奇襲[3]
「なんだ!! 何が起こった!!」
「殿ぉーー!!」
「天罰じゃ!! 天がお怒りになった!!」
悲鳴が、爆ぜた。
それは単なる混乱ではない。理解の外から叩きつけられた「何か」に対する、原始的な恐怖だった。
荻町城。
侍大将たちが集い、本陣となっていたはずのその場所が、たった一瞬で、炎に呑まれた。
轟音の余韻がまだ空気に震えている中、城はすでに原形を失い、紅蓮の火柱だけがそこにあった。火は唸り、渦を巻き、空を焦がすように立ち上る。その熱は離れていてなお肌を刺し、息を吸うだけで喉が焼けるようだった。
足軽たちは、ただ立ち尽くす。
何が起きたのか、理解が追いつかない。つい先ほどまで、あそこにいたはずの主君や上役が、もういない。呼びかけるべき声も、従うべき命も、すべてが消えた。
走り出す者はいない。
火に向かう者もいない。
誰かが動けば、何かが始まるはずなのに、その「誰か」がいない。
指揮する者が、いない。
それが、これほどまでに恐ろしいものかと、誰もが思い知らされていた。
ざわめきは波のように広がり、やがて濁流となって兵たちの足元をさらっていく。統制は崩れ、隊列は意味を失い、三千という数がただの群れへと変わっていった。
──終わりだ。
誰かの胸に、そんな言葉がよぎったその時。
「六左!! 七郎!! 狩り時ぞ!!」
山上から、鋭い声が降ってきた。
馬上の政宗。
その声には、ためらいが一切なかった。
瞬間、左右の山が裂けたかのように軍勢が躍り出る。
帰曇山に潜んでいた兵たちが、一気に麓へと雪崩れ込み、間を置かず突撃に移る。地を蹴る足音、武具の打ち鳴る音、それらすべてが一つの奔流となって、混乱の只中へ叩きつけられた。
先頭を切るのは、六左こと水野勝成。
二百五十の騎馬を率い、まっすぐに敵陣へ突き刺さる。その勢いは、もはや突撃というよりも衝突に近い。逃げ場を失った敵の中へ、鋼の塊が叩き込まれる。
続く七郎こと島津豊久は、百五十の兵を従え、やや後方からそれを支える。
だが、その動きは常道ではない。
鉄砲が、鳴り止まない。
乾いた破裂音が、断続的ではなく、連なって響く。まるで一挺の銃が狂ったように撃ち続けているかのような錯覚。
だが違う。
三人一組。
二挺の火縄銃。
撃つ者、込める者、渡す者。
役割を分け、休みなく回すことで、間断なき射撃を実現している。
さらにそれを半分に分け、交互に撃たせる。
途切れない。
息をつく隙が、ない。
「撃てッ、撃てッ! 筒ん爆ぜっまで、撃っ尽せッ!!」
轟音の狭間で七郎の檄が飛ぶ。
弾が空を裂き、敵の列を穿つ。立て直そうとした瞬間に、また撃たれる。顔を上げれば撃たれ、踏み出せば撃たれる。前に進むことも、後ろに退くことも許されない。
そして、その合間を縫うように雷振筒の閃光。
七郎自身が放つ一撃が、わずかに生じた隙間すら潰していく。
完全な制圧。
撃ち、抑え、切り裂く。
その連携の中へ、六左の騎馬軍が突っ込む。
馬蹄が土を砕き、刀が肉を断つ。縦に裂き、横に薙ぎ、敵陣を紙のように引き裂いていく。統制を失った群れに、これを受け止める術はない。
「進め! 進め! 兜首は皆死んだ! 雑兵は打ち捨てにせよ!!」
六左の怒号が、戦場を貫いた。
その言葉に、ためらいはなかった。
本来、首は武功の証だ。だが今、価値のある首はすでに灰となっている。ならば、狩る必要はない。
斬れ。
進め。
ただ、それだけでいい。
命を奪うことに意味を見出すのではなく、勝つためにすべてを削ぎ落とした命令。
それが、さらに兵たちの動きを鋭くする。
戦場は、もはや戦ではなかった。
崩れたものを、一方的に刈り取るだけの場。
炎に呑まれた城を背に、白川郷は一瞬にして地獄へと姿を変えていた。
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