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Last rewrite  作者: 蒼了一


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龍影顕現[3]

 囲炉裏の火が落ち着き、酒の香りが座敷にやわらかく満ちた頃だった。笑い声がひとしきり引いた隙を縫うように、源次郎が居住まいを正す。


「それで無苦庵殿、工藤内匠頭殿の噂、あれは誠にございますか?」


 その声には、抑えてはいるが滲む熱があった。兄の赦免──その細い糸の先にいる男の名だ。軽々しく扱えるはずがない。


「やはりその話か……」


 慶次郎は盃を置き、火を見つめた。ぱちりと炭が割れ、赤い火の粉が弾ける。わざと間をつくる。座にいる者たちの期待が膨らむのを、肌で楽しむように。


「会った者がいるというのは、間違いない」


 次の瞬間、座が沸いた。


「なんと! やはり本当でござったか!」


「やっぱり来た甲斐があったな、兄ぃ!」


「おてんの言ってた鉄砲天狗は誠の話か!」


 源次郎の頬が紅潮し、六左は膝を叩き、又兵衛は目を細めて笑う。長く追い続けた影に、ようやく輪郭が宿った気がした。


 ただ一人、玄舜坊だけは静かだった。


 内匠頭の在否など、彼の胸を揺らしはしない。むしろ新たな語り手が現れたことに、内心ほくそ笑んでいる。


(これで俺の重みはさらに薄れる)


「では、内匠頭殿にお引き合わせ願えますか」


 源次郎の声は前のめりだ。


「待て待て」


 慶次郎は軽く手を上げる。


「飛騨の山中にいるのは確かだ。だが、どこかまでは誰も知らぬ」


 火の明かりが彼の横顔を赤く染める。語りながら、その実、座の反応を細かく測っていた。


「山奥に潜んでおるらしい。時折、里へ下りて米や味噌を買うというが、どの村にいつ現れるかは分からん」


「その者が内匠頭である証は?」


 又兵衛の問いは、酔いを帯びながらも鋭い。


「若い衆が小屋を建てるのを手伝ったそうだ。その折に見慣れぬ筒があったと。話を聞けば雷振筒に違いない。それに、荷にあった書きかけの書状に『工藤内匠頭』の名があったとか」


「自ら名乗ったわけではないのだな」


「そうだ。だがな──山奥に逼塞し、雷振筒を持つ者など、他に誰がいる?」


 問いは宙に投げられ、炭火の上で揺らめいた。


 しばし沈黙。やがて六左が、低く言う。


「身の危険を避けたのかもな」


「内匠頭がか?」


「雷振筒を作りゃ、恨みも恐れも買う。死んだことにして山に隠れる……理屈は通るさ」


 その言葉に、皆がそれぞれの思惑で頷いた。


 半ばの武士に憎まれ、残りに警戒される。豊臣が放置する保証もない。さらなる兵器を生むかもしれぬという恐怖。山に消えるのは、臆病ではなく算段だ。


「……なるほど」


 又兵衛が低く応じる。


 源次郎はすぐさま慶次郎へ向き直った。


「せめて、どの辺りの村かお教え願えませぬか。飛騨に居座ってでも、お目にかかりたい」


 若さゆえの直情。慶次郎は腕を組み、ううむと唸る。


 ──無論、ここまでの話はすべて作り物だ。浪人を呼び寄せる餌。今さら綻びを見せるわけにはいかない。


「飛騨に留まるのは勧められぬ」


「なにゆえ?」


 慶次郎はゆっくりと視線を巡らせた。


「間もなく、戦が始まる」


 その一言で空気が変わった。


 又兵衛と六左の目から酔いが消える。戦場を棲み処としてきた男たちだ。血の匂いには敏い。


「戦とは……」


 源次郎の問いに、慶次郎は語り出す。


「高山から十五里ほど。白雲城という城があってな……」


 帰雲城の因縁。小早川秀秋の理不尽。内ヶ島の覚悟。語るほどに火は強くなり、座の影が壁に踊る。


「──というわけだ。戦は避けられぬ」


「大坂へ訴え出ぬのですか? 差し出がましいかも知れませぬが、真田も助勢を」


 源次郎は思わず身を乗り出す。


「それはありがたい。だが今はまだ家中の争い。内ヶ島が小早川と刃を交えれば、これは惣無事令に触れる話。ここで初めて、大坂が口を出せる」


「ならばまず勝たねば話にならぬな」


 又兵衛の声はすでに戦場のそれだ。


「その通り」


 慶次郎の目が光る。


「そこで儂は将を探している。大軍を前にしても退かぬ将をな」


 火のはぜる音の中、言葉が落ちる。


 挑むように。


「又兵衛、六左。内ヶ島に付かぬか。一人千貫出そう」


「千貫……」


 目も眩むような大金に六左の息が止まる。だが又兵衛は眉ひとつ動かさぬ。


「内ヶ島にそんな金があるのか?」


「先ほども話したように、あの辺りでは金が取れる。帰雲城の埋蔵金には到底及ばぬが、お主らに払う銭には困らん」


 慶次郎は懐から小袋を出し、又兵衛と六左の間に置く。口を開けば、砂金が鈍く光った。


「銭で百貫ほどある。これは手付けだ」


 黄金の輝きが、火を受けて妖しく揺れる。


 六左と又兵衛は視線を交わす。そこにあるのは欲ではない。


 ──飢えだ。


 もはや戦はないと諦めかけていた日々。腕が鈍ることへの焦燥。戦場こそが己の居場所という確信。


「承知した。内ヶ島に付こう」


 即答だった。


 金のためではない。


 戦の匂いがしたからだ。


 後藤又兵衛と水野六左衛門。


 戦鬼が、ふたたび水を得た瞬間だった。

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