた俺だけだった。