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ウォーラム・アベイにて・2

「マギーはそう言う色も似合う。可愛いな」


 ロバートが褒めた部屋着は薔薇色のシルクサテンに金色のブレードとリボンを飾ったふんわりした優しい雰囲気のものだった。寝室の続き部屋は窓税の事などこれっぽちも気にしないと言った感じの、大きな窓が有り、そこから庭をすっかり見下ろせる。冬の午後の日差しの中で二人はお茶を飲んで寛いでいた。


「ここをちょっとこうするだけで、上手い具合に脱がせやすいのも良いな」


 ロンドンから到着して以来、邸の敷地内にずっと留まっていて、庭以外どこにも出ていない。それでもマギーもロバートもちっとも退屈には感じていなかった。


「もう、ロバートったら」

「ロンドンに戻ったら、こうはいかないだろうな」

「ねえ、この邸ってブライトンにかなり近いの? ロンドンから汽車に乗って、ブライトンから馬車と言う方が本当は早かったのかしら?」

「ブライトンは一番近い大きな町だ。ロンドンとブライトンの間は汽車だと二時間だが、普通の馬車なら六時間程度かな。馬車の乗継やら何やら考えると、最短の特別な道筋を良い馬に引かせて、馬車でずっと走ってきた今回の旅程より手間取るはずだ」

「今回の道は、普通じゃないの?」

「まあね。うちの領地やら私有地やらをぶった切っている感じだからな。幾つかのポイントは秘密の関所みたいに仕切ってあるから、部外者は使えない道だよ」

「道理で全然他の馬車を見なかったわけね」


 嫁いだこの家は十一世紀のサクソンの大領主の流れを汲む古い家柄だけの事はあるようだと、マギーは今更ながらに驚いた。


「実はさ、鉄道敷設事業には僕も参加はしたが、他の土地をどう利用するかまだ考え中だよ。鉄道への投資は過熱気味だから、ちょっと冷静になった方が良さそうだし、土地を売るにしたって、計画的に開発して売り出す方が賢いだろうから、今は様子見だな。綺麗な森が多いが肥えた土地じゃないし、狩猟ぐらいかねえ」

「折角の森の景色も何も見ていなかったわ」


 ロンドンからの馬車の中でもロバートがしきりに体を愛撫し、キスをするので、マギーとしては景色どころでは無かったのだ。


「また夏になったらこの邸に来ようか。庭の薔薇も、他の花もたくさん咲くよ」

「あの海辺に羊がいるの、ああいう景色は見るの初めてよ。フランス人ならプレサレって言いそう」


 潮風を浴び、塩分を含んだ土地で育った牧草を食べて育った顔の黒い羊たちの肉は、おそらくフランス人たちが珍重するような、ほんのり塩味の柔らかく旨味の多いものだろう。


「ああ、それを狙ってるんだ。ブライトンにやってくる連中の御馳走用にと思って飼育させているんだが、商売として悪くないよ……今日のディナーは子羊が出るかもしれないな」


 窓から景色を眺めているマギーの後ろにロバートは回り込んで、スカートを捲り上げた。マギーは自分の脚に押し付けられたたくましい太腿の感触だけで、意識が遠のきそうだった。どうやら、灯りをともさなくても十分に明るい時間からベッドに行こうという事らしい。


「ディナーに遅刻しないようにするよ」


 わずかな隙に着ていた部屋着を脱がされてベッドに入れられてしまう。何だか昨日より更に手際が良いようだとマギーは思った。ロバートは今日は気楽な格好の所為か、すぐに裸になってしまった。マギーは自分の視線をどこに向けるべきなのか戸惑い、目を閉じた。


「僕らの間には、何の秘密も無い。お互い生まれたままの姿って訳だ」

「それにしては随分大きく育ってしまっているけど?」


 ついマギーはまた眼を開けて、まだ見慣れてはいないその器官をまじまじと見てしまった。その視線の向きに気づいて、ロバートは噴き出した。


「確かに。マギーの言うとおりだ」


 髪を洗いっぱなしで整髪料を使っていないせいか、ロバートのウェーブのかかった黒髪は乱れて、どこか野生の獣のような妖しい雰囲気を感じさせる。鋼色の瞳に真っ直ぐ見つめられると、それだけで心臓がどうかなってしまいそうだとマギーは思った。ロバートの大きな手が滑らかな肌の感触を楽しむようにして動き、肩から首筋、胸、下腹へと降りて、片方の手がやがて脚の間に入り込み、マギーの体の芯に辿り着いた。


「どうやら僕を待ってくれているみたいだね」


 確かにマギーの其処は熱くたぎって、ロバートを待ち受けているようだった。


「……ええ」


 ロバートは半ば開いて熱い息を漏らす唇に、舌を潜り込ませ深いキスを続けた。

 マギーは体をもっと摺り寄せて、ロバートの愛撫に応えた。


「ああぁっ、ロバート」


 高まる喜びに身をよじり、マギーが思わず声を上げた瞬間、二人は一挙に繋がった。更に互いに深く激しくもつれ合い、燃え上がり、同時に喜びの頂点に達して二人とも声を上げ、押し寄せる喜びに浸った。



 ギリギリで間に合ったその日のディナーはラム肉の燻製だったが、余りに美味しくてマギーは驚いた。そしてさっそく作り方を習う。そしてお返しにラムをフランス風にクラレットで煮込んだ料理を教えた。料理人はちょっと頑固そうな五十がらみの女だったが、マギーの腕前のほどは認めた。だが……


「奥様が見事な腕前をお持ちなのはわかりましたが……貴婦人にはやはり似つかわしくないと思います」


 余り出しゃばってほしくないと言う事でもあるらしい。


「ですが、私の腕によりをかけた部分はちゃんと分って頂けるのは、嬉しいですよ。もっとも手抜きが出来ないから、ちょっと怖いですが」


 嫌われた……と言う訳でも無さそうだった。後はフランス風のタルトのあれこれや、更には冷たいデザート類に関して情報交換をして、程の良い所で切り上げた。デザートのレモンパイは褒めた出来ではなかったが、それを直接言うのは憚られた。レモンは、ことに冬場のレモンは貴重品で、その貴重品を惜しむ事なくたっぷり使った……そうした意味合いも恐らくあるのだろうし。


「レモンパイだろ? 文句言っておいたかい?」

「んー、言いそびれたわ。パイ以外は美味しかったんだし。新米奥様が出しゃばっても、いいのかしら」

「新米でも何でもマギーは実質我が家の女主人だよ。自分の考えをはっきり表明しても構わないと思うな。事実あのパイは酸っぱすぎて、お客に出せる味じゃ無かったし」

「じゃあ、明日、我がままを言ってパイを焼きましょう」

「レモンパイ?」

「温室にあったオレンジを使ったパイにするわ」

「無理の無いようにね……僕が無理をさせちゃうと思うから」

「え?」

「そう言う事」


 気が付くと、またベッドに戻っているのだった。


「何だかベッドと食堂を行ったり来たりして時々お風呂に入って庭を散歩するだけなんて、退屈かと思ったのに……」

「そうでもないだろう?」


 そうだともはっきり返事をしかねて、マギーは赤くなった。


「マギーって、変な時に照れるんだね」

「だって……母やミリーに色々聞かれるでしょう、そうしたら、なんて言えばいいのかって」

「僕と仲良くしていたって言えば、それで十分だろうに。もしかしたら子供が出来たかも知れないとか?」

「どうなのかしらね?」

「マギーが跡取りを産んでくれないと、キーネス侯爵の爵位も領地もロクデナシの再従弟ハトコに持って行かれてしまう可能性もあるからね。母は激しく嫌っているし、父は出入り禁止にしたんだが……」

「という事は、結婚式には来ていなかった人なのね?」


 ロバートの祖父・先代キーネス侯爵には弟が二人いたが、息子がいて孫も生まれたのは一人らしい。息子の代まではまあ、まともな人たちだったらしいが、ロバートから見ると大叔父の孫息子にあたる人物は胡散臭い事この上なくて博打狂いで、なおかつ異性関係も爛れているらしい。


「うちの家系の常で、顔だけはそこそこ綺麗なんだが、腹の中は真っ黒けだ」

「ロバートも?」

「黒くないとは言わないが、マギーに対しては少年のように真っ直ぐな気持ちだよ」


 そのハトコは素行不良でパブリックスクールを退学して以来、各地の社交界に出入りし、イカサマ賭博と財産の有る女性を丸めこむ事で生活してきたらしい。


「かなり有名な人かしら?」

「悪名はそれなりに高いかな。マギーのお祖父様も僕に用心するようにおっしゃった。マギーは知らないだろうが……奴はただのイカサマ賭博師というだけじゃなくて、二重スパイなんだと言う噂だ。ともかく奇怪な男さ。こういうベッドでの事だって、奴は上手いだろうから、どこかで出くわしたってマギーは油断するんじゃないよ。幸い王配殿下はあいつを王宮に絶対に立ち入らせないとお決めになったようだから、当分は大丈夫だろうが……僕らの結婚の噂を聞き付けて、変な事を仕掛けてこないとも限らないからな」

「バイロン卿のような人?」


 バイロンの金目当ての結婚とスキャンダラスな一生は、まだ皆の記憶に新しい。


「バイロン卿は紛れもない文才が有ったし、相手にするのは美女と美少年ばかりだったらしいが、奴は違う。自分に気前よく金をくれそうな女ばかりを愛人に選ぶんだ。そして不味い事が有ると、別の国に逃げる。その繰り返しだ。ロシア貴族に女がらみの恨みで殺されそうになったし、フランス貴族の女性を自殺に追い込んだり、プロシアで決闘して相手を殺したりもしている。年は僕より五歳下で、顔は少し似ている。実に不愉快だが」


 幾度か遭遇した時にロバートが受けた印象は、非常に悪いものであった様だ。ロバートとしては知り得た祖国の外交上・軍事上の機密事項も金と引き換えに外国に垂れ流すのを何とも思わない男だと言う点が、一番許せないらしい。その男は上流社会の夫人たちを「誑かして」情報を仕入れているようだ。


「それこそオールマックスに居たりする?」

「遭遇する可能性は有るな。奴は口は上手いから用心してくれよ」


 ロバートもマギーもカード賭博なんてやるつもりも無かったし、オールマックスに行くにしたってレディ・バーバラとエセルのお供以外有り得ないだろうから、そのロバートのハトコであるレイフ・ボーダナムと言う人物と自分たちの接点が、出来るとも思えなかった。


「ともかく、そんな奴に付け入られないためにも、しっかりやらなくちゃって事さ」

「しっかり?」

「子作り。マギーの子なら顔も綺麗で、頭も賢いだろう」

「どうかしら? ロバートに似ると良いんだけど」

「どっちに似たって、可愛いって事さ……さて、夫婦の神聖なる義務に励もう。ね?」


 既にロバートもマギーも何も着ていない状態だった。そしてしばらくは酸っぱすぎたパイの事も、問題人物であるレイフ・ボーダナムの事も忘れることにしたのは言うまでもない。


  


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