少年と少女
街には人々の悲鳴が轟いていた。それは老若男女問わず、中には断末魔の声さえも聞こえた。
道にならんだテントは燃え、家は壊滅しているものすら見られる。
「おい!早く逃げろ!!『奴ら』に追いつかれるぞ!!」
叫ぶ一人の男。誰かに向けて放ったかはわからないが、とにかく必死の声が飛んだ。
呼応するかのように、他の男が声を上げる。
「クソォ!『戦える』やつはいないのか!?このままではこの街が全滅……」
が、その声は飛ぶことなく、路地からいきなり現れた『生き物』によって叩き落とされた。
「う、うわぁ!出やがった!『異形態人間』だぁ!!」
近くにいた青年が恐怖の音を響かせる。
『クレジア』と呼ばれた生き物はゆっくりと彼に向き合い、そして人の声とは思えない声を発した。
「どうしたんだ青年。『ビーツ』を出さないのか?戦わないのか?クク…」
「…くっそぉ!」
青年はそう言われると、胸の前に拳を掲げ、何かを呟いた。一瞬眩い閃光が走り、そして青年の手には少し曲線を帯びた『ナイフ』が握られていた。
「ほう、それが『お前の武器』か。それで俺を殺れるのか?キシシッ…」
それを見て明らかに余裕の表情を見せるクレジア。
青年は恐怖と焦りから、そのナイフを持って正面から突っ込んだ。
「らあぁぁぁぁ!!」
「ほう、いきなり斬りかかるとは、その勇気は認めよう。だがな…」
クレジアは声を漏らし、そしてナイフを持つ青年の腕を掴んだ。
「なっ、なに!?」
「この程度じゃあ『俺たち』を楽しませるのは無理だなぁ……クク、じゃあな」
絶望に染まる青年の声、そして運命を決定づけるかのように、人間ではありえないほど広く口を開けたクレジアは、容赦なく灼熱の『炎弾』をぶつけた。
声一つ上げられず、ゆっくりと倒れる青年。
握られていたナイフは消え、彼の手には冷たい地面が触れられていた。
ただ、その青年がその温度を感じることは永久にないだろう。
そして、
「…『これ』が抱いてたのは、勇気とか希望じゃなくてただの『無謀』だな、キシシ」
口から熱気をたれながす人の形をした化け物の声が宙をただよい、そして炎の中に消えた。
とある荒野、一人の少年が歩いていた。黒髪のツーブロックをし、顔つきは整っているが、それはどこか気だるそうな印象を与える。
そして、彼の少し後ろから駆けてくる小さな少女。顔を見る限り、恐らくハーフなのだろう。少女は茶色のセミロングの髪を揺らし、クリッとした目を前方の背中に向けて言った。
「ねぇユトー!待ってよー!!」
少し辛そうな少女の声。
ユトと呼ばれた少年は、面倒くさそうに言った。
「お前が道草食ってるから悪いんだろ?お子様が…」
お子様扱いされた少女、夏咲ミリーナ(ナツザキミリーナ)は負けじと反抗した。
「子供子供って言うけど、ユトと同い年なんだよ!?」
「そうやって、いちいち突っかかってくるのがお子様なんだよ。ガキか…いや、ガキだな」
歩くのを止めるどろか、歩く速度を緩めることさえない少年、ユト。
その行動が、言動が夏咲を怒らせた。
「…ユトォォォォ!!」
「ったく、次はなんだよ……ってお前っ…」
夏咲はツカツかと前を歩くユトに背後からタックルをくらわせた。いきなりの出来事になんの対応もできず、身長177センチほどの彼は153センチほどの少女に飛ばされた。
ユトはあっけなく転がり、そして岩で頭をぶつける。
彼は痛みに片方の眉毛をつり上げながら叫んだ。
「ミリナ!てめぇ何のつもりなんだよ!!」
夏咲は負けじと叫ぶ。
「ユトが待ってくれないからだよ!人のこと散々バカにしといて!」
「だからお前がトロトロしてるから悪いんだろ!?」
「しょうがないでしょ!?ユトより足が短いんだよ!」
「短足?」
「違うよバカァァ!!」
口では絶対に勝てない夏咲は、それを改めて痛感してとうとう拗ねてしまった。
さすがにちょっとした罪悪感に駆られるユト。声をかけたいところだが、彼の性格上それは難しい。彼は不器用なのだ。
ユトはゆっくりと、それに加えて気まずそうに俯く夏咲に近寄る。
そして、恐る恐る口を開いた。
「ミ、ミリナ、その…あの……」
「………」
ユトは、なかなか言葉が出てこない。いざ口に出そうとすると、うまくできないのだ。
が、風の中に漂う沈黙を破ったのは、拗ねているはずの夏咲だった。
「…寂しかっただけなんだよ」
「……え?」
「だから、寂しかったんだよ!一人放置されて!」
夏咲は少し涙ぐんだ目をした顔を上げた。彼女の年齢は16歳なのだが、まるで中学一年生のような顔つきだ。その表情にユトの心はさらに締め付けられる。
「ねぇ、ユト、これ…」
「ん?…これは……」
そして夏咲は自分のポケットから、あるものを取り出してユトに渡した。
それは、四つ葉のクローバーだった。
「足下にクローバーたくさんあったから、四つ葉のクローバーを見つけてユトにプレゼントしようって思って、それで……」
声をつまらせる夏咲。正直なところ、彼女は『泣き虫』と言われるような性格なのだろう。すぐに涙目になるし、それを頬に伝わせる。
そして、普段は冷静でクールなユトが彼女の涙に弱いというのも事実だ。
「……えと、なんていうか…あ、ありがとな」
「う、うぅ……」
ユトは不器用なりに、彼女の髪をガシガシと撫でた。
夏咲はどうしていいかわからず、ただうめき声を上げる。
が、気恥ずかしくなったのか、ユトは手を離して話題をそらせた。
いや、そらせたと言うよりは、本題にしたといえる。
「…なあ、今回の『目的地』までどれくらいだ?」
それを聞いた夏咲は、ユトの真剣な眼差しを確認したのち、まだ少し潤んでる目をして言った。
「えっと…目的地はここからあと2キロくらいのところにある『ガリナ』って街だよ」
それを聞いたユトは視線を前に向け、そして歩き始めた。夏咲もトコトコとそれにつづく。
ユトが言った。
「なら、じきに着くな。今回の『仕事』の内容をもう一回教えてくれ」
「えぇー…出発のときに言ったの、聞いてなかったのぉ?」
「……うるさい」
少し申し訳なさそうに顔を背けるユト。
「もう、わかったよ。…今回の『仕事内容』は、『ガリナを襲うクレジアの撃退』だよ。ターゲットの種類は『火炎系の準人型』…まあ、ありきたりだよね。数は3、4体っていう報告だよ」
「そうか…早く片づきそうだな」
「ユトがサボったりしなけりゃ、ね」
うるせ、とユトは小さく呟き、そして手に黒い手袋をはめた。夏咲は前髪を片方によせ、黒と白のひまわりの形をしたピンでとめた。
夏咲が言った『クレジア』とは、数年前に『とある実験』を受けた『ヴィーツァー』が、人の理性、本能に『殺害』を加えられ、そして『新たな力』を植えつけられた生き物。
彼らにはたくさんの種類があり、今回のターゲットは火炎系、すなわち火を主に操る。準人型というのは、『人語を理解し、姿形も人間の過半数をとりとめている』ものをさす。
クレジアの語源は、英単語のクレイジーからきている。
「よし、とりあえず急ぐぞ」
「わかったよ」
二人は目的地に向けて駆け出した。
上には雲一つない快晴の空。
その遥か前方には黒い雲が死臭を漂わせながら上がっていた。
「ちょっとユト!速いって!!」
「お前が遅いんだろうが、短足」
「だから背が小さいだけなの!!」
崖道は最後まで騒がしかった。