表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Last rewrite  作者: 蒼了一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

53/55

龍影顕現[1]

「それにしても、又兵衛殿と六左殿の目当ても工藤内匠頭とは思いませんでした」


 高山の旅籠は、山気を含んだ夜気に包まれていた。障子の外では虫が細く鳴き、遠くで川音がかすかに響く。囲炉裏の火が赤くはぜ、灯りが揺れるたびに、男たちの影が壁に大きく伸び縮みした。


 湯で垢を落とした又兵衛と六左は、ようやく人心地ついた様子で胡坐をかいている。とはいえ、傷だらけの身体と節くれ立った手は、どれだけ洗っても隠しきれぬ修羅場の名残を宿していた。


「御坊は酒を飲まぬのか?」


 六左が徳利を差し出す。とくとくと、白濁した酒が猪口に満ちる音が心地よい。


 玄舜坊はわずかに首を振った。


「これでも飲酒は戒めに触れるのでな」


「殺生はしても酒は飲まんか。変わった坊様だ」


 六左は豪快に笑い、酒をあおる。喉仏が上下し、酒気がふっと立ちのぼった。


 玄舜坊は静かに座したまま、火の揺らめきを見つめている。


 胸中では、すでに算盤が弾かれていた。


(今夜だ)


 高山に入った以上、源次郎と行を共にする理由はない。しかも又兵衛と六左──同じく内匠頭を追う者が現れた。自分が姿を消しても、源次郎は彼らと動くだろう。追っては来ぬ。


 だから酒は飲まない。酔いは判断を鈍らせる。


 決行は、今夜。


「それにしても……」


 又兵衛が盃を置き、低く唸る。


「工藤内匠頭の噂が、飛騨では当たり前のように飛び交っているとは思わなんだ。そのくせ、誰一人姿を見た者はおらぬとは」


 道中、彼らも人々にそれとなく探りを入れていたらしい。農夫も商人も、まるで季節の話題のようにその名を口にする。だが顔を見た者はいない。


 実在するのか、それとも虚像か。


 火がぱちりと爆ぜる。


「それにしても、馬借の茂吉に会えたのは僥倖でしたな」


 源次郎は頷きながらも、どこか浮き立つ心を抑えきれないでいる。工藤内匠頭──兄の運命を左右するかもしれぬ人物。その背に手が届きそうなところまで来ている。


 だが六左は盃を回しながら眉をひそめた。


「出来過ぎじゃねえか? 親方の知り合いに内匠頭に詳しい奴がいる、だと。話が早すぎる」


 疑いはもっともだ。


 瓢箪屋という酒店を根城にしているという「詳しい人物」。源次郎たちはその到着を待っている。渡りに船。だが船底に穴がないとは限らない。


「又兵衛殿と六左殿は、なぜ内匠頭を?」


 源次郎の問いに、又兵衛の眼差しが一瞬だけ冷えた。


 関ヶ原。


 その二文字が、空気をわずかに重くする。


「痛い目を見たからな。一度その面を拝んでみたいだけよ」


 軽く言うが、声の奥に微かな棘がある。


「俺も似たようなもんだ。仇筋ではあるが、顔も知らん」


 六左も笑っているが、その笑みは浅い。


 源次郎の胸に、不安がよぎる。


(もし……害するつもりなら)


 仲介を頼む相手を失うわけにはいかぬ。


「お二人は、内匠頭を害されるお積もりか?」


 又兵衛は苦笑した。


「若よ。戦でも喧嘩でもないのに、いきなり斬りかかるほど無法ではない」


「噂じゃ八尺の大男で鬼の豪傑だって話だぞ。そんなのに喧嘩売るかよ」


「いや、俺が聞いた話では虫も殺せぬ青瓢箪だと」


「じゃあどうする兄ぃ。才気あふれる八尺の大男だったら」


「そしたら俺もお前もあの世行きだな」


 二人は声を立てて笑う。


 その豪放さに、源次郎は奇妙な安心を覚える。


 この男たちは、無闇に血に飢えた獣ではない。


 玄舜坊はその様子を横目で見ながら、胸の奥で別の計算を重ねていた。


(この二人がいれば、源次郎も心強かろう)


 それでよい。


 火が揺れ、酒が進み、笑い声が宿の梁に染み込んでいく。


 そのとき、襖ががらりと開いた。


「お客さんがた、あんたらに会いたいって人が来たよ」


 飯盛り女のお品が、ぶっきらぼうに告げる。働きづめの彼女の目には、昼から酒盛りを続けている男たちはどう映っているのか。


 源次郎の胸が、どくりと鳴った。


 来たか。


 内匠頭へ繋がる糸か、それとも──。


 囲炉裏の火が、ひときわ大きく揺れた。

読んでくださり、本当にありがとうございます!


この作品を「続きが気になる」と思っていただけたら、

ぜひブックマークとポイント評価をお願いしますm(_ _)m


応援が増えるほどヤル気が爆上がりします……!


感想も一言でもくれたら即返信+X(旧Twitter)で感謝ポストします!


次回もよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ